サル仕事でヒトが奇声を発する瞬間

私は、調査の仕事から
マーケティングの世界に入りました。

したがって、独立した現在も、

「ユーザーアンケート調査」

などの調査業務が全体の3割程度を占めています。


調査の仕事も実質一人で仕事を回してますので、
調査企画や調査票の設計はもちろん、回収されたデータのチェック、
加工、集計、分析、報告書作成まで、一貫作業体制(笑)です。


こうした調査業務は職人芸的なことがあり、
作業工程の一部を外注することはあまり容易ではありません。

でも、報告書作成工程の一部である、

グラフや表の作成

は、エクセルやパワーポイントなど、
アプリケーションの操作ノウハウがあれば対応可能です。

わかりやすく、見栄えのいいグラフや表を作成するためには
ちょっとしたコツが必要ですが、コツさえ覚えてしまえば、
ある意味「単純作業」です。

したがって、作業量が多い場合には、
グラフ・表の作成を外部の方に依頼することもあります。


ただ、集計結果を見ながら、
自分でグラフや表を作成するという単純作業を繰り返す中で、
データの中から新たに見えてくるものがあります。

グラフ・表作成という作業だけを取り出してみると、
私の時間単価では割高なものなってしまうのですが、
こうした単純作業を通じてデータとガチンコ勝負することで、
新たな知見を得ることのできる工程と考えれば、まんざら
コスト的に無駄ではないと思っています。


さて、同じようなことが、

知的情報の読み方」(妹尾堅一郎著、水曜社)

に書いてあります。


慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)の
学生たちの話です。

デジタルデータベースが利用しにくかった数年前まで、
学生が研究テーマに関した資料・データを利用しようと
思ったら、新聞の縮刷版や雑誌のバックナンバーから
集めてきた記事などをコンピュータに手入力する必要が
ありました。

これは、紙に印刷された文字をデジタルデータ化するだけ
の単純作業。しかし、作業量は膨大。


SFCの学生たちは、
この非生産的・非頭脳労働的仕事を

「サル仕事」

と呼んでいたそうです。


「サルにでもできる仕事」

あるいは、

「サルにでもやらせたい仕事」

のどちらの意味にせよ、
この単純作業に学生たちは辟易していたのです。


ところが、この単純作業を続けていくと、
ある時点で、

「真実の瞬間」

を学生が体験するのだそうです。


その時、学生は

「あっ、読めた!」
「あっ、わかった!」

という奇声を発する。

これは、単純作業の繰り返しで、
頭が錯乱したというわけではありません。


膨大な紙の資料を
コンピュータに打ち込んでいく中で、
そのデータを貫いている

「ある軸」や「概念」(コンセプト)

を発見した瞬間でした。


なぜ、頭をまったく使わず、
ただキーボードで文章を打ち込むだけの作業を通じて
このような現象が起きるのか?

その理由については、
前掲書に詳しく書かれていますので
ここでは省略させていただきます。


ただ、私が思うに、
目だけで資料・データを眺めるだけでなく、
手を動かして脳に刻み込む(入力)することで、
脳内で勝手にデータの整理、分類、統合、混合作業が
自動的に行われてしまうといういことなのでしょう。


あらゆる分野のどんな仕事にも、
単純作業に思える工程が必ず存在しますが、
そうした単純作業の中に大事なものが隠れています。

単純作業を侮るなかれ!です。

投稿者 松尾 順 : 2008年01月08日 10:38

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コメント

あるある! ありますねえー、それ。
一言のみにて失礼(^^ゞ

投稿者 開米瑞浩 : 2008年01月08日 12:03

手で考えるということですよね。実感的にも分かります。
ぼくなど、何を書きたいかは、書いてみないと分からない、という感じですから。

投稿者 喜山 : 2008年01月09日 10:02

今日(9日)に書きましたが、私たちは、体でも考えているんですよね。

投稿者 松尾順 : 2008年01月09日 15:54

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