『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10..." /> イノベーションの達人(書評総合版)

イノベーションの達人(書評総合版)

これまで11回に分けて、

『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』
トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著、早川書房

の書評を書いてきました。
ここですべてをまとめて再編集した「書評総合版」を掲載します。
(長いですよ)

さて、同書の著者であるトム・ケリー(以下、トム)は、
世界最高のデザインファームと賞賛される‘IDEO’社の
ゼネラル・マネージャーです。


この本は、一言でいうと、

イノベーションあふれる会社(組織)に必要な

10の人材(キャラクター)

について解説したものです。

原題は、

‘THE TEN FACES OF INNOVATION’

ですから、文字通りタイトルが内容を体現しています。


経済、社会、技術が複雑、高度化した現在、
イノベーションは、とても一人だけでは成し遂げることは
できませんよね。

様々な異なる強みをもった人材が力を合わせてこそ、
イノベーションは実現できる、トムはそう考えています。


ところで「イノベーション」とは何でしょうね。

改革?革新?

気軽に使われる言葉ですが、
本質をうまく説明するのは、なかなか難しいものです。

本書では、イノベーションとは、

「新しいアイディアを発想し、実験し、鼓舞し、確立していくこと」

です。

重要な点は、ただ発想するだけでなく「実践」すること。

どんなにすばらしいアイディアが生まれたとしても、
それを育み、具現化しなければなんの意味もない。

イノベーションというと、発想力のある「アイディアマン」
の存在が不可欠だよなあ、とあなたも考えるんじゃないかと
思いますが、しばしばアイディアマンには実現するための
執念や実行力が欠けています。(笑)

そこで、人材が集まったチームとしてイノベーションに
取り組むことが必要になってくるわけです。


では、イノベーションを通じて新たな価値を生み出す10の人材
(キャラクター)とは?

トムは、10の人材を大きく次の3つのカテゴリーに
分けています。

●情報収集をするキャラクター
●土台をつくるキャラクター
●実現するキャラクター


彼らのそれぞれの役割について簡単に説明しましょう。

●情報収集をするキャラクター

彼らの役割は、文字通りイノベーションの元ネタを
「情報収集」すること。

現状に決して満足せず、
チームの目が内側に向きすぎないように、また、
自分の「知識」におぼれすぎていないかどうかを
組織に思い出させます。


●土台をつくるキャラクター

生まれたアイディアを育てるための土台を作る役割です。
大きな価値を生み出すアイディアも最初は海のものとも
山のものともわからないもの。

しばしば組織論理につぶされてしまうことがあります。
彼らは、手練手管を尽くして、アイディアの実現に
向かって人々を巻き込んでいく手腕を発揮するのです。


●実現するキャラクター

彼らは、情報収集をする役割から得られた発見を適用し、
土台をつくる役割から委託された権限を利用して、
イノベーションを実現します。


そして、この3つのカテゴリーそれぞれに入る10の人材
(キャラクター)は次の通りです。


●情報収集をするキャラクター
1 人類学者:観察する人
2 実験者:プロトタイプを作成し改善点を見つける人
3 花粉の運び手:異なる分野の要素を導入する人

●土台をつくるキャラクター
4 ハードル選手:障害物を乗り越える人
5 コラボレーター:横断的な解決策を生み出す人
6 監督:人材を集め、調整する人

●実現するキャラクター
7 経験デザイナー:説得力のある顧客体験を提供する人
8 舞台装置家:最高の環境を整える人
9 介護人:理想的なサービスを提供する人
10 語り部:ブランドを培う人

では、以下、10人の達人を順番にご紹介していきます。


1.人類学者

「人類学者」と呼ばれる人、言い換えると、
「人類学者」の役割を担える人は、

「問題を新しい枠組みでとらえること」

に非常に長けています。

同書では、マルセル・プルーストのこんな言葉を引用しています。

“発見という行為の真の意味は、新しい土地を見つけることに
 あるのではなく、新しい目でモノを見ることにある”


優れた発想・アイディアは、従来とは異なる視点や、
既存の情報の新しい「組み合わせ」から生まれるという主張は、
最近は多くの人が知るところになってきたかと思います。

「人類学者」は、優れた発想・アイディアを生み出すネタ元
であって、イノベーションの中で最も重要な役割と言えるかも
しれません。


さて、トムは、人類学者の特徴として次の6つを挙げます。

1.人類学者は禅の法則「初心」を実践している
2.人類学者は人間の行動を新鮮な驚きをもって受け入れる
3.人類学者は自分の直感に耳を傾けることによって推論を
  導き出す
4.人類学者は、「ヴィジャデ」を通じてひらめきを求める
5.人類学者はつねに「バグ・リスト」やアイディアの財布を
  身につけている
6.人類学者は手がかりを求めてゴミ箱さえもあさる。


詳細は本書を読んでいただくとして、いくつか補足説明が
必要ですね。


4.の「ヴィジャデ」とは「デジャブ」のサカサマ語。

「デジャブ」とは「既視感」と訳されますが、
初めてきた場所なのに、どうも以前来たり、見た覚えがして
しょうがないそんな感覚を言います。
(ありますよね、そんな気持ちになったこと)

「ビィジャデ」はその反対ですから、前に何度も見ている
ものをいま初めて見ているような感覚のことです。


5.の「バグ・リスト」とは、世の中にある不満なこと、
不便なことなどのことです。

一方、アイディアの財布には、革新的なコンセプト、
そのコンセプトを実現するために解決すべき問題点が
含まれています。

人類学者はこうした「気づき」をしばしば
たんねんにメモしているのです。


さて、上記に示した人類学者の6つの特徴を眺めると
ほぼ同じようなことを言い方を変えて言っているだけ
のようです。

人類学者は、端的には「子供のような素直な観察眼と、
あくなき好奇心を持っている人」と言えるでしょうね。


では、単に現在を観察するだけでなく、そこから未来を
見通すためには、誰を観察の対象とすべきかわかりますか?


それは、

「若者」(特に10代)

です。

既存の枠にとらわれず、というか、古いものを
ガンガン壊して、新たな文化を生み出すのは常に若者。

これからの時代の空気を最も敏感に感じているのは若者であり、
新作映画のネタ出しや、仕上がりの良し悪しを確認するために
自社の若手のスタッフに聞く、

と言うのは、スタジオジブリの宮崎敏夫プロデューサーでした。

トムもまた、

「子供は次に何が起こるかを予測するてがかりを
 教えてくれる

と考えているのです。


2.実験者

「実験者」は、人類学者が提示したアイディアのネタを
具体的なものにする役割を果たします。

ざっとスケッチを描いたり、発砲パネルをテープでつぎはぎ
したり、急ごしらえのビデオを制作したりして、
新しいサービスのコンセプトに「性格」と「形状」を与えます。


実験者は、さまざまなアイディアやアプローチを試すのが
大好きな人。

大発明家のエジソンが典型的です。
エジソンのこんな言葉が本書では引用されています。

“私は失敗したことがない。一万通りのうまくいかない方法を
 発見しただけだ”


最近の発明家で大成功した人と言えば、
サイクロン式の掃除機を開発したイギリスのジェーズ・ダイソン氏
が思い浮かびますね。

ダイソン氏は、掃除機の最終的なデザインを決めるまでに、
5127種類のプロトタイプ(原型)をつくって失敗したそうです。


さて、どんなにすばらしいアイディアを思いついても、
言葉だけでは、実際の形のイメージや面白さ、効用を伝える
のは難しいものですよね。

実験者にとって重要なのは、アイディアをできるだけ早く
目に見える具体的なものにすることです。

ここで、会社・組織としては、まだ不完全で未熟なプロトタイプ
を作り、提案することを許容する文化が求められます。

最初から高い基準を持ち、完成度の高いものを求めてしまうと、
みすぼらしい形だからという理由で、すばらしいアイディアが
却下されてしまうからです。

トムは、コンサル先の会社のエグゼクティブに対して、
少しばかり「目を細めてみる」こと-
つまり、表面上の細かい部分は無視して、アイディアの全体像
だけを見ることを推奨しているそうです。


ところで、実験者は、モノづくりの部分だけでなく、
広告の仕方、売り方などにおいても、既存のルールを破って
新たな方法を試すことに果敢に挑戦します。

広告の仕方について言えば、
BMWのショートフィルムの事例が、本書で紹介されています。

BMWのブランディングのために、
今まではテレビコマーシャルを活用していたのを一切止め、
8分間のドラマ「ザ・ハイヤー」を制作して、
同社のWebサイトだけで公開しました。

この従来のルール破りのマーケティングは大きな話題を呼び、
多くの消費者をBMWのサイトに呼び込んだだけでなく、
2年連続で売上げを更新する具体成果につながりました。

あれ以来、日本でもブランディング用のショートフィルム
制作が盛んになってますよね。


トムは、実験は次の大躍進に向かうための最良の方法の
ひとつであり、だから、

いつまでもスタートラインに立ったまま、
レースの行方をあれこれ思案しているのはやめよう。
とにかく動き出して、いろいろなことを試してみればいい。
そのうちに、ひょっとしたら勝つための新しい手段が
見つかるかもしれないのだから、

と私たちに提案しています。


3.花粉の運び手

「花粉の運び手」は、特に関連もなさそうな複数のアイディアや
コンセプトを並列させることによって、新たに優れたものを
生み出す能力を持っています。

人類学者が観察を通じてアイディアのネタを発見するのが得意
なのに対し、花粉の運び手は、情報の組み合わせやメタファーを
駆使するのが得意なようです。

例えば、花粉の運び手の功績のひとつとして本書で紹介されている
ものに、ピアノの鍵盤のアイディアを拝借して、
初期の手動のタイプライターを開発した事例があります。

ピアニストが鍵盤を指でたたくイメージから、
文字通り、タイプライターから今のPCに至る「キーボード」
の原型が生まれたんですね。
これは、「メタファー(比喩・置き換え」の力」と言えます。

こうして、ある物事をまったく別のところに持ち込むことで
斬新なアイディアを生み出すさまをトムは「他家受粉」と呼び、
それを実行するのが「花粉の運び手」というわけです。


花粉の運び手は、強い好奇心と柔軟な頭脳の持ち主です。

本や雑誌やネット上の記事をむさぼり読んで、
自分やチームが巷の話題に乗り遅れないようにしますし、
多方面に関心があって多彩な経験をするので、
ひとつの経営課題からアイディアを拝借して
思いもよらぬ別の状況に生かすのがうまいのです。


では、組織の中で「花粉の運び手」を育てるためには
どうしたらいいのでしょうか。

トムは、IDEO社が持つ他家受粉のレシピにある7つの
「隠し味」を紹介してくれています。

1.発表会をしよう。
2.さまざまな背景をもった人をたくさん雇おう。
3.議論が巻き起こるような空間をつくろう。
4.さまざまな地域のさまざまな文化を取り入れよう。
5.週に一度の「ノウハウ」講演会を主催しよう。
6.客人から学ぼう。
7.多様なプロジェクトを進めよう。

要するに、さまざまな異なる文化的背景や価値観を持つ人々を
歓迎し、彼らが自由に議論できる環境をつくりだすということ
のようです。

まさに、

「ダイバーシティ・マネジメント」(多様性の管理)

のことですね。


そして、トムによれば、
よりよい「花粉の運び手」になる最も効果的な方法は、

「さまざまな場所に足繁く通うこと」

だと述べています。

「花粉の運び手」には、
好奇心だけでなく行動力も必要のようですね。


4.ハードル選手

「ハードル選手」は、土台をつくる人の一人。
彼は、有望なアイディアをつぶしにかかる様々なハードルを
なんとかして乗り越えようとします。並外れた回復力があって、
ノーと言われても決してあきらめません。

ハードル選手は、かならずしも課題を正面から取り組む必要は
なく、障害をうまく回避すればよいと考えています。
しかし、状況を見極めた上でリスクを取り、しばしば規則を
破ってでもアイディアを推進することをいといません。


本書では、「ポストイット」をはじめとする独創的な製品で
知られるスリーエム社の事例などが紹介されています。

例えば、スリーエム社のマスキングテープ
(塗装作業で色を塗り分ける時などに貼る粘着テープ)
の開発を担当した同社のハードル選手は、リチャード・ドルー。

彼は、自動車車体工場に行った時、
自動車の塗装に失敗した工員が悪態をついているのをみて、
粘着テープを開発することに決めます。

しかし、当時のスリーエム社は経営不振に苦しむ紙やすり
のメーカーで、テープの製造経験はありませんでした。

ただ、リチャードは、同社の技術でテープが開発できる
可能性があることに気づいており、勝手に実験を始めます。

やがて社長に実験のことがばれると、
元の紙やすりの仕事に戻るように言われますが、
戻ったのは1日だけ。

またすぐに、テープの開発のための実験を再開しました。
(今度は、なぜだか社長は見て見ぬふりをします)

次に、リチャードは、
テープを作るための製紙機械の購入を会社に申請します。
しかし、これも却下されました。

でも、やはりリチャードはあきらめません。
研究員として与えられていた100ドルの購入権限を利用して
99ドルの申請書を何枚も書いて、こっそり機械を購入して
しまうのです。(不正行為ですよね・・・)


しかし1925年、リチャードは世界初のマスキング・テープ
の製造に成功を収めます。
最初の顧客はデトロイトの自動車メーカーでした。

スリーエム社は、研究時間の一定時間を自分の好きな研究に
使っていいという制度や、秘密裡に勝手に行う研究、
「スカンクワーク」に寛容なカルチャーを持っていますが、
その原点はこのマスキング・テープにあるんでしょうね。


とかく、企業は革新的なアイディアに対しては、
拒否反応を示しやすいし、リスクを恐れて十分な時間やお金、
人を配してはくれないものです。

そんな時、ハードル選手は、それこそどんな手を使ってでも
アイディアを進める、ある意味偏屈なまでの強い粘りを
発揮するんですよね。

日本で言えば、ノーベル賞級の発明といわれた「青色ダイオード」
の開発者、中村修二氏もまた、代表的な「ハードル選手」と言える
でしょう。


5.コラボレーター

そうそう、CNET Japanにトム・ケリー氏の最新インタビュー記事が
掲載されてます。


トム(面識もないのにファーストネームで呼ぶのはちょっと
失礼かもしれませんが)は、毎年日本に仕事で来ているそうですね。
本では、日本企業の事例もいろいろと取り上げられています。


さて、「コラボレーター」は、土台をつくる人たちの中で、
文字通り、多くの人々をまとめて目的を遂行させます。

あの偉大な発明家、エジソンも優れた実験者であり、かつ
コラボレーターでした。

昔の発明家は、バック・トゥ・ザ・フュチャーに出てくる
「ドク」のような、誰にも相手にされないちょっと変わった人。
1人でアイディアを発想し、ガレージでコツコツ試作品を
作っているイメージがあります。

しかし、エジソンの場合、優秀なエンジニアなどの人材を率いて、
「チーム」として新しい発明に取り組んだことが意外に知られて
いません。

最近は、ますます技術が高度化し、専門分化が進んでいますから、
ちょっとした工夫レベルの発明でもない限り、チームとして
イノベーションが起こせる仕組みが必要です。

チームを取りまとめるコラボレーターの役割は以前にも増して
重要になってきていると言えるんじゃないでしょうか。


トムによれば、コラボレーターが務まる人は、

個人よりもチームを重んじ、個人的な達成よりもプロジェクトの
完逐を第一に目指す奇特な人

だそうです。


コラボレーターは、こんな「無私の心」で様々な人々との
共同作業を遂行する潤滑油のような働きをしてくれますが、
同書では、「顧客」との共同によって新たなアイディアを
生み出す方法として、

「非フォーカスグループ」

というものが紹介されています。


通常のフォーカスグループ(インタビュー)では
一般的な顧客を集めます。

これは検証段階では有益ですが、
画期的なイノベーションのヒントを求めるのなら駄目。

フォーカスグループではありきたりのヒントしか
得られないとIDEO社では考えているようです。


そこで、開発している製品やサービスに
「異様に熱中している人」を集めて意見を聞くのが

「非フォーカスグループ(インタビュー)」

です。要するに、その道の「オタク」と呼ばれる人たちを
招くということでしょう。


「非フォーカスグループ」は、
革新的なデザインのテーマやコンセプトに関するひらめきを
与えてくれるそうです。また、どんなものが人を心から興奮させ、
かりたてるかを表情や身振りで具体的に示してくれます。


「オタク」な人たちは、その熱中している対象に
のめりこんでいます。そのことについてなら何時間でも話せる。
メチャクチャ詳しい。

仕事でいきなりテーマを与えられて、取り組み始めたばかりの
プランナーよりも、彼らの方がはるかに豊富なアイディアを
出してくれそうですよね。


コラボレーターは、こんな人々を見つけ出してくるのも
得意なのです。

あなたの会社・組織にも、コラボレーター役の人いますか?


6.監督

本書の「監督」の章の冒頭に引用されている、
スティーブン・スピルバーグ監督の言葉が印象的です。

「私は夢で生計を立てている」

こんな人生送れたら最高ですね。うらやましい限りですね。(^_^)


さて、「監督」とは、

製作過程の計画を立て、ステージを構成し、俳優から最高の
演技を引き出し、プロジェクトや会社の趣旨を明確にし、
全体の調和をとって仕事を完成に導く人

です。

ただ、トムの考える監督は、決して「トップダウン型」の
リーダーではないですね。

むしろ、偉大な監督は、縁の下の力持ちを進んで引き受け、
舞台の中央を他人に委譲し、各メンバーがほとんど指導を
必要とせず、自ら実例を示して率先して行動するチームを
作り上げます。

公式の権限が仮になかったとしても、メンバーの士気を
高めることができる人心掌握術の持ち主と言えるでしょう。


ハリウッドには、

「監督の仕事の90%は配役だ」

という格言があるそうですが、企業組織でも同じですね。


監督は、プロジェクトに適したメンバーを見つけ、
巻き込み、各メンバーの才能や個性に応じた適切な
配置を行って、チームの調和を図ることができなければ
なりません。

これ、人が相手ですから、たぶん他のどんなキャラクターと
比較しても一番難しくて面倒な仕事です。

立場上、監督が一番偉いのは当然かもしれません。


ところで、同書の監督の章にはとてもうれしいことが
書いてあります。

それは「昼寝のすすめ」


IDEO社の経験によれば、ブレーンストーミングは朝が
一番盛り上がるそうです。

つまり、頭が冴えてアイディアが出やすい。
朝は、エネルギーと創造性がピークに達している刻限
なのです。

そこで、日中に適度な仮眠を取るようにすれば、
一日に2度、エネルギーと創造性のピークに達すること
ができるというわけです。


また、ハーバード大学のある調査によると、
昼間の仮眠は「情報過多」を緩和するのだそうです。
昼寝は脳がさまざまな仕事を学習する能力を高め、
記憶を強固にするらしいのです。


実は、私は会社勤めをしていた頃から、
日中、デスクに座ったまま、うつらうつら、
いや「仮眠」をしていました。

人にわからぬようにこっそり寝ていたつもりですが、
当時の同僚たちは皆気づいていたようです・・・(⌒o⌒;


5年前に独立して、
自分の事務所でデスクワークするようになってからも、
しょっちゅう眠くなってしまいます。
(しかし、幸いにも一人でやってるので、私の居眠りを
 見咎める人はいません)

それで、我慢できずについついソファーに横に
なってしまうのですが、いつも、

「自分はなんてぐうたらなんだ」

と目覚めるたびに自己嫌悪に陥っていたものです。


しかし、この本を読んだ今となっては、
ためらいなく仮眠することができるので、
とても喜んでいるわけです。


なんたって、トムは、偏見や先入観を捨てさえすれば、

「昼寝は、野心的で創造的な人間の強力なツール」

とまで言い切ってるんですから。(笑)


7.経験デザイナー

「経験デザイナー」はイノベーションを実現する人々の一人。
すばらしい「顧客経験」を創造しようと、
ひたむきに努力する人です。


冒頭に、トム・ピーターズのこんな言葉が引用されています。


零細企業であろうと、巨大企業であろうと、ほとんどの会社に
とっての「付加価値」は、提供される良質の経験によって生じる


今の客にとって、製品とは、

形のある製品+形のないサービス

です。(単純化してますが)


つまり、実際に手にする製品本体だけでなく、
購入する場所の雰囲気や、そこでの店員とのやりとり、
購入後の定期点検などのアフターサービスなど、
製品に付随するサービスすべてをひっくるめて
ある会社の「製品」であり「ブランド」なのです。

この両者を合せた製品は、通常の製品本体と区別して、
「ホールプロダクト(全体的製品)」と呼びますね。

ですから、どんなに製品そのものが優れていても、
アフターサービスが良くなければ、
その製品・ブランドの評価は下がります。

そして、今さら言わなくてもおわかりだと思いますが、
「製品本体」での差別化が困難な今、付加価値的な
サービスの部分で差別化を図るしかありません。


「顧客経験」を設計する「経験デザイナー」の役割の
重要性がわかりますよね。

本書で紹介されている例で最も面白いのは、
米国のアイスクリーム店、

「コールドストーンクリマリー」
です。

日本には昨年、アジア第1号店として六本木ヒルズに出店。
人気店となって、現在は国内5店舗まで増えています。


さて、コールドストーンでは、
従来のアイスクリーム店とは全く異なる体験があります。

食べたいアイスクリームとトッピングの種類を選ぶと、
店員は、それを冷やした御影石(まさにコールドストーン!)
の上で2本のヘラを使って混ぜ合わせます。

しかも、店員は歌をうたいながらリズムに乗って!


これはまさに「パフォーマンス」。
自分のためのアイスクリームが出来上がるプロセスを
見るのは実に楽しいわけです。

しかも、混ぜ合わせることで、既存のアイスクリーム店の
固い食感のものと違って、柔らかくクリーミィな味に
なっています。

コールドストーンの成功をみると、
飽和状態かと思われたアイスクリーム店市場にも、
アイディア次第でまだまだ参入余地があったということが、
わかりますね。


コールドストーンのコンセプトは、

「アイスクリームの革新と経験」

だそうですが、アイスクリーム本体よりも、
「すばらしい顧客経験」を売り物にすることにしたのは
「経験デザイナー」の貢献でしょう。


8.舞台装置家

「舞台装置家」は、大道具係のことですね。
社員の創造性を刺激し、イノベーションを生み出すことのできる
最高の職場環境を整えることが役回りです。

イノベーションとは、多くの場合、既存の固定観念やルールを
打ち破ることから生まれますよね。もし、職場が細かい制限
だらけで味気ないものだとしたら、イノベーションは自分の
居場所がなくなって出てこなくなるでしょう。


また、舞台装置家は、
すばらしい顧客の体験を演出するための物理的環境の設計に
おいても活躍します。

特に小売・サービス業で重要ですが、店舗・施設の空間デザインは
顧客の満足度、そして収益に大きな影響を与えます。

同書によると、ラスベガスのカジノでは、1950年代から
空間の改良による見返りを測定してきています。

例えば、ホテルの客をエレベーターまでまっすぐ歩かせずに
スロット・マシンの並んだジグザグの通路を歩かせると、
「あがり」(売上)は明らかに0.7%上昇するのだそうです。


また、同書では、トムが率いるIDEO社が関わった
有名病院の建物の設計にまつわる話も紹介されています。

この病院には、優れた心臓外科の先生たちがいました。
毎日、患者の生命を救い、同僚や地域社会から尊敬されている
特別な人たちです。

彼らは、病院に、正面玄関とは別に心臓病患者専用の玄関を
設置することを希望しました。「権威」のある心臓外科医が
治療をほどこす「神殿」にふさわしい特別の入り口を
欲しがったわけです。


IDEO社のスタッフは、果たして玄関が2つ必要かどうか、
疑問を持ちました。

そこで、外科医、患者の意見を聞き、また正面玄関とロビー、
病室の観察を行った後、病院のデザインづくりに先生方を
巻き込んで、次のような質問を投げかけたのです。

“心臓切開手術を受けに来るときの気持ちはどんなものでしょう?
 どう控えめにみても不安でしょう?そこで別の玄関から
 入らなければならないと知れば、不安は軽減されますか?”

“手術が必要なほど深刻な病気の人が足を踏み入れる専用玄関
 ですか?それは、人の心理にどんな影響を与えるでしょう?”


結局、心臓外科医たちは、自分たちのエゴの反映である
別の玄関を作るというアイディアを捨てました。
そして、患者の気持ちも考え、専用玄関の代わりに、
2階につながる立派なエスカレーターを設置しました。

この立派なエスカレーターは、心臓病患者に対して
歩かなくて良いというメリットを提供すると同時に、
心臓外科医の専門的技能を称える存在として機能しています。
かといって、専門玄関ほど美化しておらず、患者をことさらに
不安に陥れることはありませんでした。


考えてみれば、会社では、ビルの最上階に立派な個室を持ち、
室内に高級な調度品を誂え、自分の権威を誇示したがる経営者が
いますが、こうして敷居を高くしてしまうと、現場の情報が
ほとんど入ってこなくなります。

経営者にとっては、
外界から断絶された空間で実に心地よい時間を過ごせるのかも
知れませんが、イノベーションを生む空間では決してありませんし、
そんな会社では、おそらく衰退が静かに進行し始めているに
違いありませんよね・・・


9.介護人

日本語で「介護人」と聞くと、
介護福祉士を連想してしまいますね。

元の英語は、‘Care Giver’です。
気配りのできる人、世話好きな人という理解のほうが
わかりやすいかなと思います。

もちろん、介護士や、医師、看護師といった職業は、
最も純粋な形での‘Care Giver’と呼べますが。


さて、医療福祉業界に限らず、
あらゆる分野で私たちは皆、優れた介護人を求めていますよね。

例えば、レストランのウエイター・ウエイトレス、
ホテルのコンシエールジュ、あるいは担当の美容師。

私たちが接するこうした人たちが優秀かどうかで、
その店やホテル、企業に対する評価がまったく違ってきます。


優秀な介護人は、あなたがそこで「唯一の顧客」だと
感じさせてくれます。

介護人は人の気持ちを思いやります。お互いの関係を
深めようとします。

介護人は、労を惜しまずに個々の顧客を理解しようと
努めます。

なぜなら、それぞれの個人的な関心や要望に合わせるのが
最良のケアだからです。


要するに、介護人は、
顧客との永続的な関係維持を重視する
CRM(Customer Relationship Management)戦略、
あるいはワン・ツー・ワンマーケティングを現場で
実践する人たちと言えるのでしょう。


そして、おそらく、どんなにロボットが進化しても、
人と人との心の絆を生み出すことのできる「介護人」
の替わりはできないと思います。

また、日本人は特に好きですが、なんでもかんでも
自動化(=省人化)してしまうのは間違っています。


トムは本書の中で次のように述べています。

「自動化がどれほど進んだとしても、人間による操作や
人間同士の交流を維持しておくことには大切な価値が
ある。」

「自動化された新しいサービスを利用する人にも、
実体のある文字通りの触れあいをさせるようにするべきだ。」


また、IDEO社ロンドン・オフィスの
インタラクション・デザイナー、マット・ハンターは、

「サービス機械にやってほしくないことを見極めるのは
 最も重要なことかもしれない」

「ハイテクの世界では、テクノロジーの驚異を利用して改良した
 伝統的な個人対個人のカスタマーサービスを届けるのが
 最善のサービスになることがある」

と言っているのです。


すでに繰り返し書いてきたことですが、
ハード(見える次元:製品の機能・性能)での差別化が
困難となった今、ソフト(見えない次元:人的サービス)こそが
持続的な競争優位の源泉です。


優れたイノベーションを定着させるという大仕事は、
ひとえに「介護人」にかかっていると言えるでしょうね。


10.語り部

本書の「語り部」の章、冒頭の引用がぐっときます。


世界は原子でできているのではなく、物語でできている

-ミュリエル・ルーカイザー(詩人)


ブランドの価値に精通した現代の企業は、
よい物語の語り方を知っています。

彼らは、新しい試みやひたむきな努力やイノベーションを
説得力のある物語にして、私たちのイマジネーションを捉えます。


物語には、事実や報告書や市場動向では伝えられない説得力が
あります。物語は、感情面での結びつきを形成するからです。

また、物語の語り部は、チームに団結をもたらします。
その物語は組織の伝承となっていつまでも語られていきます。


そして、何よりも、物語の語り部は、
普通の人たちをヒーローにします。

確かに!
思わず、「プロジェクトX」を連想してしまいますが、
優れたブランドには必ず、よく知られた物語がありますよね。


さて、私たちが人を理解したいなら、そして
人が本当に求めているものを知りたいなら、
人が語る物語に耳を傾けなければいけません。

トムは言います。

“私たちの多くは、他人の物語を理解するとき、近道を
 しようとする悪い癖がある。「要するに」と思いつつ
 話を聞くから、あんたの考えを聞かせてくればいい、と
 端的に重いってしまう。(中略)
 ・・・さっさと要点をいってくれ、というわけだ”

一方、イノベーションの達人の一人である「人類学者」は
人の端的な考えなど聞きません。すぐに結論に飛びつくことも
ありません。イエスかノーかと尋ねる質問をしません。

人類学者は、現場に出て行き、

「あなたは自分の携帯電話サービスを気に入っていますか、
 いませんか」

といった質問ではなく、

「あなたが自分の携帯電話にがっかりしたときの話を
 聞かせてください」

といって会話を始めるのです。

会話の中心を物語に据えることによって、
相手との強い個人的な絆を形成し、深い洞察を得ます。


ですから、組織(企業)は、物語のよい聞き手であることも
必要だというわけです。


同書では、組織(企業)がよい語り部になるべき7つの理由を
挙げています。ここでは項目のみ記します。
詳細はぜひ同書を読んでください。

1.ストーリーテリングは信頼性を築く
2.ストーリーテリングは強い感情を解き放ち、
  チームの絆を深める
3.物語は物議をかもす問題や厄介なテーマについても
  探索する「許可」を与える
4.ストーリーテリングはグループの視点に感化をおよぼす
5.ストーリーテリングは主人公をつくる
6.ストーリーテリングは変革にかかわる新しい語彙を提供する
7.よい物語は混沌に秩序をもたらす


“よい物語はがらくたを突き抜ける”

とトムは言っていますが、断片的な情報が氾濫するなか、
魅力的なコンテキスト(文脈)を持つ物語は、人々の記憶の中に
ずっと残り続けるのです。

このことが、マーケティングに示唆すること。
説明しなくてもわかりますよね。

投稿者 松尾 順 : 2006年08月26日 09:00

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