数字の解釈:「達している」のか「過ぎない」のか

私はリサーチの仕事を通じて、過去20年間にわたり、
アンケート結果や各種統計データなどの様々な数字を
扱ってきました。


さて、リサーチにおける数字の取り扱いは、
一般には次の3段階で行います。(あえて単純化してます)

1.数字(データ)の収集

2.数字の整理・分析

3.分析結果の解釈(読み取り)


過去の記事でも何度か書いた覚えがありますが、
この3段階で最も難しいのが

3.分析結果の解釈(読み取り)

だと私は考えています。


というのも、

・分析結果からどんなことが言えるのか
・どんな仮説が立てられるのか

はデータ自体に内在しているのではなく、
データを解釈しようとする人(解釈者)の

「意図」や「力量」

によって異なってくるからです。


分析結果の解釈は、ある意味主観的な作業です。

同じ数字に対して与えられた様々な解釈のうち、
どの解釈が正しいのかをスパッと決められないことが
多いのです。

また、解釈者の意図、思惑が強く反映されてしまうと、
その解釈はしばしば誘導的なものになります。


先日の新聞記事(日経産業新聞、2008/12/01)
にもそんなケースを発見しました。

首都圏の地上デジタル放送の支柱となる
東京スカイツリーの完成は2011年。
あと3年あまりに迫ってきました。

当タワーの電波送出アンテナの高さは
550メートルであり、現在の東京タワーの
地上250メートルから300メートルも上昇します。


これにより、

東京メトロポリタンテレビジョン(以下東京MX)

は、東京都内の総世帯数の550万世帯に電波を届けられる
ようになるそうです。(現在は高層ビルなどの陰にあるため、
視聴できない場所があるとのこと)


ただ新たな別の問題が発生します。
それは、県境を越えた

電波の漏れ(スピルオーバー)

が発生してしまうことです。


全国局と違い、
視聴エリアを当該都道府県内に限定する

「県域局」

の場合、他局の放送が自局エリアでも見られるとなると、
自局の視聴率に影響を受けてしまうため、

「スピルオーバー」

にはシビアにならざるを得ません。

端的に言えば、
縄張りはお互い守ろうということですね。


東京スカイツリーでの放送開始を控え、
東京MXとテレビ神奈川(tvk)、千葉テレビ放送、
テレビ埼玉、群馬テレビ、とちぎテレビの県域放送局5局は、
このスピルオーバー問題について議論を重ねてきました。

しかし、なかなか合意に達しません。

5局は、東京MXに対して

「県域局としての放送エリアを逸脱しないようにしてほしい」

という要望書を何度も提示しています。


さて、5局の中でも、
特に受ける影響が大きいのが「tvk」だそうです。

現在の東京MXの計画によれば、
横浜市内の大半で視聴可能となり、
湘南、藤沢でも写ります。

神奈川県内総世帯の60%が
カバーされてしまう見込みです。


ただ実は、tvkを含む関東各県の放送局の電波も
東京都内に漏れており、各局とも自県に加えて都内も

「視聴可能世帯数」

にカウントしてきています。

tvkの場合、世田谷区や大田区を中心に
250万世帯が視聴可能であり、

「tvkは都民にも見られる(放送局)である」

というのは広告(コマーシャル)営業の前提になっています。


つまり、5局も東京MXと「同じ穴のムジナ」で
あるため、あまり強くは言えないわけです。

そこでtvkでは次のような説明をしています。

「先発局としてずっと(都内)で放送してきた。
 我々の都内への飛び出しは40%にすぎない」


先発局という点はさておき、
この数字の解釈はかなり苦しいと感じますよね。

40%というカバー率は、
東京MXの現時点での案における、
神奈川県内総世帯数のカバー率60%と比べると、
確かに20ポイント低い。

しかし、果たして

「40%に過ぎない」

と言ってしまっていいものでしょうか。


東京都内の世帯の40%がtvkを視聴可能

という事実だけを見ると、

「tvkが見られる都内の世帯は全体の40%にも達するのか」

というのが正直な解釈ではないでしょうか。


これは利権争いを有利に展開したいという思惑が感じられる
誘導的な数字の解釈の例です。


こうした、当事者の意図が色濃く反映された数字の解釈は、
企業の業績報告や、首相の支持率のような世論調査の発表記事
などでもよく見かけますね。

ほぼ同じ数字であるにも関わらず、ある新聞は、

「・・・に過ぎない」

と書き、別の新聞は、

「・・・に達する」

と書いていることがあります。

この場合、読み手の受ける印象は全く逆になりますから、
やはり「誘導的」な解釈になってしまうわけです。


数字の解釈は多くの場合、
主観的、恣意的であることを頭の片隅に置いて
様々な数字を眺めるようにしましょう。

投稿者 松尾 順 : 2008年12月02日 14:16

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コメント

調査会社のレポートのコメントで、最も注意しなくてはいけないポイントですね。

ドラッカーのイノベーション7つの機会の中で、「認識のギャップ」にも通じるところがあると思いました。

投稿者 ごったに : 2008年12月02日 18:02

ごったにさん、コメントありがとうございます。

>調査会社のレポートのコメントで、最も注意しなくてはいけないポイントですね。

ご指摘の通りです。

ただ、私自身の自戒も込めてですが、
特定の解釈を避ける(言質を取られたくない?)ため、

「XXとの回答は40%を占める」

などと中立的な書き方をすることが多いですよね。

ただ、これだとリサーチャーとしての付加価値が
低くなってしまいます・・・

投稿者 松尾順 : 2008年12月03日 12:10

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