京都花街の経営学(2)芸舞妓さんのキャリア中編

舞妓を目指す女性は、
多くは中学卒業後に「置屋」に住み込み、
約1年間にわたる集中的なトレーニングを受けます。

「置屋」とは、タレント事務所のような存在です。
経営者は基本女性です。「お母さん」と呼ばれます。

つまり、舞妓さんとは擬似的な親子関係を結ぶわけです。


置屋のお母さんは、
舞妓見習いの女性と生活を共にしながら、
舞妓に求められる立ち振る舞いや言葉遣いなどを
徹底的に仕込みます。


前述したように、
舞妓志望者は全国からやってきます。

もちろん、京言葉は話せませんし、
和服を着たこともない女性もいるそうです。
なんと、「ふすま」と「障子」の区別のつかない女性も!

要するにごく普通の若い女性なんです。
基本的な礼儀作法でさえあまり期待できない。

だからこそ、住み込んでもらって、
それこそ箸の上げ下ろしに至るまで、
細かく指導することが必要なのだそうです。


置屋のお母さんは、
舞妓さんの生活に関連した費用だけでなく、
着物代も全額払います。

着物は季節によって変える必要があり、
1人あたり何着も用意しなければなりません。

へたに安いものを着せると、
目利きの客にはお座敷に呼ばれないこともあり、
それなりのものを買わなければならない。

そもそも、着物はオーダーメイドの特注品ですし、
1年分の衣装一式は数千万円に上るそうです。

しかも、舞妓さんの着物は仕事着です。
料理を運んだり接客している時に汚したり、
破いたりすることもある。修繕代もばかにならない。

ですから、置屋にとって、
舞妓さんの衣装代は相当な負担なのです。


さて、舞妓になるための置屋での濃密な日々は、
それまでごく普通の生活を送ってきた女性にとって
相当異質な環境です。

このため約1年間の修行を無事乗り越えて、
デビューに至るのは、当初の志望者の2-3割
なのだそうです。


また、前述したように置屋は、
デビューまでに舞妓さんに対して相当な投資を
してきています。

したがって、デビュー後は最低3年は
働いてもらわないと投資分が回収できないのだそうです。

ですから、デビュー後すぐに辞められてしまったら、
投資が回収できず、置屋には赤字が残るということに
なります。

以上のことを知ると、置屋は、
有望な新人タレントを発掘して、
ボーカルやダンスレッスンを受けさせ、
売り出しのための広告宣伝などに投資する
「タレント事務所」と、確かにほぼ同じ仕組みで
運営されていることがわかりますね。


ところで、置屋のお母さん以外に、
舞妓さんの育成に重要な役割を果たすのが、
先輩の芸舞妓さんたちです。

自分よりも先にこの世界に入った
先輩の芸舞妓さんはすべて「お姉さん」と呼びます。
つまり、明確な年功による序列関係があります。

芸舞妓さんの集団写真でも、誰が一番先輩で、
二番目、三番目が誰か、新人はどの舞妓さんか
ということがすぐにわかるほどです。

舞妓さんがデビューする時は、
特定の先輩芸舞妓さんと盃を交わします。
擬似的な姉妹関係を結ぶのです。

「盃の姉」と呼ばれる先輩芸舞妓のお姉さんは、
自分の妹的な存在となった新人舞妓さんの面倒を
とことんみます。

自腹を切ってあちこち連れて行きますし、
舞妓さんがお座敷で何かミスをしたりすると、
一緒にお茶屋に頭を下げに行ってくれるのだそうです。


最近、企業で採用されることも増えてきた

「メンター」

的な役割を果たしているのが「盃の姉」なんですね。


企業内のメンターもそうですが、
盃の姉さんは、後輩の舞妓さんの面倒を見ることに
対してなんらかの報酬をもらえるわけではありません。

一方で、企業内メンターよりも、
はるかに大きな責任を感じ、自分のお金と時間を
たっぷりと投じて、後輩舞妓さんの支援を行うのです。


なぜそこまでやるのでしょうか?

一つにはそうすることが花街の伝統だから、
ということもあります。花街全体が運命共同体として
お互いに助け合うという考え方が根付いているのです。

また、置屋のお母さんと同じく、
将来のための投資行動でもあります。

例えば、お座敷には通常数人の芸舞妓さんが
呼ばれますが、自分の息のかかった後輩であれば、
チームワークが組みやすいですね。

先輩の芸妓ともなれば、
お座敷の状況に応じて複数の後輩芸舞妓さんの
役割分担を適切に指示することも求められます。

そうしたお座敷での差配のうまさも、
芸妓としての高い評価につながるのです。

また将来、自分でお茶屋を経営することにした場合、
面倒を見た芸舞妓さんであればなにかと融通が効くから
なのです。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

投稿者 松尾 順 : 2008年07月02日 11:31

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コメント

 ねえさんになる場合、芸妓さんがなるものと思っていましたが、舞妓さんがなる場合があるということを最近初めて知りました。

 実の姉が花街の姉さんでもある宮川町の「ふく愛さん」に聞いたところ、踊りのお稽古のおり、姉さんの「ふく光(てる)さん」のそのまた姉さんの芸妓組合長の「ふく葉さん」がじっと見ていてくれて、アドバイスしていただいて、私はめぐまれていると言っていました。

 ふく葉さんにしてみれば、妹の妹ということで、やはりかわいいし、気になるのでしょうね。

 また先日、いつもの御茶屋バーに寄ったところ、見せ出しして半年の舞妓さん「君綾ちゃん」に、御茶屋のママさんが「眉の描き方をもう少し勉強したらもっとかわゆくなるよ」トアドバイスしてみえました。
 確かに私から見てもこの子お化粧が上手になったらもっときれいにみえるのにと思いました。

 松尾さんの言われるように舞妓さんはその町全体の宝として、大事にまた厳しく育てられているのがわかります。

 ねえさんになったばかりの芸妓さんは妹の立ち居ふるまい、あいさつの仕方、あいさつの順番など事細かに注意をはらって
育てようとします。

 そんな姿を見るのも花街へ行く楽しさなのかもしれません。

 

投稿者 ブールパパ : 2008年07月03日 12:37

ブールパパさん、まいどです!

本には書かれてないのであくまで私の推測ですが、
「盃の姉」になるのは、芸妓さんのほうが当然ながら
多いと思います。舞妓さんは、芸妓さんになるまでの
見習い期間的な位置づけですから、メンター的な立場
になるのは結構無理がありますよね。

投稿者 松尾順 : 2008年07月03日 15:38

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