マーケティング・コミュニケーションは「教育」である!

‘マーケティング・コミュニケーションは「教育」である!’

なんて言い切ってしまうと、

“神聖なる教育とビジネスをごっちゃにするとは何事か!”

とお怒りになる方もいらっしゃるでしょうから、

‘マーケティング・コミュニケーションは「教育」に似ている
 ところがある’

と、やや後退した表現に改めたいと思いますが。(笑)


でも、実際のところ、

・商品名を記憶・再生できるようになってもらう
・商品の使い方を覚えてもらう
・この商品は優れているといった考えを身につけてもらう

といった、
マーケティング・コミュニケーションの主な狙いを列記すると、
教える対象は異なるものの教育にそっくりです。

ユーザー視点で言い換えると、マーケティングコミュニケーション
は「学習」の働きかけに他ならないですよね。


となれば、畑の違う教育・学習分野の理論の中に、
マーケティング・コミュニケーション分野に応用できるものが
ありそうですが、あります、あります!

例えば、有名な学習心理学者、アメリカのロバート・M・ガニェら
が提唱する学習課題の分類というものがあります。

それは、次の4つです。

・言語情報
 名前や公式、文章などを覚える
 ・・・例えば、掛け算の九九、英単語

・知的技能
 ある約束ごと(枠組みなど)を新しい例に応用する
 ・・・例えば、マーケティングの4Pに基づく競合動向の整理

・運動技能
 筋肉を使って体の一部を動かす
 ・・・例えば、パソコンのタッチタイピング、機器の操作方法

・態度
 個人的な選択の機会があった時にあることがらを
 選ぼう、避けようとする気持ち
 ・・・例えば、環境に配慮したライフスタイルの標榜


そして、上記4つの分類は、大きくは、

・アタマ、すなわち認知領域の課題(言語情報、知的技能)
・カラダ、すなわち運動領域の課題(運動技能)
・ココロ、すなわち情意(心理)領域の課題(態度)

の3つの領域における学習課題と言えます。


難しい専門用語が出てきてすいませんが、
要するに、この4つの学習課題という視点は、
マーケティング・コミュニケーションのプランニングに
大変有益な示唆を与えてくれるのです。


例えば、あなたが、自社の新製品発売に当たって、
マーケティングのプランニングに頭を悩ませているとします。

そこでまず、「言語情報」の学習課題をターゲットユーザーに
与えるというのはどういうことか考えて見てください。

・どうやったらブランド名を覚えてもらえるか
・どうやったらブランド名をすぐに思い出してもらえるように
 なるか(他のブランドより先に)

といった問いを立てることができますね。
この問いの答えとしての学習方法、つまり
コミュニケーション方法はどんなものがありそうでしょうか?


次に、「知的技能」。
これは、

・どうやったら、自社製品を購入対象としてくれるか
・どうやったら、自社製品の購入を決定してくれるか

ということが重要で、そのためには、

「購入判断のよりどころ、目安を示す」

という教育的コミュニケーションが有効になります。

例えば、

「これからパソコン買うなら、メインメモリは最低512Mないと
厳しいですよ」

という目安を示せば、この目安に合わない競合製品は、
自動的に購入対象から外れ、512Mを搭載した自社製品は
当然のことながら購入対象としてくれるようになるという
わけです。


「運動技能」については、

・どうやったら操作方法(手順)に慣れてもらえるか

という点が大事ですね。
これは、そもそも機器のユーザビリティを改善する必要が
あるかも知れませんし、マニュアルをわかりやすくしたり、
使い方のデモやアフターサービスを充実させるなどの、
さまざまな打ち手を考えることが必要になります。

もし、新商品が、既存商品の姉妹品のようなものであった
場合、逆にうかつに操作方法などを変えてはいけません。
ユーザーがとまどってしまい、次回から購入を忌避されて
しまうかも知れないからです。

実際、日清食品の新商品「スープヌードル」は、
カップヌードルの姉妹品と呼べるものですが、
ネーミング、デザインを踏襲して、「言語情報的に」
覚えやすく認知しやすい工夫をしているだけでなく、
「操作手順」も同じにして、ユーザーがなじみやすいように
してあります。


最後の「態度」は、
好意や価値観といった心理状態の変化(形成)が
学習の課題になります。

端的には、

・どうやったら、自社製品を買うのが私にとってもっとも
 適切であるという考えをもってもらえるか

ということです。

このためには、

「自社の製品は環境に配慮しているからいいんですよ」

といった価値観の押し付けではなく、

「あなたの身近な環境が破壊されています。
 そんな環境破壊にあなた自身、手を貸していていいのですか?」

といった、個人的、具体的な問いかけを通じたコミュニケーション
が有効のようです。


マーケティング・コミュニケーションの領域では、
従来から

・「行動変容」(行動を変化させる)
・「態度変容」(心理、気持ちを変化させる)

という2つの大きな枠組みで目標を分類してますし、
よりマーケティング・コミュニケーションに即した目標設定の
やり方があるんですが、こうした異分野の理論も応用してみれば、
いろいろと新たなヒントや発想が得られますよね。

投稿者 松尾 順 : 11:19 | コメント (0) | トラックバック

購入重視点に対する調査回答の解釈は難しい!

「顧客満足度調査」では、しばしば、

「購入に当たって重視する点はなんですか?」

という設問を入れます。


そして、

・品質
・機能
・デザイン
・価格
・アフターサービス
・企業のイメージ
・営業パーソン

などの選択肢を提示し、
5段階スケール(とても重視する~まったく重視しない)、
あるいは、最も重視する項目を3つまで選択するなどの
回答方法を採用します。


さて、この設問、単純なものに見えますが、
回答結果の解釈には注意が必要です。


過去の経験から、回答結果で上位にランクされるのは、
一般に製品関連の品質、機能、価格などです。

一方、下位の項目としては、
企業イメージや営業パーソンがくることが多いです。

したがって、このような結果の順当な解釈は、

回答者は、購入に当たって、
製品そのものについての項目を重視し、
企業イメージや営業パーソンはあまり重視しない

となりますよね。


ところが、回帰分析などの統計的手法を用いて別の視点
から検証すると、実は回答者は、

「企業イメージや営業パーソンも相応に重視している」
(購入に対する影響力が大きい)

ことがわかることがあります。


なぜこうした回答のずれが発生するのでしょうか?

ひとつには回答者の自己正当化の心理が働いていると
言われています。

「私は良識を備えたしっかりした人間である。だから、
 購入に当たっては、製品自体をしっかりと吟味し、
 営業パーソンの口車に載せられたり、
 企業イメージのようなあいまいなものに左右されることはない」

という自己を高く評価する意識が背景にあり、
重視する項目として、営業パーソンや企業イメージを選択する
のはこの意識と矛盾してしまうからです。


また、製品や価格が基本的に重視されるのは、

「当たり前品質」「魅力的品質」

という分類で説明できます。
(この分類は、東京理科大学の狩野教授が提唱する「狩野モデル」)

「当たり前品質」とは、要求が満たされて当然のもの。
品質、機能、価格などが該当しますね。

一方、「魅力的品質」は、商品の付加価値部分と言えるもので、
デザイン、企業イメージ、営業パーソンなどが該当するでしょう。


したがって、購入に当たって重視する点を聞かれたら、
当然のことながら、回答者は、まず「当たり前品質」を先に
答えますよね。このため、どうしても、魅力的品質に該当する
項目は下位になってしまうというわけです。


ついでながら、上記の「当たり前品質」「魅力的品質」は、
ハーズバーグの動機付け要因論の「衛生要因」「動機付け要因」
とも似ていますね。非常に重要な概念だと思います。

また、私は、満足度の要因論として

「不満足要因」(ないと不満、離反を招く)
「満足要因」(あると満足、リピートしてくれる)
「感動要因」(あると感動して口コミ誘発)

の3段階を提唱しております。


*上記内容は、

「お客様のホンネを見抜く ホントの!アンケート調査」
(浅野紀夫著、PHP出版)

を参考にしました。

投稿者 松尾 順 : 13:51 | コメント (0) | トラックバック

量が質に転化する時

たまに新聞折込で入る「幸運の○○○」チラシ。

財布やお守り、ペンダント、○○○に入るのはいろいろ
ありますが、紙面には成功者のコメントがテンコ盛りですよね。

「この財布のおかげで1億円の宝くじが当たりました!」
「このリングを手に入れてから、毎日もてまくりです!」

などなど。

一応「成功者」の顔写真入りのことが多いですし、
万札がはみ出している財布を持っていたりして、
シズル感があります。(笑)


しかし、どう考えてもイカサマですよね。
全部が全部、コピーライターの作り話であることは
まず間違いありません。

それでも、不思議なことに、何十もの成功コメントを見ていると
なんとなく信じたくなる気持ちが湧いてきます。

もし、経済的に厳しい状態にある人なら、
わらをもつかみたい気持ちでしょうから、思わず注文してしまう
ことでしょう。おそらく騙されていると気づきながらも・・・


さて、普通、出所が不明の怪しい情報を簡単に信じることは
ありませんよね。ところが、そうした情報を10も20も提示
されたらどうでしょうか?

心理学の実験によれば、たとえ信頼性の低い情報であっても、
多数の情報にさらされると、その情報を受け入れやすくなることが
わかっているそうです。

「うそ」は1個でも、100個でも、1000個でも「うそ」のはずですが、
人間心理は不思議なものですねぇ。情報量が増えると、
「うそ」でさえ「真実」として捉えるようになってしまう。

すなわち、量が質に転化する時があるというわけです。

これが、「幸運の○○○」のやらせチラシが成立する背景に
あります。


インターネットでも、
例えばアマゾンなどのオンライン書店の書評には、
おそらく内部関係者(著者本人かも)によるものと思われる
自画自賛コメントが並んでいるものがありますよね。

でも、怪しいなあ、やらせ・さくらだなあ、とわかっていながら、
それなりに参考にしてしまうのが悲しい人間の性(さが)。

こうした心理傾向を自覚することで、
うかつにだまされないようにしたいものです。


一方、マーケターとしては、

口コミ、利用者の声といった類の情報は、
多ければ多いほど効果が高い

ということが言えますよね。
ですから、この知見をうまく施策に反映させるべきでしょう。

もちろんうその情報を捏造してはいけません!

投稿者 松尾 順 : 10:32 | コメント (0) | トラックバック

安全の日本航空、安心の全日空

「安全の日本航空、安心の全日空」

なるほど・・・とうなずけますよね。
そうそう、らしいらしい、ぽいぽい。


この表現は、プレジデント誌最新号(20006.09.18)の
全日空を取り上げた記事本文中にあったものです。

日本航空は、
このところの度重なる運航トラブルで深刻な顧客離れを招いていて、
業績も厳しい。というわけで、全社を挙げて「安全性」の確保に
取り組んでいます。


一方、全日空は、2005年から、

「あんしん、あったか、あかるく元気!」

というブランドスローガンを前面に出して、
日本航空的な洗練された上品なサービスではなく、むしろ
ホスピタリティ(おもてなしの心)あふれるサービスを
目指していますね。福原愛ちゃんなどオリンピック選手を
起用した広告は好感度最高でした。業績も好調です。


さて、「安全の日本航空、安心の全日空」という表現は、
両社のブランドイメージの一面を端的に対比したものと
言えますよね。

ただ、全日空の「安心」の方が、日本航空の「安全」よりも
一段踏み込んだアピールであることがおわかりでしょうか?


「安全」は、どちらかと言えばハード面(機体の整備や
運航手順の遵守など)の特徴を語っており、
立ち位置が企業側にあります。

一方、「安心」は、「安全」のようなハード面の充実に加えて、
地上職員や客室乗務員の心遣いなど、ソフト面の充実も含めた
トータルなサービスがもたらす「感情的な便益」をアピール
しています。

お客様がどのような気持ちで飛行機に乗って欲しいか
という思いが感じられますし、明らかに立ち位置が顧客側に
あります。


「安全」と言えば、車ではボルボを連想しますね。
ただ、車にしろ、航空機にしろ、
利用者が求めているのは、「安全」そのものではなく、
その「安全」が与えてくれる「安心感」ですよね。

人が何らかの商品(モノ・サービス)を購入する理由は、
表面的にはいろいろあるでしょうけど、深いところでは、
すべて「心の平安」(Peace of Mind)を求めているから
と私は考えています。


「安心」を打ち出すことは、はまさに人の消費の真理を突く
アピールであり、ブランドコミュニケーションでも、
今のところ全日空が日本航空をリードしていると言わざるを
得ないですね。

ちなみに、プレジデントの記事に登場する宮崎健史氏
(仮名、年間80回飛行機に乗り、「航空会社乗り比べ」
というブログを開設)によれば、

“国際線は全日空、国内線は日航、総合評価だと六対四で
全日空を評価します”

だそうです。

ともあれ、外国の航空会社と比較したら、
日本航空も全日空もはるかにすばらしいサービスを提供
してることには違いないのですから、日本航空にも
もっとがんばって欲しいと思います。


ところで、「○○の日本航空、○○の全日空」のように、
○○のところを埋めて対比の妙を楽しむのは、
ISIS編集学校の編集稽古では、

「ミメロギア」

と呼ばれるものです。


ちょっと前にもメルマガでご紹介しましたが、
8月頭からだれでも応募できる

「全国ミメロギア投稿コンテスト」

が開催されています。

やってみると意外におもしろくてはまりますよ。


私もせっせと投稿していますが、先日ようやく1本だけ
入選(松竹梅の「竹」の評価)を果たしました。

お題は、「かぐや姫・白雪姫」です。

私の作品は、

「正体不明のかぐや姫、行方不明の白雪姫」

いちおう、これで図書券500円ゲットしました。(笑)


ちなみに、上記お題で「松」の評価の回答は、

「小悪魔の黙示録かぐや姫、お嬢様の福音書白雪姫」

です。

なんと奥深い回答でしょうか。
どこからこんなすごい回答が出てくるのか!

私の作品と比べると、センスの違いが歴然としていますね。(^_^;


単なる言葉遊びと考えて取り組んでも結構ですが、
マーケターには欠かせない言語感覚を磨くのに役に立ちますよ。

投稿者 松尾 順 : 12:35 | コメント (2) | トラックバック

イノベーションの達人(書評総合版)

これまで11回に分けて、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

の書評を書いてきました。
ここですべてをまとめて再編集した「書評総合版」を掲載します。
(長いですよ)

さて、同書の著者であるトム・ケリー(以下、トム)は、
世界最高のデザインファームと賞賛される‘IDEO’社の
ゼネラル・マネージャーです。


この本は、一言でいうと、

イノベーションあふれる会社(組織)に必要な

10の人材(キャラクター)

について解説したものです。

原題は、

‘THE TEN FACES OF INNOVATION’

ですから、文字通りタイトルが内容を体現しています。


経済、社会、技術が複雑、高度化した現在、
イノベーションは、とても一人だけでは成し遂げることは
できませんよね。

様々な異なる強みをもった人材が力を合わせてこそ、
イノベーションは実現できる、トムはそう考えています。


ところで「イノベーション」とは何でしょうね。

改革?革新?

気軽に使われる言葉ですが、
本質をうまく説明するのは、なかなか難しいものです。

本書では、イノベーションとは、

「新しいアイディアを発想し、実験し、鼓舞し、確立していくこと」

です。

重要な点は、ただ発想するだけでなく「実践」すること。

どんなにすばらしいアイディアが生まれたとしても、
それを育み、具現化しなければなんの意味もない。

イノベーションというと、発想力のある「アイディアマン」
の存在が不可欠だよなあ、とあなたも考えるんじゃないかと
思いますが、しばしばアイディアマンには実現するための
執念や実行力が欠けています。(笑)

そこで、人材が集まったチームとしてイノベーションに
取り組むことが必要になってくるわけです。


では、イノベーションを通じて新たな価値を生み出す10の人材
(キャラクター)とは?

トムは、10の人材を大きく次の3つのカテゴリーに
分けています。

●情報収集をするキャラクター
●土台をつくるキャラクター
●実現するキャラクター


彼らのそれぞれの役割について簡単に説明しましょう。

●情報収集をするキャラクター

彼らの役割は、文字通りイノベーションの元ネタを
「情報収集」すること。

現状に決して満足せず、
チームの目が内側に向きすぎないように、また、
自分の「知識」におぼれすぎていないかどうかを
組織に思い出させます。


●土台をつくるキャラクター

生まれたアイディアを育てるための土台を作る役割です。
大きな価値を生み出すアイディアも最初は海のものとも
山のものともわからないもの。

しばしば組織論理につぶされてしまうことがあります。
彼らは、手練手管を尽くして、アイディアの実現に
向かって人々を巻き込んでいく手腕を発揮するのです。


●実現するキャラクター

彼らは、情報収集をする役割から得られた発見を適用し、
土台をつくる役割から委託された権限を利用して、
イノベーションを実現します。


そして、この3つのカテゴリーそれぞれに入る10の人材
(キャラクター)は次の通りです。


●情報収集をするキャラクター
1 人類学者:観察する人
2 実験者:プロトタイプを作成し改善点を見つける人
3 花粉の運び手:異なる分野の要素を導入する人

●土台をつくるキャラクター
4 ハードル選手:障害物を乗り越える人
5 コラボレーター:横断的な解決策を生み出す人
6 監督:人材を集め、調整する人

●実現するキャラクター
7 経験デザイナー:説得力のある顧客体験を提供する人
8 舞台装置家:最高の環境を整える人
9 介護人:理想的なサービスを提供する人
10 語り部:ブランドを培う人

では、以下、10人の達人を順番にご紹介していきます。


1.人類学者

「人類学者」と呼ばれる人、言い換えると、
「人類学者」の役割を担える人は、

「問題を新しい枠組みでとらえること」

に非常に長けています。

同書では、マルセル・プルーストのこんな言葉を引用しています。

“発見という行為の真の意味は、新しい土地を見つけることに
 あるのではなく、新しい目でモノを見ることにある”


優れた発想・アイディアは、従来とは異なる視点や、
既存の情報の新しい「組み合わせ」から生まれるという主張は、
最近は多くの人が知るところになってきたかと思います。

「人類学者」は、優れた発想・アイディアを生み出すネタ元
であって、イノベーションの中で最も重要な役割と言えるかも
しれません。


さて、トムは、人類学者の特徴として次の6つを挙げます。

1.人類学者は禅の法則「初心」を実践している
2.人類学者は人間の行動を新鮮な驚きをもって受け入れる
3.人類学者は自分の直感に耳を傾けることによって推論を
  導き出す
4.人類学者は、「ヴィジャデ」を通じてひらめきを求める
5.人類学者はつねに「バグ・リスト」やアイディアの財布を
  身につけている
6.人類学者は手がかりを求めてゴミ箱さえもあさる。


詳細は本書を読んでいただくとして、いくつか補足説明が
必要ですね。


4.の「ヴィジャデ」とは「デジャブ」のサカサマ語。

「デジャブ」とは「既視感」と訳されますが、
初めてきた場所なのに、どうも以前来たり、見た覚えがして
しょうがないそんな感覚を言います。
(ありますよね、そんな気持ちになったこと)

「ビィジャデ」はその反対ですから、前に何度も見ている
ものをいま初めて見ているような感覚のことです。


5.の「バグ・リスト」とは、世の中にある不満なこと、
不便なことなどのことです。

一方、アイディアの財布には、革新的なコンセプト、
そのコンセプトを実現するために解決すべき問題点が
含まれています。

人類学者はこうした「気づき」をしばしば
たんねんにメモしているのです。


さて、上記に示した人類学者の6つの特徴を眺めると
ほぼ同じようなことを言い方を変えて言っているだけ
のようです。

人類学者は、端的には「子供のような素直な観察眼と、
あくなき好奇心を持っている人」と言えるでしょうね。


では、単に現在を観察するだけでなく、そこから未来を
見通すためには、誰を観察の対象とすべきかわかりますか?


それは、

「若者」(特に10代)

です。

既存の枠にとらわれず、というか、古いものを
ガンガン壊して、新たな文化を生み出すのは常に若者。

これからの時代の空気を最も敏感に感じているのは若者であり、
新作映画のネタ出しや、仕上がりの良し悪しを確認するために
自社の若手のスタッフに聞く、

と言うのは、スタジオジブリの宮崎敏夫プロデューサーでした。

トムもまた、

「子供は次に何が起こるかを予測するてがかりを
 教えてくれる

と考えているのです。


2.実験者

「実験者」は、人類学者が提示したアイディアのネタを
具体的なものにする役割を果たします。

ざっとスケッチを描いたり、発砲パネルをテープでつぎはぎ
したり、急ごしらえのビデオを制作したりして、
新しいサービスのコンセプトに「性格」と「形状」を与えます。


実験者は、さまざまなアイディアやアプローチを試すのが
大好きな人。

大発明家のエジソンが典型的です。
エジソンのこんな言葉が本書では引用されています。

“私は失敗したことがない。一万通りのうまくいかない方法を
 発見しただけだ”


最近の発明家で大成功した人と言えば、
サイクロン式の掃除機を開発したイギリスのジェーズ・ダイソン氏
が思い浮かびますね。

ダイソン氏は、掃除機の最終的なデザインを決めるまでに、
5127種類のプロトタイプ(原型)をつくって失敗したそうです。


さて、どんなにすばらしいアイディアを思いついても、
言葉だけでは、実際の形のイメージや面白さ、効用を伝える
のは難しいものですよね。

実験者にとって重要なのは、アイディアをできるだけ早く
目に見える具体的なものにすることです。

ここで、会社・組織としては、まだ不完全で未熟なプロトタイプ
を作り、提案することを許容する文化が求められます。

最初から高い基準を持ち、完成度の高いものを求めてしまうと、
みすぼらしい形だからという理由で、すばらしいアイディアが
却下されてしまうからです。

トムは、コンサル先の会社のエグゼクティブに対して、
少しばかり「目を細めてみる」こと-
つまり、表面上の細かい部分は無視して、アイディアの全体像
だけを見ることを推奨しているそうです。


ところで、実験者は、モノづくりの部分だけでなく、
広告の仕方、売り方などにおいても、既存のルールを破って
新たな方法を試すことに果敢に挑戦します。

広告の仕方について言えば、
BMWのショートフィルムの事例が、本書で紹介されています。

BMWのブランディングのために、
今まではテレビコマーシャルを活用していたのを一切止め、
8分間のドラマ「ザ・ハイヤー」を制作して、
同社のWebサイトだけで公開しました。

この従来のルール破りのマーケティングは大きな話題を呼び、
多くの消費者をBMWのサイトに呼び込んだだけでなく、
2年連続で売上げを更新する具体成果につながりました。

あれ以来、日本でもブランディング用のショートフィルム
制作が盛んになってますよね。


トムは、実験は次の大躍進に向かうための最良の方法の
ひとつであり、だから、

いつまでもスタートラインに立ったまま、
レースの行方をあれこれ思案しているのはやめよう。
とにかく動き出して、いろいろなことを試してみればいい。
そのうちに、ひょっとしたら勝つための新しい手段が
見つかるかもしれないのだから、

と私たちに提案しています。


3.花粉の運び手

「花粉の運び手」は、特に関連もなさそうな複数のアイディアや
コンセプトを並列させることによって、新たに優れたものを
生み出す能力を持っています。

人類学者が観察を通じてアイディアのネタを発見するのが得意
なのに対し、花粉の運び手は、情報の組み合わせやメタファーを
駆使するのが得意なようです。

例えば、花粉の運び手の功績のひとつとして本書で紹介されている
ものに、ピアノの鍵盤のアイディアを拝借して、
初期の手動のタイプライターを開発した事例があります。

ピアニストが鍵盤を指でたたくイメージから、
文字通り、タイプライターから今のPCに至る「キーボード」
の原型が生まれたんですね。
これは、「メタファー(比喩・置き換え」の力」と言えます。

こうして、ある物事をまったく別のところに持ち込むことで
斬新なアイディアを生み出すさまをトムは「他家受粉」と呼び、
それを実行するのが「花粉の運び手」というわけです。


花粉の運び手は、強い好奇心と柔軟な頭脳の持ち主です。

本や雑誌やネット上の記事をむさぼり読んで、
自分やチームが巷の話題に乗り遅れないようにしますし、
多方面に関心があって多彩な経験をするので、
ひとつの経営課題からアイディアを拝借して
思いもよらぬ別の状況に生かすのがうまいのです。


では、組織の中で「花粉の運び手」を育てるためには
どうしたらいいのでしょうか。

トムは、IDEO社が持つ他家受粉のレシピにある7つの
「隠し味」を紹介してくれています。

1.発表会をしよう。
2.さまざまな背景をもった人をたくさん雇おう。
3.議論が巻き起こるような空間をつくろう。
4.さまざまな地域のさまざまな文化を取り入れよう。
5.週に一度の「ノウハウ」講演会を主催しよう。
6.客人から学ぼう。
7.多様なプロジェクトを進めよう。

要するに、さまざまな異なる文化的背景や価値観を持つ人々を
歓迎し、彼らが自由に議論できる環境をつくりだすということ
のようです。

まさに、

「ダイバーシティ・マネジメント」(多様性の管理)

のことですね。


そして、トムによれば、
よりよい「花粉の運び手」になる最も効果的な方法は、

「さまざまな場所に足繁く通うこと」

だと述べています。

「花粉の運び手」には、
好奇心だけでなく行動力も必要のようですね。


4.ハードル選手

「ハードル選手」は、土台をつくる人の一人。
彼は、有望なアイディアをつぶしにかかる様々なハードルを
なんとかして乗り越えようとします。並外れた回復力があって、
ノーと言われても決してあきらめません。

ハードル選手は、かならずしも課題を正面から取り組む必要は
なく、障害をうまく回避すればよいと考えています。
しかし、状況を見極めた上でリスクを取り、しばしば規則を
破ってでもアイディアを推進することをいといません。


本書では、「ポストイット」をはじめとする独創的な製品で
知られるスリーエム社の事例などが紹介されています。

例えば、スリーエム社のマスキングテープ
(塗装作業で色を塗り分ける時などに貼る粘着テープ)
の開発を担当した同社のハードル選手は、リチャード・ドルー。

彼は、自動車車体工場に行った時、
自動車の塗装に失敗した工員が悪態をついているのをみて、
粘着テープを開発することに決めます。

しかし、当時のスリーエム社は経営不振に苦しむ紙やすり
のメーカーで、テープの製造経験はありませんでした。

ただ、リチャードは、同社の技術でテープが開発できる
可能性があることに気づいており、勝手に実験を始めます。

やがて社長に実験のことがばれると、
元の紙やすりの仕事に戻るように言われますが、
戻ったのは1日だけ。

またすぐに、テープの開発のための実験を再開しました。
(今度は、なぜだか社長は見て見ぬふりをします)

次に、リチャードは、
テープを作るための製紙機械の購入を会社に申請します。
しかし、これも却下されました。

でも、やはりリチャードはあきらめません。
研究員として与えられていた100ドルの購入権限を利用して
99ドルの申請書を何枚も書いて、こっそり機械を購入して
しまうのです。(不正行為ですよね・・・)


しかし1925年、リチャードは世界初のマスキング・テープ
の製造に成功を収めます。
最初の顧客はデトロイトの自動車メーカーでした。

スリーエム社は、研究時間の一定時間を自分の好きな研究に
使っていいという制度や、秘密裡に勝手に行う研究、
「スカンクワーク」に寛容なカルチャーを持っていますが、
その原点はこのマスキング・テープにあるんでしょうね。


とかく、企業は革新的なアイディアに対しては、
拒否反応を示しやすいし、リスクを恐れて十分な時間やお金、
人を配してはくれないものです。

そんな時、ハードル選手は、それこそどんな手を使ってでも
アイディアを進める、ある意味偏屈なまでの強い粘りを
発揮するんですよね。

日本で言えば、ノーベル賞級の発明といわれた「青色ダイオード」
の開発者、中村修二氏もまた、代表的な「ハードル選手」と言える
でしょう。


5.コラボレーター

そうそう、CNET Japanにトム・ケリー氏の最新インタビュー記事が
掲載されてます。


トム(面識もないのにファーストネームで呼ぶのはちょっと
失礼かもしれませんが)は、毎年日本に仕事で来ているそうですね。
本では、日本企業の事例もいろいろと取り上げられています。


さて、「コラボレーター」は、土台をつくる人たちの中で、
文字通り、多くの人々をまとめて目的を遂行させます。

あの偉大な発明家、エジソンも優れた実験者であり、かつ
コラボレーターでした。

昔の発明家は、バック・トゥ・ザ・フュチャーに出てくる
「ドク」のような、誰にも相手にされないちょっと変わった人。
1人でアイディアを発想し、ガレージでコツコツ試作品を
作っているイメージがあります。

しかし、エジソンの場合、優秀なエンジニアなどの人材を率いて、
「チーム」として新しい発明に取り組んだことが意外に知られて
いません。

最近は、ますます技術が高度化し、専門分化が進んでいますから、
ちょっとした工夫レベルの発明でもない限り、チームとして
イノベーションが起こせる仕組みが必要です。

チームを取りまとめるコラボレーターの役割は以前にも増して
重要になってきていると言えるんじゃないでしょうか。


トムによれば、コラボレーターが務まる人は、

個人よりもチームを重んじ、個人的な達成よりもプロジェクトの
完逐を第一に目指す奇特な人

だそうです。


コラボレーターは、こんな「無私の心」で様々な人々との
共同作業を遂行する潤滑油のような働きをしてくれますが、
同書では、「顧客」との共同によって新たなアイディアを
生み出す方法として、

「非フォーカスグループ」

というものが紹介されています。


通常のフォーカスグループ(インタビュー)では
一般的な顧客を集めます。

これは検証段階では有益ですが、
画期的なイノベーションのヒントを求めるのなら駄目。

フォーカスグループではありきたりのヒントしか
得られないとIDEO社では考えているようです。


そこで、開発している製品やサービスに
「異様に熱中している人」を集めて意見を聞くのが

「非フォーカスグループ(インタビュー)」

です。要するに、その道の「オタク」と呼ばれる人たちを
招くということでしょう。


「非フォーカスグループ」は、
革新的なデザインのテーマやコンセプトに関するひらめきを
与えてくれるそうです。また、どんなものが人を心から興奮させ、
かりたてるかを表情や身振りで具体的に示してくれます。


「オタク」な人たちは、その熱中している対象に
のめりこんでいます。そのことについてなら何時間でも話せる。
メチャクチャ詳しい。

仕事でいきなりテーマを与えられて、取り組み始めたばかりの
プランナーよりも、彼らの方がはるかに豊富なアイディアを
出してくれそうですよね。


コラボレーターは、こんな人々を見つけ出してくるのも
得意なのです。

あなたの会社・組織にも、コラボレーター役の人いますか?


6.監督

本書の「監督」の章の冒頭に引用されている、
スティーブン・スピルバーグ監督の言葉が印象的です。

「私は夢で生計を立てている」

こんな人生送れたら最高ですね。うらやましい限りですね。(^_^)


さて、「監督」とは、

製作過程の計画を立て、ステージを構成し、俳優から最高の
演技を引き出し、プロジェクトや会社の趣旨を明確にし、
全体の調和をとって仕事を完成に導く人

です。

ただ、トムの考える監督は、決して「トップダウン型」の
リーダーではないですね。

むしろ、偉大な監督は、縁の下の力持ちを進んで引き受け、
舞台の中央を他人に委譲し、各メンバーがほとんど指導を
必要とせず、自ら実例を示して率先して行動するチームを
作り上げます。

公式の権限が仮になかったとしても、メンバーの士気を
高めることができる人心掌握術の持ち主と言えるでしょう。


ハリウッドには、

「監督の仕事の90%は配役だ」

という格言があるそうですが、企業組織でも同じですね。


監督は、プロジェクトに適したメンバーを見つけ、
巻き込み、各メンバーの才能や個性に応じた適切な
配置を行って、チームの調和を図ることができなければ
なりません。

これ、人が相手ですから、たぶん他のどんなキャラクターと
比較しても一番難しくて面倒な仕事です。

立場上、監督が一番偉いのは当然かもしれません。


ところで、同書の監督の章にはとてもうれしいことが
書いてあります。

それは「昼寝のすすめ」


IDEO社の経験によれば、ブレーンストーミングは朝が
一番盛り上がるそうです。

つまり、頭が冴えてアイディアが出やすい。
朝は、エネルギーと創造性がピークに達している刻限
なのです。

そこで、日中に適度な仮眠を取るようにすれば、
一日に2度、エネルギーと創造性のピークに達すること
ができるというわけです。


また、ハーバード大学のある調査によると、
昼間の仮眠は「情報過多」を緩和するのだそうです。
昼寝は脳がさまざまな仕事を学習する能力を高め、
記憶を強固にするらしいのです。


実は、私は会社勤めをしていた頃から、
日中、デスクに座ったまま、うつらうつら、
いや「仮眠」をしていました。

人にわからぬようにこっそり寝ていたつもりですが、
当時の同僚たちは皆気づいていたようです・・・(⌒o⌒;


5年前に独立して、
自分の事務所でデスクワークするようになってからも、
しょっちゅう眠くなってしまいます。
(しかし、幸いにも一人でやってるので、私の居眠りを
 見咎める人はいません)

それで、我慢できずについついソファーに横に
なってしまうのですが、いつも、

「自分はなんてぐうたらなんだ」

と目覚めるたびに自己嫌悪に陥っていたものです。


しかし、この本を読んだ今となっては、
ためらいなく仮眠することができるので、
とても喜んでいるわけです。


なんたって、トムは、偏見や先入観を捨てさえすれば、

「昼寝は、野心的で創造的な人間の強力なツール」

とまで言い切ってるんですから。(笑)


7.経験デザイナー

「経験デザイナー」はイノベーションを実現する人々の一人。
すばらしい「顧客経験」を創造しようと、
ひたむきに努力する人です。


冒頭に、トム・ピーターズのこんな言葉が引用されています。


零細企業であろうと、巨大企業であろうと、ほとんどの会社に
とっての「付加価値」は、提供される良質の経験によって生じる


今の客にとって、製品とは、

形のある製品+形のないサービス

です。(単純化してますが)


つまり、実際に手にする製品本体だけでなく、
購入する場所の雰囲気や、そこでの店員とのやりとり、
購入後の定期点検などのアフターサービスなど、
製品に付随するサービスすべてをひっくるめて
ある会社の「製品」であり「ブランド」なのです。

この両者を合せた製品は、通常の製品本体と区別して、
「ホールプロダクト(全体的製品)」と呼びますね。

ですから、どんなに製品そのものが優れていても、
アフターサービスが良くなければ、
その製品・ブランドの評価は下がります。

そして、今さら言わなくてもおわかりだと思いますが、
「製品本体」での差別化が困難な今、付加価値的な
サービスの部分で差別化を図るしかありません。


「顧客経験」を設計する「経験デザイナー」の役割の
重要性がわかりますよね。

本書で紹介されている例で最も面白いのは、
米国のアイスクリーム店、

「コールドストーンクリマリー」
です。

日本には昨年、アジア第1号店として六本木ヒルズに出店。
人気店となって、現在は国内5店舗まで増えています。


さて、コールドストーンでは、
従来のアイスクリーム店とは全く異なる体験があります。

食べたいアイスクリームとトッピングの種類を選ぶと、
店員は、それを冷やした御影石(まさにコールドストーン!)
の上で2本のヘラを使って混ぜ合わせます。

しかも、店員は歌をうたいながらリズムに乗って!


これはまさに「パフォーマンス」。
自分のためのアイスクリームが出来上がるプロセスを
見るのは実に楽しいわけです。

しかも、混ぜ合わせることで、既存のアイスクリーム店の
固い食感のものと違って、柔らかくクリーミィな味に
なっています。

コールドストーンの成功をみると、
飽和状態かと思われたアイスクリーム店市場にも、
アイディア次第でまだまだ参入余地があったということが、
わかりますね。


コールドストーンのコンセプトは、

「アイスクリームの革新と経験」

だそうですが、アイスクリーム本体よりも、
「すばらしい顧客経験」を売り物にすることにしたのは
「経験デザイナー」の貢献でしょう。


8.舞台装置家

「舞台装置家」は、大道具係のことですね。
社員の創造性を刺激し、イノベーションを生み出すことのできる
最高の職場環境を整えることが役回りです。

イノベーションとは、多くの場合、既存の固定観念やルールを
打ち破ることから生まれますよね。もし、職場が細かい制限
だらけで味気ないものだとしたら、イノベーションは自分の
居場所がなくなって出てこなくなるでしょう。


また、舞台装置家は、
すばらしい顧客の体験を演出するための物理的環境の設計に
おいても活躍します。

特に小売・サービス業で重要ですが、店舗・施設の空間デザインは
顧客の満足度、そして収益に大きな影響を与えます。

同書によると、ラスベガスのカジノでは、1950年代から
空間の改良による見返りを測定してきています。

例えば、ホテルの客をエレベーターまでまっすぐ歩かせずに
スロット・マシンの並んだジグザグの通路を歩かせると、
「あがり」(売上)は明らかに0.7%上昇するのだそうです。


また、同書では、トムが率いるIDEO社が関わった
有名病院の建物の設計にまつわる話も紹介されています。

この病院には、優れた心臓外科の先生たちがいました。
毎日、患者の生命を救い、同僚や地域社会から尊敬されている
特別な人たちです。

彼らは、病院に、正面玄関とは別に心臓病患者専用の玄関を
設置することを希望しました。「権威」のある心臓外科医が
治療をほどこす「神殿」にふさわしい特別の入り口を
欲しがったわけです。


IDEO社のスタッフは、果たして玄関が2つ必要かどうか、
疑問を持ちました。

そこで、外科医、患者の意見を聞き、また正面玄関とロビー、
病室の観察を行った後、病院のデザインづくりに先生方を
巻き込んで、次のような質問を投げかけたのです。

“心臓切開手術を受けに来るときの気持ちはどんなものでしょう?
 どう控えめにみても不安でしょう?そこで別の玄関から
 入らなければならないと知れば、不安は軽減されますか?”

“手術が必要なほど深刻な病気の人が足を踏み入れる専用玄関
 ですか?それは、人の心理にどんな影響を与えるでしょう?”


結局、心臓外科医たちは、自分たちのエゴの反映である
別の玄関を作るというアイディアを捨てました。
そして、患者の気持ちも考え、専用玄関の代わりに、
2階につながる立派なエスカレーターを設置しました。

この立派なエスカレーターは、心臓病患者に対して
歩かなくて良いというメリットを提供すると同時に、
心臓外科医の専門的技能を称える存在として機能しています。
かといって、専門玄関ほど美化しておらず、患者をことさらに
不安に陥れることはありませんでした。


考えてみれば、会社では、ビルの最上階に立派な個室を持ち、
室内に高級な調度品を誂え、自分の権威を誇示したがる経営者が
いますが、こうして敷居を高くしてしまうと、現場の情報が
ほとんど入ってこなくなります。

経営者にとっては、
外界から断絶された空間で実に心地よい時間を過ごせるのかも
知れませんが、イノベーションを生む空間では決してありませんし、
そんな会社では、おそらく衰退が静かに進行し始めているに
違いありませんよね・・・


9.介護人

日本語で「介護人」と聞くと、
介護福祉士を連想してしまいますね。

元の英語は、‘Care Giver’です。
気配りのできる人、世話好きな人という理解のほうが
わかりやすいかなと思います。

もちろん、介護士や、医師、看護師といった職業は、
最も純粋な形での‘Care Giver’と呼べますが。


さて、医療福祉業界に限らず、
あらゆる分野で私たちは皆、優れた介護人を求めていますよね。

例えば、レストランのウエイター・ウエイトレス、
ホテルのコンシエールジュ、あるいは担当の美容師。

私たちが接するこうした人たちが優秀かどうかで、
その店やホテル、企業に対する評価がまったく違ってきます。


優秀な介護人は、あなたがそこで「唯一の顧客」だと
感じさせてくれます。

介護人は人の気持ちを思いやります。お互いの関係を
深めようとします。

介護人は、労を惜しまずに個々の顧客を理解しようと
努めます。

なぜなら、それぞれの個人的な関心や要望に合わせるのが
最良のケアだからです。


要するに、介護人は、
顧客との永続的な関係維持を重視する
CRM(Customer Relationship Management)戦略、
あるいはワン・ツー・ワンマーケティングを現場で
実践する人たちと言えるのでしょう。


そして、おそらく、どんなにロボットが進化しても、
人と人との心の絆を生み出すことのできる「介護人」
の替わりはできないと思います。

また、日本人は特に好きですが、なんでもかんでも
自動化(=省人化)してしまうのは間違っています。


トムは本書の中で次のように述べています。

「自動化がどれほど進んだとしても、人間による操作や
人間同士の交流を維持しておくことには大切な価値が
ある。」

「自動化された新しいサービスを利用する人にも、
実体のある文字通りの触れあいをさせるようにするべきだ。」


また、IDEO社ロンドン・オフィスの
インタラクション・デザイナー、マット・ハンターは、

「サービス機械にやってほしくないことを見極めるのは
 最も重要なことかもしれない」

「ハイテクの世界では、テクノロジーの驚異を利用して改良した
 伝統的な個人対個人のカスタマーサービスを届けるのが
 最善のサービスになることがある」

と言っているのです。


すでに繰り返し書いてきたことですが、
ハード(見える次元:製品の機能・性能)での差別化が
困難となった今、ソフト(見えない次元:人的サービス)こそが
持続的な競争優位の源泉です。


優れたイノベーションを定着させるという大仕事は、
ひとえに「介護人」にかかっていると言えるでしょうね。


10.語り部

本書の「語り部」の章、冒頭の引用がぐっときます。


世界は原子でできているのではなく、物語でできている

-ミュリエル・ルーカイザー(詩人)


ブランドの価値に精通した現代の企業は、
よい物語の語り方を知っています。

彼らは、新しい試みやひたむきな努力やイノベーションを
説得力のある物語にして、私たちのイマジネーションを捉えます。


物語には、事実や報告書や市場動向では伝えられない説得力が
あります。物語は、感情面での結びつきを形成するからです。

また、物語の語り部は、チームに団結をもたらします。
その物語は組織の伝承となっていつまでも語られていきます。


そして、何よりも、物語の語り部は、
普通の人たちをヒーローにします。

確かに!
思わず、「プロジェクトX」を連想してしまいますが、
優れたブランドには必ず、よく知られた物語がありますよね。


さて、私たちが人を理解したいなら、そして
人が本当に求めているものを知りたいなら、
人が語る物語に耳を傾けなければいけません。

トムは言います。

“私たちの多くは、他人の物語を理解するとき、近道を
 しようとする悪い癖がある。「要するに」と思いつつ
 話を聞くから、あんたの考えを聞かせてくればいい、と
 端的に重いってしまう。(中略)
 ・・・さっさと要点をいってくれ、というわけだ”

一方、イノベーションの達人の一人である「人類学者」は
人の端的な考えなど聞きません。すぐに結論に飛びつくことも
ありません。イエスかノーかと尋ねる質問をしません。

人類学者は、現場に出て行き、

「あなたは自分の携帯電話サービスを気に入っていますか、
 いませんか」

といった質問ではなく、

「あなたが自分の携帯電話にがっかりしたときの話を
 聞かせてください」

といって会話を始めるのです。

会話の中心を物語に据えることによって、
相手との強い個人的な絆を形成し、深い洞察を得ます。


ですから、組織(企業)は、物語のよい聞き手であることも
必要だというわけです。


同書では、組織(企業)がよい語り部になるべき7つの理由を
挙げています。ここでは項目のみ記します。
詳細はぜひ同書を読んでください。

1.ストーリーテリングは信頼性を築く
2.ストーリーテリングは強い感情を解き放ち、
  チームの絆を深める
3.物語は物議をかもす問題や厄介なテーマについても
  探索する「許可」を与える
4.ストーリーテリングはグループの視点に感化をおよぼす
5.ストーリーテリングは主人公をつくる
6.ストーリーテリングは変革にかかわる新しい語彙を提供する
7.よい物語は混沌に秩序をもたらす


“よい物語はがらくたを突き抜ける”

とトムは言っていますが、断片的な情報が氾濫するなか、
魅力的なコンテキスト(文脈)を持つ物語は、人々の記憶の中に
ずっと残り続けるのです。

このことが、マーケティングに示唆すること。
説明しなくてもわかりますよね。

投稿者 松尾 順 : 09:00 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:語り部(ブランドを培う人)

ようやく最後の一人にたどりつきました。

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

から、10番めのキャラクター、

「語り部」

を取り上げます。


本書の「語り部」の章、冒頭の引用がぐっときます。


世界は原子でできているのではなく、物語でできている

-ミュリエル・ルーカイザー(詩人)


ブランドの価値に精通した現代の企業は、
よい物語の語り方を知っています。

彼らは、新しい試みやひたむきな努力やイノベーションを
説得力のある物語にして、私たちのイマジネーションを捉えます。


物語には、事実や報告書や市場動向では伝えられない説得力が
あります。物語は、感情面での結びつきを形成するからです。

また、物語の語り部は、チームに団結をもたらします。
その物語は組織の伝承となっていつまでも語られていきます。


そして、何よりも、物語の語り部は、
普通の人たちをヒーローにします。

確かに!
思わず、「プロジェクトX」を連想してしまいますが、
優れたブランドには必ず、よく知られた物語がありますよね。


さて、私たちが人を理解したいなら、そして
人が本当に求めているものを知りたいなら、
人が語る物語に耳を傾けなければいけません。

トムは言います。

“私たちの多くは、他人の物語を理解するとき、近道を
 しようとする悪い癖がある。「要するに」と思いつつ
 話を聞くから、あんたの考えを聞かせてくればいい、と
 端的に重いってしまう。(中略)
 ・・・さっさと要点をいってくれ、というわけだ”

一方、イノベーションの達人の一人である「人類学者」は
人の端的な考えなど聞きません。すぐに結論に飛びつくことも
ありません。イエスかノーかと尋ねる質問をしません。

人類学者は、現場に出て行き、

「あなたは自分の携帯電話サービスを気に入っていますか、
 いませんか」

といった質問ではなく、

「あなたが自分の携帯電話にがっかりしたときの話を
 聞かせてください」

といって会話を始めるのです。

会話の中心を物語に据えることによって、
相手との強い個人的な絆を形成し、深い洞察を得ます。


ですから、組織(企業)は、物語のよい聞き手であることも
必要だというわけです。


同書では、組織(企業)がよい語り部になるべき7つの理由を
挙げています。ここでは項目のみ記します。
詳細はぜひ同書を読んでください。

1.ストーリーテリングは信頼性を築く
2.ストーリーテリングは強い感情を解き放ち、
  チームの絆を深める
3.物語は物議をかもす問題や厄介なテーマについても
  探索する「許可」を与える
4.ストーリーテリングはグループの視点に感化をおよぼす
5.ストーリーテリングは主人公をつくる
6.ストーリーテリングは変革にかかわる新しい語彙を提供する
7.よい物語は混沌に秩序をもたらす


“よい物語はがらくたを突き抜ける”

とトムは言っていますが、断片的な情報が氾濫するなか、
魅力的なコンテキスト(文脈)を持つ物語は、人々の記憶の中に
ずっと残り続けるのです。

このことが、マーケティングに示唆すること。
説明しなくてもわかりますよね。

投稿者 松尾 順 : 09:41 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:介護人

イノベーションを起こす10人衆のうち、
ご紹介していない人がまだあと2人残っています・・・


というわけで、今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

から、第9番めのキャラクター、

「介護人」

を取り上げます。


日本語で「介護人」と聞くと、
介護福祉士を連想してしまいますね。

元の英語は、‘Care Giver’です。
気配りのできる人、世話好きな人という理解のほうが
わかりやすいかなと思います。

もちろん、介護士や、医師、看護師といった職業は、
最も純粋な形での‘Care Giver’と呼べますが。


さて、医療福祉業界に限らず、
あらゆる分野で私たちは皆、優れた介護人を求めていますよね。

例えば、レストランのウエイター・ウエイトレス、
ホテルのコンシエールジュ、あるいは担当の美容師。

私たちが接するこうした人たちが優秀かどうかで、
その店やホテル、企業に対する評価がまったく違ってきます。


優秀な介護人は、あなたがそこで「唯一の顧客」だと
感じさせてくれます。

介護人は人の気持ちを思いやります。お互いの関係を
深めようとします。

介護人は、労を惜しまずに個々の顧客を理解しようと
努めます。

なぜなら、それぞれの個人的な関心や要望に合わせるのが
最良のケアだからです。


要するに、介護人は、
顧客との永続的な関係維持を重視する
CRM(Customer Relationship Management)戦略、
あるいはワン・ツー・ワンマーケティングを現場で
実践する人たちと言えるのでしょう。


そして、おそらく、どんなにロボットが進化しても、
人と人との心の絆を生み出すことのできる「介護人」
の替わりはできないと思います。

また、日本人は特に好きですが、なんでもかんでも
自動化(=省人化)してしまうのは間違っています。


トムは本書の中で次のように述べています。

「自動化がどれほど進んだとしても、人間による操作や
人間同士の交流を維持しておくことには大切な価値が
ある。」

「自動化された新しいサービスを利用する人にも、
実体のある文字通りの触れあいをさせるようにするべきだ。」


また、IDEO社ロンドン・オフィスの
インタラクション・デザイナー、マット・ハンターは、

「サービス機械にやってほしくないことを見極めるのは
 最も重要なことかもしれない」

「ハイテクの世界では、テクノロジーの驚異を利用して改良した
 伝統的な個人対個人のカスタマーサービスを届けるのが
 最善のサービスになることがある」

と言っているのです。


すでに繰り返し書いてきたことですが、
ハード(見える次元:製品の機能・性能)での差別化が
困難となった今、ソフト(見えない次元:人的サービス)こそが
持続的な競争優位の源泉です。


優れたイノベーションを定着させるという大仕事は、
ひとえに「介護人」にかかっていると言えるでしょうね。

投稿者 松尾 順 : 14:26 | コメント (0) | トラックバック

マーケットドライビング戦略~アジエンス、ツバキ、ラックス

シャンプーカテゴリーでこれまで圧倒的なブランド力で
トップシェアを維持してきたユニリーバの「LUX(ラックス)」。

7月に新しく投入した「スーパーダメージリペア」シリーズは、
従来のブランド戦略とは全く異なっていることにお気づきですよね。

同シリーズは、モデルとして初めて東洋人の富永愛を起用し、
黒髪、ストレートロングヘアを強調したコミュニケーションを採用。

これは、従来のハリウッドスターを起用して、
ゴージャスで輝くブロンドの髪を「憧れ」として演出してきたのとは
180度の戦略転換と言えるほどです。
(従来の路線は「スーパーリッチシャイン」シリーズで
 維持されてはいますが)


なぜ、ラックスはこのような戦略を取らざるを得なかったのか。


「黒髪」でピンとくる方が多いでしょう。

まず、花王のアジエンスの登場(2003年)が発端です。

アジエンスでは、中国人の人気女優、チャン・ツィイーを起用、
「アジアンビューティ」というコンセプトを打ち出しました。
キャッチコピーでは、

“アジアンビューティ それは、世界の新しい美の基準”

と言い切っています。

そして、ラックスが選ばれる理由となっていた従来の美の基準
「金髪」を「黒髪」にシフトすることに成功しました。


さらに、今年3月には、資生堂が「TSUBAKI」を投入。

「TSUBAKI」は、

“日本の女性は美しい”

と日本女性を賞賛しつつ、人気タレントを同時に起用することで、
黒髪をベースとしつつも、多様な髪型やカラーリングでも、
美しさが際立つことを強調しています。

この結果、「TSUBAKI」は、あっという間にラックス、アジエンスを
抜いてカテゴリートップになりました。


花王、そして資生堂が取ったブランド戦略は、
ヘアケアカテゴリーの価値基準・評価基準をずらすことが
狙いでした。

これは、競争のルール自体を変えてしまうことであり、
専門的には「マーケット・ドライビング戦略」と呼びます。

これまで王者ラックスが作ったルールの枠組みの中で
戦ってきていたのを止め、自ら新たなルールを生み出し、
古いルールを書き換えることに成功したわけですね。


このため現時点では、
ラックスは、花王、資生堂の作り出したルールの枠組みで
戦うことを余儀なくされた。

富永愛の起用と黒髪、ストレートロングヘアの強調は
同じ土俵で勝負するためのやむを得ない選択だったのです。


なぜなら、新しいルールの下では、ハリウッドスター、
ブロンドの髪は、逆にマイナス評価になってしまうから。

これまでは高い価値を持っていたブランド資産が、
新ルールの下では「負債化」してしまったんですね。


ただ、今のところ、ラックスの「スーパーダメージリペア」
の売れ行きははかばかしくないようです。

果たして、ラックスの巻き返しはうまくいくのか、
ブランド戦略の生々しい事例として今後の展開も興味深いものが
ありますね。


*マーケット・ドライビング戦略については、
 下記書籍を参照ください。

「マーケティング戦略論」
(ドーン・イアコブッチ編著、ダイヤモンド社)

投稿者 松尾 順 : 14:43 | コメント (0) | トラックバック

欲しいのはユーザーの主観的情報

今年の夏は、1-2泊の短期滞在型ながら、
国内のリゾート施設に何度か行きました。

海外だと地中海クラブ(クラブメッド)などに
行ったことがありますが、
我が家ではこうしたリゾート旅行が好みです。

1箇所でさまざまなアクティビティが楽しめるリゾート型旅行は、
あちこちの観光名所をみて回る周遊型旅行と違って、
あまり疲れずのんびりできますし、子供の面倒が大変な家族連れに
向いているんですよね。


さて、海外にしろ、国内にしろ、お楽しみどころ満載の
リゾートに行く前にはいろいろと情報収集しておきたいものです。

しかし、紙のパンフは言うまでもなく、
情報の制約がないはずのWebサイトでさえ、
そこで紹介されている情報量には物足りなさを感じます。

国内外のリゾート施設で、十分な情報を事前に提供できている
と言えるところは、一つもないんじゃないでしょうか。
(あったら、ぜひ教えてください!)


結局のところ、Webサイトなどで入手できる情報って、
「客観的な事実」を元にした内容が中心です。
ちょっと揶揄して言えば、運営企業側の検閲を通った
「大本営発表」のものだけ。

さすがに虚偽情報や誇張表現はないでしょうけど、

「リゾートに行ったら、何して遊ぼうかな!」

と期待しているユーザーをわくわくさせる情報に欠けています。


よく考えると、ユーザーがが期待するのは、

「このレストランのこのメニューがお気に入り」

とか、

「こんな意外な楽しみ方がある」

といった「主観的な情報」ですよね。

しかし、こうした内容は、
情報発信者が運営企業である限りは提供しにくい情報です。


やはり、実際のリゾート体験者、つまりユーザーが
情報発信者になる必要があります。

しかも、単なる「ユーザーの体験談」といった枠を超え、
ユーザーが「レポーター」となって、
リゾートの楽しみどころを豊富に紹介する記事を掲載
できる仕組みを組み込むのが理想形です。

彼らレポーターの主観的情報には、
当たりもはずれもあるでしょうけど、それはそれで良し。
なんにせよ一人のユーザーの個人的判断で書かれたもの
ですからね。


私は、こうしたユーザー参加型のWebサイトが、
特に観光・レジャー業界、飲食サービス業界において
増えて欲しいと思っています。


リゾート施設ではありませんが、
このユーザー参加型Webサイトの事例が「相鉄スタイル」
です。(日経MJ、2006/08/21)

「相鉄スタイル」は、
相模鉄道が運営する、相鉄沿線の住民が参加するブログ。

「タウンライター」として選抜された沿線住民が、
駅周辺のグルメやスポーツ施設などのお薦め情報を
自由に書き込みます。

現在タウンライターは約60人、1日平均3本のネタが
アップされ、累計2千本の記事が掲載されています。

その成果は、相鉄のWebサイトへの月間訪問者数が
2年前の約10倍の15万人へと増加。

また、「愛着を持てるようになった」という消費者の声が
聞かれるようになり、ブランドイメージの向上にも寄与して
いるそうです。


従来、企業とユーザー(顧客)との関係は、
こちら側(此方)とあちら側(彼方)という相対する立場で
とらえてきましたよね。

しかし、これからは、共に同じ場所に立ち、
企業にとっても顧客にとっても望ましい優れた商品づくりや、
サービス向上のために協働しあう関係を形成することが
時代の流れではないでしょうか。

投稿者 松尾 順 : 14:21 | コメント (0) | トラックバック

地縁の再現としてのSNS

今週はお盆ウィークでしたから、
実家に帰省されていた方もいらっしゃると思います。

あなたのふるさとはどんなところですか?

地方でも、福岡市や札幌市のような大都市に住んでいれば、
東京あたりとさほど違いはないでしょうけど、
そうした大都市からちょっと外れると、
昔ながらの集落的なつながりの中で生活をしてるところが
まだまだありますよね。


集落のほぼ全員と顔見知り。仲のいいお隣さんも、疎遠な
お隣さんもいるけど、冠婚葬祭ではお互い助け合う。

塀越しにそれぞれの家の動向がしっかりチェックされているし、
近所のおばさんたちが、あちこちで長々と油を売るおかげで、
「誰がこうした、ああした」という情報はあっという間に広まる。
(私の実家の集落をイメージしながら書いてます・・・)


こうした集落は、「地縁」と呼ばれるコミュニティですよね。

やたらお節介な人がいたりして、たまに
濃い人付き合いがわずらわしいと思わないでもないけれど、
所属欲求を満たしてくれる安心できる場所。


最近、ミクシィのようなSNSに同じ安心感を感じることがあります。

SNSでつながっている人たちは、
すごく親しい人もいるし、それほどでもない人もいるけれど、
基本的に顔見知り。お互い、相手の日記をのぞくことで
相手の様子を垣間見ることができる。

もちろん、つながっている人たちは、
それぞれ自分のネットワークを持っているから、
そのネットワークを辿っていけば、自分とは関係のないところに
出てしまうセミクローズな世界です。

でも自分を起点としたネットワークの中では、
わずらわしいことが起きることもあるけれど、
わけもなく戻りたくなってしまう、そんな空間に思えるのです。

あなたはどう感じますか?


そして、まだ仮説に過ぎませんが、
SNSは、都会人ほど必要性が高いオンラインサービスでは
ないかと思うのです。

なぜなら、都会人の多くが、自分の故郷、
すなわちリアルな「地縁」から離脱してしまっているから。

それによって失われた安心感を回復させてくれるのが、
「SNS」になっているように感じます。

今までも各種のバーチャルなコミュニティモデルが提唱され、
実際に運営されてきましたけど、リアルな「地縁」に
最も近いのが「SNS」のように思います。


20年も前ですが、養老孟司さんは次のようなことを
書いているんですよ。(「脳の見方」、ちくま文庫
ちょっと長いのですが、引用します。

---------------------------------------------------
動物園で、狭いところにタヌキをたくさん飼う。
そうすると、野生状態で持っている縄張り意識を失う。

自分ダヌキが、始終、他人ダヌキに出会う。
そのつどまともに反応していたら、タヌキだって疲れる。
身がもたない。仕方がないから、現在の環境に適応して
タヌキも縄張りを捨てる。

都会の生活は、縄張りのないタヌキを量産する。
一日に出会う人数が増えすぎたから、ヒトもタヌキも、
相手の各個人(個体)に対する関心を薄めざるをえない。
電車に乗れば、まわりは一期一会ばかりである。
・・(中略)・・

現代人の孤独は、人疲れの孤独である。
あるいは、縄張りを失ったタヌキの孤独である。
モンテーニュには、帰る館と領地があったが、
あるべきそうしたものが失われた状況を、
いまでは孤独と呼ぶことがある。
----------------------------------------------------


都会人が失ってしまった縄張り(意識)を取り戻し、
孤独感を埋めてくれるツールが20年後の今、
ようやく登場したといえるのかも・・・

投稿者 松尾 順 : 10:40 | コメント (3) | トラックバック

イノベーションの達人:舞台装置家

今日も引き続き、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

から、第8番めのキャラクター、

「舞台装置家」

を取り上げます。


「舞台装置家」は、大道具係のことですね。
社員の創造性を刺激し、イノベーションを生み出すことのできる
最高の職場環境を整えることが役回りです。

イノベーションとは、多くの場合、既存の固定観念やルールを
打ち破ることから生まれますよね。もし、職場が細かい制限
だらけで味気ないものだとしたら、イノベーションは自分の
居場所がなくなって出てこなくなるでしょう。


また、舞台装置家は、
すばらしい顧客の体験を演出するための物理的環境の設計に
おいても活躍します。

特に小売・サービス業で重要ですが、店舗・施設の空間デザインは
顧客の満足度、そして収益に大きな影響を与えます。

同書によると、ラスベガスのカジノでは、1950年代から
空間の改良による見返りを測定してきています。

例えば、ホテルの客をエレベーターまでまっすぐ歩かせずに
スロット・マシンの並んだジグザグの通路を歩かせると、
「あがり」(売上)は明らかに0.7%上昇するのだそうです。


また、同書では、トムが率いるIDEO社が関わった
有名病院の建物の設計にまつわる話も紹介されています。

この病院には、優れた心臓外科の先生たちがいました。
毎日、患者の生命を救い、同僚や地域社会から尊敬されている
特別な人たちです。

彼らは、病院に、正面玄関とは別に心臓病患者専用の玄関を
設置することを希望しました。「権威」のある心臓外科医が
治療をほどこす「神殿」にふさわしい特別の入り口を
欲しがったわけです。


IDEO社のスタッフは、果たして玄関が2つ必要かどうか、
疑問を持ちました。

そこで、外科医、患者の意見を聞き、また正面玄関とロビー、
病室の観察を行った後、病院のデザインづくりに先生方を
巻き込んで、次のような質問を投げかけたのです。

“心臓切開手術を受けに来るときの気持ちはどんなものでしょう?
 どう控えめにみても不安でしょう?そこで別の玄関から
 入らなければならないと知れば、不安は軽減されますか?”

“手術が必要なほど深刻な病気の人が足を踏み入れる専用玄関
 ですか?それは、人の心理にどんな影響を与えるでしょう?”


結局、心臓外科医たちは、自分たちのエゴの反映である
別の玄関を作るというアイディアを捨てました。
そして、患者の気持ちも考え、専用玄関の代わりに、
2階につながる立派なエスカレーターを設置しました。

この立派なエスカレーターは、心臓病患者に対して
歩かなくて良いというメリットを提供すると同時に、
心臓外科医の専門的技能を称える存在として機能しています。
かといって、専門玄関ほど美化しておらず、患者をことさらに
不安に陥れることはありませんでした。


考えてみれば、会社では、ビルの最上階に立派な個室を持ち、
室内に高級な調度品を誂え、自分の権威を誇示したがる経営者が
いますが、こうして敷居を高くしてしまうと、現場の情報が
ほとんど入ってこなくなります。

経営者にとっては、
外界から断絶された空間で実に心地よい時間を過ごせるのかも
知れませんが、イノベーションを生む空間では決してありませんし、
そんな会社では、おそらく衰退が静かに進行し始めているに
違いありませんよね・・・

投稿者 松尾 順 : 19:21 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人・・・経験デザイナー

今日は再び、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房


に紹介されている第7番めのキャラクター、

「経験デザイナー」

を取り上げます。


これまで紹介してきた次の6人については、
マインドリーディング・ブログのバックナンバーを
ご参照くださいね。

●情報収集をするキャラクター
1 人類学者:観察する人
2 実験者:プロトタイプを作成し改善点を見つける人
3 花粉の運び手:異なる分野の要素を導入する人

●土台をつくるキャラクター
4 ハードル選手:障害物を乗り越える人
5 コラボレーター:横断的な解決策を生み出す人
6 監督:人材を集め、調整する人


さて、「経験デザイナー」はイノベーションを実現する人々の一人。
すばらしい「顧客経験」を創造しようと、
ひたむきに努力する人です。


冒頭に、トム・ピーターズのこんな言葉が引用されています。


零細企業であろうと、巨大企業であろうと、ほとんどの会社に
とっての「付加価値」は、提供される良質の経験によって生じる


今の客にとって、製品とは、

形のある製品+形のないサービス

です。(単純化してますが)


つまり、実際に手にする製品本体だけでなく、
購入する場所の雰囲気や、そこでの店員とのやりとり、
購入後の定期点検などのアフターサービスなど、
製品に付随するサービスすべてをひっくるめて
ある会社の「製品」であり「ブランド」なのです。

この両者を合せた製品は、通常の製品本体と区別して、
「ホールプロダクト(全体的製品)」と呼びますね。

ですから、どんなに製品そのものが優れていても、
アフターサービスが良くなければ、
その製品・ブランドの評価は下がります。

そして、今さら言わなくてもおわかりだと思いますが、
「製品本体」での差別化が困難な今、付加価値的な
サービスの部分で差別化を図るしかありません。


「顧客経験」を設計する「経験デザイナー」の役割の
重要性がわかりますよね。

本書で紹介されている例で最も面白いのは、
米国のアイスクリーム店、

「コールドストーンクリマリー」
です。

日本には昨年、アジア第1号店として六本木ヒルズに出店。
人気店となって、現在は国内5店舗まで増えています。


さて、コールドストーンでは、
従来のアイスクリーム店とは全く異なる体験があります。

食べたいアイスクリームとトッピングの種類を選ぶと、
店員は、それを冷やした御影石(まさにコールドストーン!)
の上で2本のヘラを使って混ぜ合わせます。

しかも、店員は歌をうたいながらリズムに乗って!


これはまさに「パフォーマンス」。
自分のためのアイスクリームが出来上がるプロセスを
見るのは実に楽しいわけです。

しかも、混ぜ合わせることで、既存のアイスクリーム店の
固い食感のものと違って、柔らかくクリーミィな味に
なっています。

コールドストーンの成功をみると、
飽和状態かと思われたアイスクリーム店市場にも、
アイディア次第でまだまだ参入余地があったということが、
わかりますね。


コールドストーンのコンセプトは、

「アイスクリームの革新と経験」

だそうですが、アイスクリーム本体よりも、
「すばらしい顧客経験」を売り物にすることにしたのは
「経験デザイナー」の貢献でしょう。

投稿者 松尾 順 : 18:27 | コメント (0) | トラックバック

独りよがりなブランド拡張・・・カシオ「エクシリム」

先日、某法人向けサービス新市場の認知度調査を実施したところ、
やはり、革新的なサービスを先駆者として立ち上げた新興企業が
圧倒的に認知度が高く、ブランドイメージも際立って良いという
結果になりました。

この新市場は、老舗のブランド力のある企業が次々と参入して
激しい競争状態になっていますが、

新サービス=上記新興企業

というブランドイメージは強固で、
なかなか崩せないものだということがわかりました。


さて、こうした強いブランドを確立した企業は、
そのブランド力を有効活用したいと考え、さまざまな
商品カテゴリーにブランドを拡張していくものです。

もちろん、成功することも失敗することもありますが、
まず間違いなく失敗するのは、企業側が自分たちの都合だけ
しか考えない場合ですね。


つまり、失敗するのは、

「独りよがりなブランド拡張」

をやってしまった時です。


過去にブランド拡張の失敗事例は山ほどあるのですが、
直近では、カシオのデジカメ「エクシリム」が挙げられます。
(日経ビジネス、2006年8月7日・14日号)


「エクシリム」は、2002年に
名刺サイズの薄型・軽量のデジカメとして
華々しく登場しましたよね。

特に、胸ポケットに入る「究極の薄さ」(11.3mm)は、
他社と明確に異なる強烈なブランドイメージを
構築することに成功しました。

実は、私もエクシリムの後継機を愛用しています。
常に持ち歩いて負担にならない大きさ、薄さ、軽さは最高です。
(最近は、さすがに他社製品も遜色ないですけど・・・)


カシオは、このエクシリムブランドの拡張戦略の第一弾
として、2003年から新シリーズ「エクシリムズーム」を発売。

ズーム機能を加えて画素数を引き上げた同シリーズは、
この高性能化のために本体の厚さは従来2倍(23mm)に
なってしまいました。


このブランド拡張戦略の場合、どうやら
製品の高性能化が先にあったようです。

「エクシリム」のブランドを冠したいけれども、
同シリーズはこれまでの「薄さ」が強調できない。

そこで、エクシリムのブランドイメージの柱であった
「究極の薄さ」を弱め、

「薄型でコンパクト、スタイリッシュ」

と再定義してつじつまを合わせてしまいました。

既に、企業の「独りよがりさ」が顔を出しつつありますね・・・

幸い、同シリーズはヒットしました。
他社同等製品よりはまだ薄かったからです。


カシオでは、
さらにエクシリムブランドを中・上級者向け製品に
拡張することを狙いました。

2004年に投入した

「エクシリムプロ」

です。


「エクシリムプロ」は確かに優れた性能を持っていましたが、
従来のカメラを思わせる、一回り大きくて無骨なデザインを
しています。

エクシリムのブランドイメージを構成していた「薄さ」
だけでなく、「小ささ」「軽さ」「スタイリッシュ」さなど、
すべてを捨ててしまいました。

そこで、カシオでは、エクシリムの定義を

「エクシリムとはカシオによる製品差異化そのものを指す」

と、今度は完全なる「独りよがり」コンセプトに変えます。

ブランドをどのように(再)構築するかは企業の戦略マター
(自由裁量)かもしれませんが、上記のような意味不明の
コンセプトでは、ユーザーに伝えることはできないですよね。


「エクシリムプロ」は売り上げ苦戦のまま生産を終了。
現在は、再び従来のブランドイメージ「薄さ」のコンセプトに
立ち戻ったシリーズを展開しています。


おそらく、カシオ社内では、

「エクシリム」のブランドさえあればなんだって売れる

といった強引な意見に引っ張られたんでしょうね。
特定のブランドが大成功した時に必ずみられる「おごり」
現象です。


ブランド拡張を行う場合には、
ユーザーが製品に対して持っている「ブランドイメージ」
との乖離を無視してはいけない。


ユーザー不在の独りよがりなブランド拡張は厳禁です。

投稿者 松尾 順 : 18:43 | コメント (2) | トラックバック

9月の夏休み

最近、8月のピークシーズンを避けて、
9月に夏休みを取る人が増えているんですね。

お盆の時期に一斉休みを取るのは、
製造業が多い(工場の稼動上その方が都合がいい)のですが、
近年は、サービス業で働く人の割合が高くなり、
むしろ交代で休んだ方が都合がよくなりましたからね。

また、休みが集中すると行楽地が混んじゃいますから、
夏休みは分散して取りましょうという風潮も少しずつ
強くなってきてました。


ただ、上記の理由以外にも、
9月の旅行が増加している要因には「ネット予約サイト」
の影響があるようです。(日経MJ、2006/08/11)

ネット予約サイトのメインユーザーは20-30代。
彼ら若年層は、独身であったり、まだ子供がいないことが多く、
子供の夏休みに合わせる必要がありません。

また、ネット予約サイトでは、
他の時期に比べて8月の客室在庫数が少なく、
予約が取りにくい状況があります。

このため、子供に制約されないユーザーが、
予約の取りやすい9月へと旅行時期をシフトしつつあるわけです。

実際、高級ホテルのオークション予約サイト「一休」では、
9月の予約件数が前年度の60%増。8月は同27%増ですから、
9月への旅行シフトが顕著です。

他のネット予約サイト「ヤフートラベル」や「楽天トラベル」
でも9月の予約数の伸びは、8月よりも上回っています。


さて、日経MJには触れられていなかったのですが、
上記の夏休み時期シフトの背景には、
このところ取りざたされている、「晩婚化」「少子化」と
いう大きな社会的変化がありそうです。

近年の晩婚化、言い換えると独身者、そして、
結婚しても子供を作らない夫婦が増えているのは数字で
明確に現れていますよね。

身軽に動ける独身者、あるいは子供なしカップルの比率は
今後も増えていくことでしょうし、彼らの消費行動が
ネット予約サイトを通じて顕在化し、
旅行時期にも影響を与え始めたと考えるべきかも知れません。
(現時点ではあくまで「仮説」ですが)


消費者心理・消費行動を読む場合には、
消費者一人ひとりの心理の機微を理解するだけでなく、
こうした大きな社会的なトレンドを併せて把握しておく
必要がありますね。

投稿者 松尾 順 : 14:19 | コメント (0) | トラックバック

戦う前から負けている

今日は、ちょっと日本のPCメーカーに苦言を呈します。
(一部外資メーカーも含まれますが・・・)


昨年くらいからでしょうか、パソコンの通信販売を
新聞の全15段広告で行うPCメーカーが増えてきましたよね。


その中でも、一番目立つのが「デルコンピュータ」でしょう。
日経新聞や日経産業新聞に、週1くらいの頻度で出稿している
んじゃないでしょうか。
(私は、一般紙は読んでいないのですが、朝日、読売、毎日
 あたりにも出してるんでしょうか?)

全15段となると、1回の出稿費は数百万円以上になりますが、
とても出稿費を上回る売上・利益を確保できるだけの台数、
売れるとは思えません。

おそらく、収益を上げるだけじゃなくて、認知度向上という目的
も同時に追ってるんでしょうね。


そして、デルコンピュータの広告攻勢に刺激されたのか、
日本の大手PCメーカー、および外資のPCメーカー、
そして独立系の格安PCメーカーなども負けじと全15段広告を
打ってきていますね。

しかし、広告の内容を見る限り、
デルコンピュータ以外のPCメーカーは
戦う前から負けているように感じます。

逆に言うと、勝つ気があるのか疑問ということです。


デルコンピュータと他のメーカーの広告で決定的に違う点
があるのですが、それは何かおわかりですか。


それは、メインメモリの容量です。

デルコンピュータでは、デスクトップ、ノートPCとも、
標準で「512M」の製品を掲載しています。

一方、他のメーカーの大半の機種は、標準「256M」です。


パソコンにはあまり詳しくなくても、
PCを選ぶ上で最も重要な比較ポイントであり、
知っておいた方がいいのは、このメインメモリーの容量です。


Windows XP、そしてオフィスソフトを快適に動かすには、
ミニマムでメモリーは「512M」じゃないとつらいというのが
真実。

理想を言えば「1G」ですけど、通常の業務なら512Mで十分。
しかし、「256M」だと、メールチェックくらいなら
まあなんとかOKだけれど、ワードやエクセルを使った業務と
なると動作がのろく、ストレスいっぱいになります。
(私のノートPCが256Mなんです。
 メインじゃないからこれで我慢してますが)


このことをPCメーカーならわかっているはずですが、
デル・コンピュータと価格帯を合わせるためでしょうか、
また少しでも安く見せるためでしょうか、標準256Mの
機種を掲載している会社がほとんどです。


これは、PCの全くの素人ならだませるかも知れません。
でも、いくら素人でも、機種を比較検討するときには、
詳しい人の意見は聞きますよね。

おそらく、詳しい人は、

「メモリー256Mは非力だから、メモリー増設した方がいい」

とアドバイスしてくれるでしょう。


そこで、デルコンピュータの広告を見ると、
標準512Mなので広告記載の価格で買えます。

わかりやすい。

ところが、他のメーカーは、広告記載の価格に、
メモリー増設分の費用を上乗せしないと実際の購入価格が
見えません。

わかりにくい。

見込み客は、結局どちらを選ぶ確率が高いでしょうか?

まるで、他のメーカーは、
最初からデルコンピュータに負け戦を挑んでいるように
感じてしまいます。


デルコンピュータの圧倒的なコストパフォーマンスに
対抗するのは一筋縄ではいかないのはわかりますが、
もっと広告を出す前に勝てる「戦略」を立案しないと、
広告費が無駄じゃないでしょうか。


デルコンピュータは私も事務所で使ってますし、
いい製品を出してることは認めざるを得ませんが、
日本のメーカーにも、ぜひもっとがんばって欲しいですよね。

投稿者 松尾 順 : 13:45 | コメント (2) | トラックバック

イノベーションの達人:監督

10人も紹介するのはやっぱ大変だったなと思いつつ・・・(⌒o⌒;
今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

に紹介されている第6番めのキャラクター、

「監督」

を取り上げます。


本書の「監督」の章の冒頭に引用されている、
スティーブン・スピルバーグ監督の言葉が印象的です。

「私は夢で生計を立てている」

こんな人生送れたら最高ですね。うらやましい限りですね。(^_^)


さて、「監督」とは、

製作過程の計画を立て、ステージを構成し、俳優から最高の
演技を引き出し、プロジェクトや会社の趣旨を明確にし、
全体の調和をとって仕事を完成に導く人

です。

ただ、トムの考える監督は、決して「トップダウン型」の
リーダーではないですね。

むしろ、偉大な監督は、縁の下の力持ちを進んで引き受け、
舞台の中央を他人に委譲し、各メンバーがほとんど指導を
必要とせず、自ら実例を示して率先して行動するチームを
作り上げます。

公式の権限が仮になかったとしても、メンバーの士気を
高めることができる人心掌握術の持ち主と言えるでしょう。


ハリウッドには、

「監督の仕事の90%は配役だ」

という格言があるそうですが、企業組織でも同じですね。


監督は、プロジェクトに適したメンバーを見つけ、
巻き込み、各メンバーの才能や個性に応じた適切な
配置を行って、チームの調和を図ることができなければ
なりません。

これ、人が相手ですから、たぶん他のどんなキャラクターと
比較しても一番難しくて面倒な仕事です。

立場上、監督が一番偉いのは当然かもしれません。


ところで、同書の監督の章にはとてもうれしいことが
書いてあります。

それは「昼寝のすすめ」


IDEO社の経験によれば、ブレーンストーミングは朝が
一番盛り上がるそうです。

つまり、頭が冴えてアイディアが出やすい。
朝は、エネルギーと創造性がピークに達している刻限
なのです。

そこで、日中に適度な仮眠を取るようにすれば、
一日に2度、エネルギーと創造性のピークに達すること
ができるというわけです。


また、ハーバード大学のある調査によると、
昼間の仮眠は「情報過多」を緩和するのだそうです。
昼寝は脳がさまざまな仕事を学習する能力を高め、
記憶を強固にするらしいのです。


実は、私は会社勤めをしていた頃から、
日中、デスクに座ったまま、うつらうつら、
いや「仮眠」をしていました。

人にわからぬようにこっそり寝ていたつもりですが、
当時の同僚たちは皆気づいていたようです・・・(⌒o⌒;


5年前に独立して、
自分の事務所でデスクワークするようになってからも、
しょっちゅう眠くなってしまいます。
(しかし、幸いにも一人でやってるので、私の居眠りを
 見咎める人はいません)

それで、我慢できずについついソファーに横に
なってしまうのですが、いつも、

「自分はなんてぐうたらなんだ」

と目覚めるたびに自己嫌悪に陥っていたものです。


しかし、この本を読んだ今となっては、
ためらいなく仮眠することができるので、
とても喜んでいるわけです。


なんたって、トムは、偏見や先入観を捨てさえすれば、

「昼寝は、野心的で創造的な人間の強力なツール」

とまで言い切ってるんですから。(笑)

投稿者 松尾 順 : 13:19 | コメント (0) | トラックバック

最強の購買理由・・・大義名分

お宅では、食器洗い機(食洗機)を利用してますか?

食洗機って、実際使ってみると便利ですし、
手洗いよりも水の使用量が節約できるという実利もあります。


でも、なんとなく、

「自分で手洗いできるのに何万円もする食洗機を購入するなんて!」

と購入を躊躇する気持ちがどこかにありませんか。

食後の食器洗いの時間が浮いて別のことが出来るようになるし、
かつ、水道代も安くなるということを考えると、
食洗機を購入するのは合理的な判断であるにも関わらず、
人間心理とは不思議なものです。

おそらく、利用者である主婦に、
「手抜き」とか「らくしすぎ」といった、
ちょっと後ろめたい感情が湧くからでしょうね。

我が家では、妻が出産のために実家に戻っていたころ、
1人暮らしで食器洗いは面倒だと、私が勝手に購入したのですが、
そうでもなければ、食洗機をいまだ利用していなかったかも
知れません。


さて、食洗機市場は、2003年度に急成長したものの、
04年、05年と2年連続で前年を下回り普及が停滞気味でしたが、
今年6月に松下電器産業が発売した製品「NP-BM1」

が好調な売れ行き。
発売以来、食洗機ランキングでずっとトップを独走しており、
市場回復の起爆剤になるのではと期待がかかっているそうです。
(日経産業新聞、2006.08.08)


この新製品成功の秘密は、ひとつには
懐に余裕のある中高年層ではなく「若年層」に
ターゲットをシフトしたこと。

つまり、まだ十分に開拓されていない市場であった
年代を狙ったわけです。


もうひとつは、ターゲットとした若年層に対して、

「新・子育て家電」

というキャッチコピーを前面に出して、

「食洗機を使えば、子育てに回せる時間が増える」

という「大義名分」を訴求したことです。


これは、食洗機という製品がもたらしてくれる本質的な
「ベネフィット」をおそらく初めて明確に伝えた事例
じゃないでしょうか。


私がウオッチしてきた限りでは、これまでの食洗機は、

・サイズが小さい
・ごはんのような粘つく汚れが落ちる
・利用水量が少ない
・高温で汚れを落とす
・洗剤ではなく塩で汚れが落とせる

など、機能や性能といったスペック面の特徴を伝えるものが
ほとんどでした。

しかし、

「結局、食洗機を使うことは、私(ユーザー)に
 どんな幸せ(Peace of Mind)をもたらしてくれるの?」

という消費者の根本的な問いに対する答えを伝えていなかった
わけですね。

たまに、

家事が楽になる、食器洗いの時間が浮く

といったベネフィットを訴求した製品もありましたけど、
これは本音としては共感できても、主婦の感じる「後ろめたさ」
とのバッティング、ジレンマが生じていました。

その点、今回の松下の「子育てに効く!」というメッセージは、
「育児」という、誰もが否定できない最強の購買理由・・・
「大義名分」を打ち出した点が実に巧妙ですね。


松下電器産業は、このところ様々な製品カテゴリーで
ヒット商品を連発していますが、本当の意味で、

生産者志向から、消費者志向への発想転換

に成功したのかも知れません。


例えば、エアコン市場でも、松下の新製品

「新・フィルターお掃除ロボットエアコン」

が、ダイキン工業を抜いてトップシェアを獲得しています。

この製品の場合、現時点では他社が追いつけない最新技術
(フィルターが自動で清掃される機能)が最大のウリであり、
面倒なフィルター掃除(どちらかと言えば、これはダンナの
役割じゃないでしょうか)の手間・時間を省く(Time Saving)
という本質的なベネフィットを

「10年、さよなら、お掃除。」

という、やはり消費者のハートにササるコピーで
訴えることに成功しています。


近年のエアコン市場は、愛らしいキャラクターの「ぴちょんくん」
のおかげでダイキン工業のエアコンが独走してきてましたが、
さすがに、いくら可愛くても「ぴちょんくん」がフィルター掃除
をしてくれるわけではありませんし、
本質的なベネフィットを得られる松下の製品には
勝てなかったのでしょうね。

投稿者 松尾 順 : 12:23 | コメント (2) | トラックバック

イノベーションの達人:コラボレーター

今日は、再びイノベーションの達人の本に戻って、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

に紹介されている10の人材のうち、第5番めのキャラクター、
「コラボレーター」を取り上げます。


そうそう、CNET Japanにトム・ケリー氏の最新インタビュー記事
掲載されてます。


トム(面識もないのにファーストネームで呼ぶのはちょっと
失礼かもしれませんが)は、毎年日本に仕事で来ているそうですね。
本では、日本企業の事例もいろいろと取り上げられています。


さて、「コラボレーター」は、土台をつくる人たちの中で、
文字通り、多くの人々をまとめて目的を遂行させます。

あの偉大な発明家、エジソンも優れた実験者であり、かつ
コラボレーターでした。

昔の発明家は、バック・トゥ・ザ・フュチャーに出てくる
「ドク」のような、誰にも相手にされないちょっと変わった人。
1人でアイディアを発想し、ガレージでコツコツ試作品を
作っているイメージがあります。

しかし、エジソンの場合、優秀なエンジニアなどの人材を率いて、
「チーム」として新しい発明に取り組んだことが意外に知られて
いません。

最近は、ますます技術が高度化し、専門分化が進んでいますから、
ちょっとした工夫レベルの発明でもない限り、チームとして
イノベーションが起こせる仕組みが必要です。

チームを取りまとめるコラボレーターの役割は以前にも増して
重要になってきていると言えるんじゃないでしょうか。


トムによれば、コラボレーターが務まる人は、

個人よりもチームを重んじ、個人的な達成よりもプロジェクトの
完逐を第一に目指す奇特な人

だそうです。


コラボレーターは、こんな「無私の心」で様々な人々との
共同作業を遂行する潤滑油のような働きをしてくれますが、
同書では、「顧客」との共同によって新たなアイディアを
生み出す方法として、

「非フォーカスグループ」

というものが紹介されています。


通常のフォーカスグループ(インタビュー)では
一般的な顧客を集めます。

これは検証段階では有益ですが、
画期的なイノベーションのヒントを求めるのなら駄目。

フォーカスグループではありきたりのヒントしか
得られないとIDEO社では考えているようです。


そこで、開発している製品やサービスに
「異様に熱中している人」を集めて意見を聞くのが

「非フォーカスグループ(インタビュー)」

です。要するに、その道の「オタク」と呼ばれる人たちを
招くということでしょう。


「非フォーカスグループ」は、
革新的なデザインのテーマやコンセプトに関するひらめきを
与えてくれるそうです。また、どんなものが人を心から興奮させ、
かりたてるかを表情や身振りで具体的に示してくれます。


「オタク」な人たちは、その熱中している対象に
のめりこんでいます。そのことについてなら何時間でも話せる。
メチャクチャ詳しい。

仕事でいきなりテーマを与えられて、取り組み始めたばかりの
プランナーよりも、彼らの方がはるかに豊富なアイディアを
出してくれそうですよね。


コラボレーターは、こんな人々を見つけ出してくるのも
得意なのです。

あなたの会社・組織にも、コラボレーター役の人いますか?

投稿者 松尾 順 : 09:33 | コメント (0) | トラックバック

インターネット風評の伝達スピード

今さら言うまでもないことですが、
インターネットはとっても便利なコミュニケーションツール。

便利になったおかげで、なんだかとっても忙しくなったように
感じますけど!(⌒o⌒;


でも、インターネットは、「両刃の剣」であるという認識も
お持ちですか?

つまり、ネットは単なる媒体にすぎず、
良い情報も良くない情報も、圧倒的なスピードで広範囲に広がる
ということです。


自社(自分)にとって良い情報が流れれば、
ブランドイメージアップになるし、収益増につながりますね。
これはありがたいこと!

これを仕掛けていくのが、「ネット口コミ」のマーケティング
なわけです。


一方、自社(自分)にとって良くない情報が流れてしまうと
大変ですね。イメージダウンは必至、会社なら倒産の事態
だってありえます。

良くない情報は、自ら流してしまうことが多い。
いわゆる口からポロッと「失言」です。

今、話題になってる、ハリウッド俳優のメルギブソンが、
飲酒運転で捕まったときにこぼしたユダヤ人に対する蔑視発言
なんてそうですね。

元々彼は有名人ですから、ネットがあろうがなかろうが、
あっという間に広がりましたけど、こうした失言はネット上に
記憶され続けますし、メルギブソン氏は、
ネットのために全世界のより多くのユダヤ人の怒りを買うことに
なったのは確かでしょう。


さて、失言より困るのが、出所のはっきりしないウワサです。
他人の口に戸は立てられない・・・

いわゆる「風評」による被害は、ネットによって増幅
される可能性がありますから、企業としては対応策を
明確に決めておく必要がありますよね。


「ネット風評」の場合、その伝達スピードがすざましい。
例えば、2003年のクリスマスイブに発生した佐賀銀行の
取り付け騒ぎがあります。
(PRIR 2006 July、インターネット風評の影響と対策)

「佐賀銀行が潰れるそうです」という、
他愛のない友人間のメールが県内外の多数者に転送されて
大騒ぎ。

この騒ぎを大きくしたのは、年末で混んでいるATMの窓口
を見た人が、

「潰れそうだからみんな急いで引き出している」

と勘違いし、自分も早く預金解約しなきゃと焦ってしまったこと。
これが連鎖反応を呼んだんですね。

この事例の場合、携帯メールの転送によって、うわさの発生から
わずか12時間後には解約者が銀行に殺到したそうです。


このような金融機関の風評被害は以前なんどか発生していますが、
最も大きなものは、1927年の渡辺銀行などのケースです。
いわゆる「金融恐慌」と呼ばれる事件。

これは、取り付け騒ぎが連鎖して半年間で37行が休業、または
閉鎖に追い込まれています。

この事例の場合、うわさの発生から取り付け騒ぎにつながる
まで数週間かかっています。昭和初期の頃ですから、
伝達速度は実にのんびりしたものですね。


また、1973年の豊川信用金庫のケースは、
女子高生を発端として町内にウワサが広がり1支店に
預金解約者が殺到したもの。

当時はまだ、インターネットも携帯もないころですが、
町内のアマチュア無線が伝達速度を速め、数日で騒ぎに
なったそうです。


さてブログやSNSなど、個人メディアが乱立し、
おたがいにつながりあっている2006年の今、
風評のスピードはひょっとするともっともっと早くなって
いますよね。

適切、かつ俊敏な対応が風評を流されてしまった企業には
求められるというわけです。

ちなみに、「インターネット風評の影響と対策」を
寄稿された駒橋恵子(東京経済大学助教授)によれば、
風評発生時の基本対策は次の2点だそうです。


●迅速な完全否定

 うわさがデマの場合、できるだけ早く公式な否定コメントを
 出すこと


●風評を再生産しないこと

 例えば、取り付け騒ぎのケースで言えば、
 銀行に殺到した預金解約者に落ち着いて対応し、
 混雑を緩和する方策を取ることにより「ウワサは本当だった」
 と感じさせない工夫をする

投稿者 松尾 順 : 15:35 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:ハードル選手

今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房


に紹介されている10の人材のうち、第4番めのキャラクター、
「ハードル選手」です。


「ハードル選手」は、土台をつくる人の一人。
彼は、有望なアイディアをつぶしにかかる様々なハードルを
なんとかして乗り越えようとします。並外れた回復力があって、
ノーと言われても決してあきらめません。

ハードル選手は、かならずしも課題を正面から取り組む必要は
なく、障害をうまく回避すればよいと考えています。
しかし、状況を見極めた上でリスクを取り、しばしば規則を
破ってでもアイディアを推進することをいといません。


本書では、「ポストイット」をはじめとする独創的な製品で
知られるスリーエム社の事例などが紹介されています。

例えば、スリーエム社のマスキングテープ
(塗装作業で色を塗り分ける時などに貼る粘着テープ)
の開発を担当した同社のハードル選手は、リチャード・ドルー。

彼は、自動車車体工場に行った時、
自動車の塗装に失敗した工員が悪態をついているのをみて、
粘着テープを開発することに決めます。

しかし、当時のスリーエム社は経営不振に苦しむ紙やすり
のメーカーで、テープの製造経験はありませんでした。

ただ、リチャードは、同社の技術でテープが開発できる
可能性があることに気づいており、勝手に実験を始めます。

やがて社長に実験のことがばれると、
元の紙やすりの仕事に戻るように言われますが、
戻ったのは1日だけ。

またすぐに、テープの開発のための実験を再開しました。
(今度は、なぜだか社長は見て見ぬふりをします)

次に、リチャードは、
テープを作るための製紙機械の購入を会社に申請します。
しかし、これも却下されました。

でも、やはりリチャードはあきらめません。
研究員として与えられていた100ドルの購入権限を利用して
99ドルの申請書を何枚も書いて、こっそり機械を購入して
しまうのです。(不正行為ですよね・・・)


しかし1925年、リチャードは世界初のマスキング・テープ
の製造に成功を収めます。
最初の顧客はデトロイトの自動車メーカーでした。

スリーエム社は、研究時間の一定時間を自分の好きな研究に
使っていいという制度や、秘密裡に勝手に行う研究、
「スカンクワーク」に寛容なカルチャーを持っていますが、
その原点はこのマスキング・テープにあるんでしょうね。


とかく、企業は革新的なアイディアに対しては、
拒否反応を示しやすいし、リスクを恐れて十分な時間やお金、
人を配してはくれないものです。

そんな時、ハードル選手は、それこそどんな手を使ってでも
アイディアを進める、ある意味偏屈なまでの強い粘りを
発揮するんですよね。

日本で言えば、ノーベル賞級の発明といわれた「青色ダイオード」
の開発者、中村修二氏もまた、代表的な「ハードル選手」と言える
でしょう。

投稿者 松尾 順 : 09:35 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:花粉の運び手

今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

に紹介されている10の人材のうち、第3番めのキャラクター、
「花粉の運び手」です。


「花粉の運び手」は、特に関連もなさそうな複数のアイディアや
コンセプトを並列させることによって、新たに優れたものを
生み出す能力を持っています。

人類学者が観察を通じてアイディアのネタを発見するのが得意
なのに対し、花粉の運び手は、情報の組み合わせやメタファーを
駆使するのが得意なようです。

例えば、花粉の運び手の功績のひとつとして本書で紹介されている
ものに、ピアノの鍵盤のアイディアを拝借して、
初期の手動のタイプライターを開発した事例があります。

ピアニストが鍵盤を指でたたくイメージから、
文字通り、タイプライターから今のPCに至る「キーボード」
の原型が生まれたんですね。
これは、「メタファー(比喩・置き換え」の力」と言えます。

こうして、ある物事をまったく別のところに持ち込むことで
斬新なアイディアを生み出すさまをトムは「他家受粉」と呼び、
それを実行するのが「花粉の運び手」というわけです。


花粉の運び手は、強い好奇心と柔軟な頭脳の持ち主です。

本や雑誌やネット上の記事をむさぼり読んで、
自分やチームが巷の話題に乗り遅れないようにしますし、
多方面に関心があって多彩な経験をするので、
ひとつの経営課題からアイディアを拝借して
思いもよらぬ別の状況に生かすのがうまいのです。


では、組織の中で「花粉の運び手」を育てるためには
どうしたらいいのでしょうか。

トムは、IDEO社が持つ他家受粉のレシピにある7つの
「隠し味」を紹介してくれています。

1.発表会をしよう。
2.さまざまな背景をもった人をたくさん雇おう。
3.議論が巻き起こるような空間をつくろう。
4.さまざまな地域のさまざまな文化を取り入れよう。
5.週に一度の「ノウハウ」講演会を主催しよう。
6.客人から学ぼう。
7.多様なプロジェクトを進めよう。

要するに、さまざまな異なる文化的背景や価値観を持つ人々を
歓迎し、彼らが自由に議論できる環境をつくりだすということ
のようです。

まさに、

「ダイバーシティ・マネジメント」(多様性の管理)

のことですね。


そして、トムによれば、
よりよい「花粉の運び手」になる最も効果的な方法は、

「さまざまな場所に足繁く通うこと」

だと述べています。

「花粉の運び手」には、
好奇心だけでなく行動力も必要のようですね。

投稿者 松尾 順 : 11:13 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:実験者

今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

に紹介されている10の人材のうち、第2番めのキャラクター、
「実験者」です。


「実験者」は、人類学者が提示したアイディアのネタを
具体的なものにする役割を果たします。

ざっとスケッチを描いたり、発砲パネルをテープでつぎはぎ
したり、急ごしらえのビデオを制作したりして、
新しいサービスのコンセプトに「性格」と「形状」を与えます。


実験者は、さまざまなアイディアやアプローチを試すのが
大好きな人。

大発明家のエジソンが典型的です。
エジソンのこんな言葉が本書では引用されています。

“私は失敗したことがない。一万通りのうまくいかない方法を
 発見しただけだ”


最近の発明家で大成功した人と言えば、
サイクロン式の掃除機を開発したイギリスのジェーズ・ダイソン氏
が思い浮かびますね。

ダイソン氏は、掃除機の最終的なデザインを決めるまでに、
5127種類のプロトタイプ(原型)をつくって失敗したそうです。


さて、どんなにすばらしいアイディアを思いついても、
言葉だけでは、実際の形のイメージや面白さ、効用を伝える
のは難しいものですよね。

実験者にとって重要なのは、アイディアをできるだけ早く
目に見える具体的なものにすることです。

ここで、会社・組織としては、まだ不完全で未熟なプロトタイプ
を作り、提案することを許容する文化が求められます。

最初から高い基準を持ち、完成度の高いものを求めてしまうと、
みすぼらしい形だからという理由で、すばらしいアイディアが
却下されてしまうからです。

トムは、コンサル先の会社のエグゼクティブに対して、
少しばかり「目を細めてみる」こと-
つまり、表面上の細かい部分は無視して、アイディアの全体像
だけを見ることを推奨しているそうです。


ところで、実験者は、モノづくりの部分だけでなく、
広告の仕方、売り方などにおいても、既存のルールを破って
新たな方法を試すことに果敢に挑戦します。

広告の仕方について言えば、
BMWのショートフィルムの事例が、本書で紹介されています。

BMWのブランディングのために、
今まではテレビコマーシャルを活用していたのを一切止め、
8分間のドラマ「ザ・ハイヤー」を制作して、
同社のWebサイトだけで公開しました。

この従来のルール破りのマーケティングは大きな話題を呼び、
多くの消費者をBMWのサイトに呼び込んだだけでなく、
2年連続で売上げを更新する具体成果につながりました。

あれ以来、日本でもブランディング用のショートフィルム
制作が盛んになってますよね。


トムは、実験は次の大躍進に向かうための最良の方法の
ひとつであり、だから、

いつまでもスタートラインに立ったまま、
レースの行方をあれこれ思案しているのはやめよう。
とにかく動き出して、いろいろなことを試してみればいい。
そのうちに、ひょっとしたら勝つための新しい手段が
見つかるかもしれないのだから、

と私たちに提案しています。

投稿者 松尾 順 : 10:15 | コメント (0) | トラックバック

イノベーションの達人:人類学者

今日は、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

に紹介されている10の人材のうち、第一番めのキャラクター、
「人類学者」を紹介します。


「人類学者」と呼ばれる人、言い換えると、
「人類学者」の役割を担える人は、

「問題を新しい枠組みでとらえること」

に非常に長けています。

同書では、マルセル・プルーストのこんな言葉を引用しています。

“発見という行為の真の意味は、新しい土地を見つけることに
 あるのではなく、新しい目でモノを見ることにある”


優れた発想・アイディアは、従来とは異なる視点や、
既存の情報の新しい「組み合わせ」から生まれるという主張は、
最近は多くの人が知るところになってきたかと思います。

「人類学者」は、優れた発想・アイディアを生み出すネタ元
であって、イノベーションの中で最も重要な役割と言えるかも
しれません。


さて、トムは、人類学者の特徴として次の6つを挙げます。

1.人類学者は禅の法則「初心」を実践している
2.人類学者は人間の行動を新鮮な驚きをもって受け入れる
3.人類学者は自分の直感に耳を傾けることによって推論を
  導き出す
4.人類学者は、「ヴィジャデ」を通じてひらめきを求める
5.人類学者はつねに「バグ・リスト」やアイディアの財布を
  身につけている
6.人類学者は手がかりを求めてゴミ箱さえもあさる。


詳細は本書を読んでいただくとして、いくつか補足説明が
必要ですね。


4.の「ヴィジャデ」とは「デジャブ」のサカサマ語。

「デジャブ」とは「既視感」と訳されますが、
初めてきた場所なのに、どうも以前来たり、見た覚えがして
しょうがないそんな感覚を言います。
(ありますよね、そんな気持ちになったこと)

「ビィジャデ」はその反対ですから、前に何度も見ている
ものをいま初めて見ているような感覚のことです。


5.の「バグ・リスト」とは、世の中にある不満なこと、
不便なことなどのことです。

一方、アイディアの財布には、革新的なコンセプト、
そのコンセプトを実現するために解決すべき問題点が
含まれています。

人類学者はこうした「気づき」をしばしば
たんねんにメモしているのです。


さて、上記に示した人類学者の6つの特徴を眺めると
ほぼ同じようなことを言い方を変えて言っているだけ
のようです。

人類学者は、端的には「子供のような素直な観察眼と、
あくなき好奇心を持っている人」と言えるでしょうね。


では、単に現在を観察するだけでなく、そこから未来を
見通すためには、誰を観察の対象とすべきかわかりますか?


それは、

「若者」(特に10代)

です。

既存の枠にとらわれず、というか、古いものを
ガンガン壊して、新たな文化を生み出すのは常に若者。

これからの時代の空気を最も敏感に感じているのは若者であり、
新作映画のネタ出しや、仕上がりの良し悪しを確認するために
自社の若手のスタッフに聞く、

と言うのは、スタジオジブリの宮崎敏夫プロデューサーでした。

トムもまた、

「子供は次に何が起こるかを予測するてがかりを
 教えてくれる

と考えているのです。

投稿者 松尾 順 : 11:22 | コメント (0) | トラックバック