「アート」と「サイエンス」のハイブリッドアプローチ

私たちは、自分の直感的・感覚的な判断が
しばしば間違っていることもあることを自覚し、
データ分析に基づく科学的な判断を積極的に
取り込む必要があります。

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これまで、当メルマガ&ブログで
しばしば取り上げてきていることですが、
私たちの日々の「判断」の多くは、
直感的・感覚的に行っています。

直感的・感覚的判断は、

・本能的な反応と言えるもの 
 (例えば、危険な動物を見ると恐怖を感じ、
  すぐさま退避行動が取れるのは、ご先祖様から
  引き継いだ本能的な反応)

・経験や知識を通じて学んだもの
 (例えば、警察官など、制服を着た人に対して素直に
  従ってしまうのは、過去に従うことで「安全」が
  確保されるなどメリットが大きかったから)

に大別できます。

上記のどちらにせよ、過去に蓄積された

「経験・知識」

に基づいて現在や未来についての判断を
行なっているのですが、だいたいにおいて
うまくいくのは確かです。
(過去と類似の事象は繰り返し起こるからです)

こうした直感的・感覚的判断は、
できるだけ頭を使わず(思考せず)、
すばやく判断することで、
無駄なエネルギーを使わないように
するために習得した一種の

「アート(技術)」

だと言えるでしょう。

ただ、直感的・感覚的判断にはしばしば

「ゆがみ(バイアス)」

が含まれていることは、

「行動経済学」

などによって検証されてきており、
当メルマガ&ブログでも、
様々なバイアスの例をもろもろ
ご紹介してきました。

個人の日常生活であれば、
直感的・感覚的判断に伴う多少の
バイアスはそれほど大きな問題とは
なりません。
(もちろん、状況によっては騙されて
大損することもありますから、
できるだけ思慮深くありたいものですが)


一方、企業においては、
判断を間違うと、数千万~数億円
(あるいはそれ以上)の損害を出すリスクが
あるにも関わらず、実に多くの企業で、
担当者、あるいは最終決裁者である役員陣による、

直感的・感覚的判断

が下されてきています。

例えば、以前聞いた話ですが、
50~60代の役員陣が、
自社の10代向けの製品やサービスについて
なぜ、自信満々に「歪んだ判断」を下せるのか、
私には不思議でなりません。

「自分の若い頃はこうだったから」

という自分の過去の経験をベースにしている
のだと思いますが、今の若者たちの考え方とは
大きくずれている可能性は考えないのでしょうか?

おそらく、役員陣には、

「自信過剰バイアス」

が働いているのでしょう。

つまり、自分の判断は正しいという
思い込みが強すぎるのです。

非連続な変化があまり起きなかった時代では、
企業の意思決定においても、おおむね経験則で
うまくいってきたことが、根拠のない自信に
つながっているのでしょう・・・


しかし、現在の社会は、
ますます複雑化・高度化しています。

ネットワークによって地域・国を越え、
あらゆる年代、職業の人々がリアルタイムに
つながることができるといった状況は、
これまでのアナログな人間社会とは
全く異なるものです。

人々の意識もすぐには変わりませんが、
徐々に変わりつつある。


幸い、IT化の進展により、
人々の意識、行動についてのデータは
ふんだんに入手できます。

また、膨大なデータ=ビッグデータを
迅速に分析するツールも日々進化しています。

したがって、少なくとも企業においては、
よりデータを活用した科学的アプローチ
すなわち

「サイエンス」

を重視しなければならないと言えますね。

もちろん、直感的・感覚的判断、
すなわち

「アート」

も軽んじてはいけません。


アートとサイエンスをうまく融合した

ハイブリッドなアプローチ

が企業における意思決定には
ますます求められているのではないでしょうか?

投稿者 松尾 順 : 11:25 | コメント (0) | トラックバック

津波に対する知覚リスクが低下?

津波に対して感じるリスク(知覚リスク)が、
東北地方太平洋沖地震以降、逆に低下している
可能性があります。

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行動経済学の研究で明らかになっている

「バイアス」(知覚や思考のゆがみ)

のひとつ、

「アンカリング(係留)」

はご存知でしょうか?

具体例で示すと、

定価「2万円」のところ半額の「1万円」

といったセールの値札を見た時、
2万円が比較の基準となっているため、
1万円が安く感じますよね。

これは、「アンカリング」がもたらす
バイアスです。

値札情報として提示されている

2万円

が基準点=係留点となり、

「2万円に比べたら1万円は安いな」

という、1種の錯覚を起こさせて
いるわけです。

上記の例のように、
アンカリングはマーケティングや
販売の施策でよく活用されています。


さて、話を戻しますが、
2011年の東日本大震災はとりわけ、

「津波」

によって甚大な人的・物的被害をもたらしたにも
関わらず、津波に対して人々が感じるリスクが、
逆に低下している可能性を示唆する調査結果が
あります。


大木聖子氏ら(東京大学地震研究所助教)は、
大震災のちょうど1年前、2010年3月に日本全国
を対象する調査を行い、

津波の高さに対して危険を感じる度合い

を調べていたのです。

設問としては以下のようなものでした。

------------------------

Q.あなたは、どのくらいの高さの津波を
危険だと感じますか?

(1) 10cm以上
(2) 50cm以上
(3) 1m以上
(4) 3m以上
(5) 5m以上
(6) 10m以上


Q.あなた自身は、どのくらいの高さの津波で
 実際に避難行動を開始しますか?

(選択肢は前の設問と同じ)

-------------------------

そして、震災後の2011年4月には、
震災の直接の被害を受けていない地域、
静岡県以西、瀬戸内海に面する17府県の人々に
対して同様の質問をしたところ、

「震災後、津波に対するリスク感度は
 高くなっているだろう」

という予想(仮説)に反する答えが得られたのです。


震災の1年前は17府県の人々は、

・3m未満でも危険と回答:70.8%

でしたが、震災直後は

・同:45.7%

と大きく低下したのです。

また、実際に避難行動を開始する津波の高さに
ついても

・(震災前)3m未満で避難を開始する:60.9%
・(震災後)同:38.2%

とやはり大きく低下。

津波に対するリスク感度は、
全体としては鈍くなっているという結果に
なったのです。


なぜこんな結果になったのでしょうか?

その有力な理由(仮説)として考えられるのが、

「アンカリング」

なのです。

震災後、マスコミ報道では、

「大船渡の津波23m」

「津波37.9m 国内最大級 宮古・田老地区」

といった表現が繰り返し流されました。

いかに「高い津波」が
東北を襲ったかが強調されたのです。

こうした報道を目にした人々にとっては、

3m未満の津波

はそれほど大したことがないように
感じられるようになってしまった。

つまり、23mに対して3mという高さは
アンカリング効果によって過少な数字に
見えてしまっているのではないかと
考えられるのです。

現実には、50cmの津波でも、
人々は立っていることができませんし、
木造家屋は、2mの津波で多くが全壊して
しまうほどの脅威があるのですが。


大木氏は、この調査結果が示すように、
情報の提示のされ方によって、
人々のリスク感度が鈍くなる可能性を
踏まえて、

「1mで木造家屋は半壊、2mでは全壊」

といった平時には伝えられている基本知識を

災害発生時の報道や防災無線の呼びかけ

においても、付け加えるべきこと。

また、「10mを越える大津波」といった
表現をする際には、

「1mでも危険である」

という注意を補足することを提言しています。


アンカリングは、私たちの

無意識の直感的判断

に影響するだけに、単に

「心がける」「気をつける」
だけでは制御することが難しいもの。

適切な情報提供の工夫が必要なのです。


*津波の調査については、

『リスクの社会心理学』

のコラムを引用しました。


『リスクの社会心理学』
(中谷内一也編、夕斐閣)

投稿者 松尾 順 : 10:45 | コメント (0) | トラックバック

音楽家はサービス業

山形交響楽団は、同交響楽団音楽監督、
飯森範親氏の優れたマーケティング思考によって、
劇的な改革を成し遂げた興味深い事例です。

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山形交響楽団(以下「山響」)は、
今年(2012年)に40周年を迎える比較的小規模な
シンフォニーオーケストラ。

第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した

『おくりびと』(2008年)

に、山響が出演したことを
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。


さて、他の多くのオーケストラと同様、
過去の山響はコアなファンはいるものの、
集客は頭打ち。

会員もなかなか増えず、
楽団経営は厳しい状況が続いていました。


そんな山響を大きく変えることに成功したのが、
2004年に常任指揮者に就任した飯森範親氏でした。

飯森氏は就任後、

「音楽家はサービス業」

という考えの下、

「一度来ていただいたお客さまを絶対に放さない
(繰り返し足を運んでもらう)」

という姿勢、すなわちリピーターやファンを
増やすことを重視した、さまざまな改革に着手したのです。


彼が行なった一連の改革は、極めて優れた

「マーケティング思考」

に基づくものだと言えます。

私なりにポイントを整理すると3つ挙げられるでしょう。

1 (商品改革)聴衆の鑑賞体験のクオリティを高める
2 (コミュニケーション改革)山響の魅力を効果的に伝える
3 (運営改革)コンサートに足を運びやすくする

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1 商品改革

聴衆が楽しむオーケストラの演奏を

「サービス商品」

と考えると、まず商品そのものの

「クオリティ」

を高めることが大事ですね。

飯森氏は、「演奏」という商品の改革のため、
以下のような指示を事務局に対して指示しました。

・音響の良い「山形テルサ」(ホール)での公演を増やす

 山形テルサは収容人員が少ないため、
 他の収容人員の大きいホールよりも1公演
 あたりの経費が重くなります。

 それでも、飯森氏は、優れた音響で演奏を
 楽しんでもらうことが重要だと考えたのです。


・定期演奏会にはソリストをなるべく毎回呼ぶ 

 人気のソリストを呼べば、やはり集客力がアップします。
 経費は増えますが、鑑賞体験はより魅力的なものとなる
 のです。


・開演前に指揮者が「プレ・コンサート・トーク」を行なう

 「プレ・コンサート・トーク」は、演奏会の直前に
 指揮者が舞台に出て行き、当日演奏する曲の背景や歴史、
 エピソードなどを解説するもの。
 先日の記事「平均的顧客はいない」でも示したように、
 こうした解説があると、トライアリスト(初めての客)や
 クラシック初心者はより演奏を楽しむことができますね。


・CDをたくさんリリースする

 地方のオーケストラがCDを出すのは珍しいことですが、
 CDを収録する際、自分たちの演奏を楽団員が聴くことに
 よって、演奏のクオリティは格段にアップするのだそうです。

 CDを販売することはもちろん宣伝にもなり、
 山響の演奏をCDで聴いたクラシックファンが、
 全国から山形にやってくることも増えました。

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2.コミュニケーション改革

どんなに素晴らしい演奏ができても、
その良さを上手に伝えなければお客さんは、
興味を示してはくれません。

マーケティングコミュニケーションのキモは、

「良いものをより良く見せる」

ということなのです。

飯森氏は、山響に

『食と温泉の国のオーケストラ』

というキャッチフレーズをつけました。

山形の「食」のおいしさ、
そして山形のすべての自治体にあるという、
豊富で個性的な「温泉」の魅力を抱き合わせにして、

「魅力あふれる山形のシンフォニーオーケストラ」

という

「ブランドアイデンティティ」

を明確化したのです。

このキャッチフレーズは、

「山響・温泉グルメツアー」

という演奏会と温泉・食事をセットにした
旅行パッケージとしても具現化され、
県外の客を多数集めることにつながりました。


また、定期演奏会の年間プログラムは、
従来は、A3のチラシを折りたたむスタイルでしたが、
飯森氏は、フルカラーの立派なプログラムを
作ることを指示。

なんとか経費をやりくりして作ったところ、

「山響が変わった」

という印象を一発で与えられる効果があり、
山響のステータスも上がった。

聴衆からも好評を博したのです。

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3.運営改革

飯森氏就任以前、
山響の定期演奏会の日程は月曜や木曜など、
平日がほとんどだったそうです。

しかし、飯森氏以降は、

金・土・日

に開かれるようになりました。

以前は、客が聴きに行きやすい日程を選んで
コンサートを開くという、言われてみれば
ごく当たり前のことができていなかったわけです。

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山響は、こうした飯森氏の一連の改革によって、
経営の黒字化を果たし、昨年の大震災の影響を
受けながらも、今年、無事に40周年を迎えました。


飯森氏は、

『マエストロ、それはムリですよ』

の中で次のように語っています。

「消費者のニーズをリサーチするアンテナを張ることで、
 それに敏感に反応しながら、常に先を行く、良い意味で
 消費者の期待を裏切るようなレアな商品を提供し続ける」

飯森氏は、「指揮者」としてだけでなく、
事業会社の「マーケター」としても
間違いなく成功したことでしょうね。


飯森氏のこうした考え方、
そして山響で行なった改革のアプローチは、
他のオーケストラにとっても良い

「ロールモデル」
となるだけでなく、

「こんなに良い商品なのに、なぜみんなわかってくれないんだ」

と独りよがりで、顧客志向の欠如した他の業界にも
大いに参考になるのではないでしょうか?


*山形交響楽団
http://www.yamakyo.or.jp/

*「平均的顧客はいない」(マインドリーディング・ブログ)

『「マエストロ、それはムリですよ・・・」
 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~』
(松井信之著、飯森範親監修、ヤマハミュージックメディア)

投稿者 松尾 順 : 10:25 | コメント (0) | トラックバック

ネットツールと「自己呈示・自己開示」

自分のことを他者に伝える場合の方法を
その「目的」で分けると大きく2種類あります。

「自己呈示」と「自己開示」です。

ネットツールはこの2つの方法に応じて
今後は明確に使い分けられていくことになる
でしょう。

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「自己呈示」とは、わかりやすく言えば、
伝える相手に対して自分をより良く見せる、
また好感度を高めることを目的とする
コミュニケーション。

いわゆる

「プレゼンテーション」

は自己呈示の方法のひとつです。

昨今、よく言われる

「セルフブランディング(あるいは、
 パーソナルブランディング)」

は「自己呈示」を積極的に行なうことですね。


一方、「自己開示」とは、相手に対して、
自分の感情や意見をありのまま伝えることを
目的とするもの。

自分が信じる宗教における神や聖なる存在に
対して罪の告白をする

「ざんげ」

は、自己開示の最も極端な例だと言えます。

「自己開示」は、ざんげまで行かずとも、
相手に対して気持ちを素直に吐露することで、
相手との親密感を高めることができます。

また、つらい思いを持っているなら、
それを吐き出してしまうことを通じた

「癒し」(要するに「すっきりする」)

の効果もあります。


さて、ここ数年で急速に普及した
フェイスブックやツイッターといったSNSは、

・自己呈示
・自己開示

のどちらに適したコミュニケーションツール
でしょうか。

アカウントを開設したばかりで、
とても親密な数人程度だけとつながっているだけ、
あるいはクローズドな設定にしてあるなら、

「自己開示」

のためのツールとして活用できますね。

ようするに、

「ぶっちゃけトーク」

ができるわけです。


ところが、公開設定をしているツイッターや、
またフェイスブックでは、それほど親しくない人たち
ともつながることが増え、

「特定少数」

から、

「特定多数」

あるいは、

「不特定多数」

へとつながる人々が増加した場合、
もはや

「自己開示」

は非常に難しいものとなります。


ぶっちゃけトークが全くできないわけでは
ないけれど、一歩間違うと

「炎上」

のリスクを抱えているからです。


したがって、基本公開設定であり、
特定多数の友だちやフォロワーを有している
フェイスブック、ツイッターユーザーは、

「自己呈示」

を主体とする投稿にならざるを得ません。

つまり、自分の投稿を見ている人々に対して、
自分の印象を良くする、あるいは
少なくともネガティブな印象を与えないように
配慮しながら言葉や内容を選らばなければならない。

・休日に遊びに行きました
・レストランでディナーを楽しみました

なんて気軽な内容でも、
行き過ぎると、嫉妬する人がいるかもしれない。

昨今言われる「SNS疲れ」と言われる現象も、
別に、つながっていること自体が負担なのではなく、
自分の投稿が相手にどんな印象を与えるだろうか、
ということを常に考え、言葉や内容を選ばなければ
ならないことから来るのだと思います。

また、相手の投稿に対しての反応、
すなわち

・「いいね」をポチるかどうか
・「コメント」をするかどうか

も「自己呈示」の1種ですが、
これも結構気を遣いますよね。

確かにちょっと疲れる・・・(笑)


「自己呈示」は要するに

「見せたい自分」

をフェイスブックやツイッターという

「ステージ」

で演じているようなものです。

たまには楽屋に戻って素顔に戻り、

「あーやってらんねーな・・・」

などとつぶやいてみたいもの。


まあ、ツイッターへの投稿はそもそも

「つぶやき」

と言われるように、自己開示的な投稿がある
程度許容されてきましたが、近年はユーザー数
の増加により、数年前と比較すると、やはり

「自己開示」

はやりにくくなっています。


このところ、スマートフォンで利用できる

「LINE」

の利用者が急成長していること、
また、恋人同士2人だけで利用できる
アプリ

「Pairly(ペアリー)」

の人気が高まっているのも、
親密な相手とだけとクローズドなやりとりが
できるから。

もはやフェイスブック、ツイッターでは
やりにくい

ぶっちゃけトーク=「自己開示」

が存分にできるからでしょう。


社会において多様な人々と関わりながら
生きる私たちは、

・自己呈示
・自己開示

の両方を必要とします。

したがって今後、
フェイスブックやツイッターは基本的に

「自己呈示」

に適したネットツールとして活用し、
一方、「LINE」や「Pairly」のようなアプリは、

「自己開示」

のネットとして活用する。

このような、目的に応じたツールの使い分けが
明確になっていくものと思われます。
(逆に言えば、この使い分けを意識しないと、
「炎上」するリスクが高まるということです)

投稿者 松尾 順 : 10:09 | コメント (0) | トラックバック

「情報価値」を高める

製品・サービス単体での差別化が困難な今、
製品・サービスの「選定プロセス」や
「消費・利用」をより賢く、より楽しくできる

「情報」

を様々なチャネル・ツールを通じて提供することが、
ますます重要なマーケティングになりつつあります。

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現在は、あらゆる商品カテゴリーにおいて、

「コモディティ化」

が進行していると言えますね。

コモディティ化とは、
競合する製品・サービス本体が持つ機能や性能、
品質における違いがほとんどなく、

「消費者の直接的な欲求を充足させる」

ということについては、
どの製品を選んでも大差がないと
感じられる状況のことです。

コモディティ化が進むと、
もはや価格競争をするしかありません。

したがって、企業としては旨みの少ない
事業分野となっていきます。

もちろん、先日の記事で取り上げた、
自然風を作り出すことができる扇風機や、
ファンのない扇風機が開発され、
高価格でも好調に売れているように、

「コモディティ(製品)」

と思われていたカテゴリーにおいても、
イノベーションの余地はまだまだあるでしょう。


ただ、「イノベーションを起こせ」と言うは
易しですが、そんなに簡単に生まれるものではない。

とにもかくにも、イノベーションの取り組みは
続けるとして、今、コモディティと思われる製品
カテゴリーにおいて、競合と差別化できる工夫が
あるとしたら、それは、

「情報価値」

を高めることでしょう。


先ほど、

「消費者の直接的な欲求を充足させる」

と書きましたが、
例えば「外食」は、私たちの

「食欲を充たしたい」

という直接的な欲求を充足させるだけでなく、
外食先であるレストランなり居酒屋を選ぶ楽しみや、
お店の雰囲気やサービス同席者との会話を楽しむ
といった副次的な欲求を充たしてくれます。

そして、「高級レストラン」を
外食先に選ぶ場合には、

「食欲を充たしたい」

はむしろ副次的な欲求となり、

・セレブな雰囲気にひたりたい
・メニューやワインについてのうんちくを語りたい

といったものが重要な欲求になるでしょう。


このように、私たちは、なんらかの製品・サービスを
選択・利用するにあたって、複数の欲求を充足しようと
するものですが、近年の消費行動として顕著なのは、
直接的な欲求充足よりも、

・商品を選ぶプロセスを楽しみたい

・商品「を」購入することより、
 商品「で」 あれこれ楽しみたい。

 (関連した情報を知ることで使う楽しみが増したり、
  仲間との交流が深まるようなこと)


という欲求が高まっていることです。

これは、端的には

「自己充足的消費」

あるいは

「快楽消費」

とも呼ばれているものが含まれます。


そして、こうした消費を可能にするのが、
企業が消費者に対して提供できる「付加価値」
としての

「情報」

なのです。

具体的には、

・自社が扱う製品カテゴリーの歴史や
 知られざる秘話・逸話

・製品の部品や原材料にまつわる興味深い話

・賢い製品の選び方(選定基準)

・製品をより楽しむノウハウ

・楽しく使いこなしているユーザーの声

など、製品の仕様や特徴を伝える情報(「製品情報」)
とは異なる、

消費者にとって価値ある情報

を提供する。

こうした価値ある情報を得た消費者は、
その情報を提供する企業に対する信頼と好意が
高まり、最終的にその企業の製品・サービスを
優先的に選択・購入してくれる確率が高まるのです。


ところが、残念なことに、いまだ多くの企業は
とかく短期志向で、すぐに成果を出したいと

「製品情報」

あるいは、販促のための

「キャンペーン情報」

ばかり消費者に大量に押し付けてしまっています。

その結果、逆に消費者に忌避され、
ますます売れなくなってしまっています。

「製品情報」「キャンペーン情報」は、
企業にとっては価値ある情報でしょう。

しかし、消費者にとっては
それほど価値が高いわけではありません。
(いますぐその製品を購入したい人を除いては)


消費者はそれ以前に知りたい情報があるのです。

それは、冒頭に書いたように、

・製品・サービスの「選定プロセス」や「消費・利用」
 をより賢く、より楽しくすることのできる「情報」

なのです。

もちろん、そうした「情報」の提供についても、
競合が追随することができますし、競争優位性を
維持するのは簡単ではありません。

それでも、「価値ある情報の提供」は、
物理的な制約のある製品・サービス本体における
差別化よりもはるかに制約が少なく、多様な展開が
可能です。

しかも、消費者とのコミュニケーションは、
インターネット登場以降、多様化しています。

さまざまなチャネル、ツールが活用できる。


消費者に喜ばれる「情報価値」を高めることは、、
今後のマーケティングにおける最も重要な取り組み
 課題だと私は確信しています。

投稿者 松尾 順 : 14:12 | コメント (1) | トラックバック

「信じたい心」と「懐疑の精神」

これまで、私たちは

「人を信じること」

が「生き残り」に有利であったことから、
基本的に

「人を信じたい」

という強い欲求を生まれながらに
持っています。

しかし、ITの進展などによって、
極めて多くの数の人々とつながるように
なった今、適度な「懐疑の精神」を
意識的に養うことが、生き残りにますます
必要になっています。

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人類の歴史は400-500万年程度と言われていますが、
農耕が始まり、食料が安定して確保できるように
なったのは1万年前ほどから。

この食料の安定確保によって一定の地域での定住が
可能となり、ひとつの社会(集団)の人口は、
加速度的に増加していきます。

しかし農耕開始以前に400-500万年も続いた

「狩猟採集生活」

は、要するに「その日暮らし」です。

常に食料(獲物)を求めて移動せざるを得ない
状況でした。

したがって、ひとつの社会(集団)として
維持できる構成員数は、100人程度だったと
考えられています。

100人程度と言えば、オフィスが一箇所の
会社であれば、全員の顔と名前、そして
ある程度はそれぞれの性格などもわかる
人数ですね。

私たちの祖先は、
そんな100名ほどの小集団を形成し、
お互いに助け合って厳しい自然環境
を生き延びてきたのです。


さて、こうした小集団に属する個人において
まず必要とされることは、

「人を信じること」

でした。

なぜなら、人が教えてくれる、
あるいは言い伝えや噂などとして聞く、

・このきのこは食べてはいけない(食べて死んだ人がいるから)
・あの谷には行ってはいけない(行方不明になる者が多いから)
・けがをしたらこの草を治療に使うとよい(効果があったから)

などといった話は、基本的に疑いを持たず
言われた通り信じることで難を逃れることができ、
生き残りに有利であったからです。


もちろん、「オオカミ少年」のように
嘘をついたり、騙す者もいました。

しかし、そうした人間は、

「信用できないやつ」

として誰も相手にしてくれなくなるため、
じきに淘汰されてしまう。

ですから、ともあれ人の言葉(および行動)を
信じていれば、おおむね間違いないということを
私たちは、数百年万年の間に学習してきたわけです。


ちなみに、「信じる」ということは、
言い換えると、人の言葉や行動を

「真似する」

ということでもありますね。

したがって、

『影響力の武器』

において、「説得テクニック」のひとつ
として挙げられている

「社会的証明の原理」
(人の行動を参照して意思決定すること)

の根底には、

「人を信じたい」

という欲求があるといえるでしょう。


ただ、農耕が始まった1万年前以降、
私たちの社会の構成員数は、

数千、数万、数十万、数百万、数千万

と増加し続けてきた。

これだけの数となると、
もはや、お互いの顔も名前も性格も
わからない人がほとんどです。

しかも、ITネットワーク社会の今、
そうした知らない人々の言動や噂が
情報として日々、山ほど入ってきます。

その中には、当然ながら相手を騙す、
陥れることを目的とした情報も多数含まれている
ことは言うまでもありません。
(しかも、匿名性が高いため、万が一ばれても
 当人が罰せられる可能性は低く、なかなか
 淘汰されない)


ですから、人の言葉や噂などをむやみに
信じることは、逆に自分の状況を危うくして
しまう可能性が高くなっていると言えるでしょう。

ところが、私たちは数百万年かけて学習し、
本能と言えるほど体に染み付いてしまった

「人を信じること」

を止めることはなかなかできないようです。

結果的に、身近なところで言えば、

「振り込め詐欺」

のような事件がいつまでたっても
沈静化することがない。

また、昨今の中国での反日デモ等についても、
煽りたがるマスコミ報道を安易に信じてしまい、
感情的になっている人も多い。


お互いを信じあえることは、
実に幸せなことではあります。

しかし、同時に、

「本当に信じていいのだろうか」
「何か裏はないのだろうか」
「他の視点から見たらどうだろうか」

などと、頭の片隅でちょっとだけ
疑ってみることが求められています。

すなわち、健全な


「懐疑の精神」

を意識的に身につけるべきなのです。


ただ、疑いの心を持つことは、
私たちの社会においては基本的に
タブーです。

したがって、積極的に疑う習慣をつける
ことに対して抵抗感があります。

欧米では、

「クリティカル・シンキング」

と呼ばれる思考法が重視されているのは
ご存知かと思います。

これは、情報を丸呑みするのではなく、

・客観的
・批判的(「否定的」ではない点注意!)
・論理的

に情報を解釈することによって、

「(健全な)懐疑の精神」

を養うトレーニングがある程度できています。

しかし、日本ではまだまだの状況ですね。


世界中の人々がインターネットで結ばれ、
多種多様な人々の玉石混交の情報であふれる今、

「懐疑の精神」

を養う必要性は、
ますます高まっているのではないでしょうか?


『影響力の武器-なぜ、人は動かされるのか』
(ロバート・B・チャルディーニ著、社会行動研究会、誠信書房)

『ひとはなぜだまされるのか』
(石川幹人著、講談社)

投稿者 松尾 順 : 12:31 | コメント (0) | トラックバック

「平均的顧客」はいない

限られた予算を効果的に活用して、
顧客との関係性を向上するためには、

「平均的顧客」

ではなく、成功の鍵を握る顧客セグメントに
ターゲットを絞り込み、そのターゲット顧客が
求めていること、問題と考えていることを的確に
洞察し、彼らにとって最適な施策・提案を行なう
必要があります。

--------------

仕事や家事に追われ、どんよりとしてしまった
気持ちを癒し、豊かな気分にさせてくれる「芸術鑑賞」。

日経産業地域研究所が実施した最新の調査
(2012年8月、全国20~60代男女1,000人)によると、
過去1年間で美術展や演劇などの芸術を鑑賞したことが
ある人は全体で67.0%でした。

最も多かった芸術カテゴリーは、

1位:映画(50.9%)
2位:美術展(27.8%)
3位:ポピュラー音楽(18.9%)

となっています。

一方、上記のようなカテゴリーと
ほぼ同じくらい頻繁に、あちこちで開催されている

「クラシック音楽」

は上位には上がってこず、また、

「今後、行く機会を増やしたい芸術鑑賞」

についての設問では、

「クラシック音楽」

は全体で19.4%。

・ポピュラー音楽(28.0%)
・美術展(27.9%)
・演劇・ミュージカル(22.3%)

にかないません。


クラシック音楽、特にオーケストラ(交響楽団)の場合、
プロにしろアマチュアにしろ相応の人数が必要であり、
コンサートホールも相応の大きさを確保しなければ
なりません。

数人でもユニットが組め、小規模なライブハウスでも
気楽に演奏できるポピュラー音楽と異なり、
オーケストラの運営は大変厳しいものがあるのは
ご存知かと思います。

オーケストラの多くは「会員制度」を採用し、
会費収入と、固定客化の推進によって、
安定した収益確保を狙うのが基本的な戦略です。

ただ、具体的な顧客コミュニケーション施策に
おいて、きめ細やかな顧客タイプ別施策が行なえている
オーケストラはそれほど多くないのではないでしょうか。


『ザ・ディマンド』には、
オーケストラのマーケティングについて
とても参考になる事例が紹介されています。

2007年、米国の9つのオーケストラが協力し、

「聴衆増加イニシアチブ」

と呼ばれるプロジェクトを立ち上げました。

そして、このプロジェクトの下で行なわれた調査の
結果によれば、9つすべてのオーケストラが抱える
大きな問題は、

「顧客離反」

であることが明確になったのです。


毎年入れ替わる顧客の割合は55%。

特に、初めてコンサートを聴きにきた人=

「トライアリスト」

の離反率は91%に上ったのです。

つまり、トライアリストの10人に9人は
二度と聴きに来ないのです。

オーケストラを長期的に支えてくれる

「コア・オーディエンス」

と呼ばれる人々は、

「サポーター会員」

として会費も払ってくれる人々であり、
全体の26%を占め、チケットベースでは
56%を占める貢献をしてくれています。

オーケストラは、こうしたコアオーディエンスを
満足させることには習熟していました。

しかし、将来の会員候補である

「トライアリスト」

をリピートさせることには失敗していたと
いうわけです。


そこで、当プロジェクトでは、

「トライアリストを固定客に転換する」

という目的に絞り、トライアリストに対する
理解を深めるための調査・分析をさらに行なった
のです。


まず、調査チームは、

「要因分析」

と呼ばれる手法を採用、
クラシック音楽経験における

78の要因リスト

を作成しました。

コンサートホールの建物、バーでのサービス、
客員指揮者など、

「トライアリストの経験」

になんらかの影響を与えると考えられる
あらゆる要因を洗い出したのです。

その後、ネット調査などを実施して、
トライアリストがリピートする・しないに
大きな影響を与える要因となる16個を
選び出しました。


この16個の要因には思いがけないものが
残りました。たとえば、リストの1位は

「駐車場」

でした。

最小限の手間で自宅とホールを往復できることが、
トライアリストがリピートするための非常に重要な
要因だったのです。


「駐車場」は、それまでどのオーケストラも
注目していなかった要因でした。

駐車場について文句が出たことがなかったからです。

コアオーディエンスは既に、他の移動手段を
用いることで「駐車場問題」を解決していました。

しかし、トライアリストにとっては、
駐車場問題が、リピートを妨げる大きな要因と
なっていたことが、調査によって「発見」できた。

そこで、プロジェクトに参画したオーケストラの多くは、
近隣の駐車場と特別料金で契約、車で来場する際の注意を
チケットと一緒に郵送することで、トライアリストの障害
を取り除いたのでした。


駐車場以外にも、
指揮者がプログラムについて数分でも解説する時間を
取ってくれれば、トライアリストは、より演奏を楽める
ことがわかっています。
(これも、言われてみれば当然と思える「発見」かも
 しれません。しかし、実行しているところがどれだけ
 あるでしょうか?)


結局のところ、
トライアリストがリピートするためには、

「オーケストラの名声や質」

はそれほど重要な要因でなかったのです。

もっと何気ないことがリピートの壁となっていた
のでした。

先日の記事でも、インサイト(洞察)は必ずしも
びっくりするような

「大きな気づき」

とは限らないことを指摘しましたが、
今回のオーケストラの事例でも、
発見してみれば、

「なーんだ、そんなこと?」

と感じるような小さな気づきです。

しかし、そんな気づきが大きな変化を生むことができる。
顧客との関係性を向上するための大きな鍵となる。


使える「インサイト」を得たいのなら、
「平均的顧客」ではなく、より細かく顧客セグメント
を切り分け、彼らの心理・行動を丁寧に観察していく
必要があるのです。


『ザ・ディマンド 爆発的ヒットを生む需要創出術』
(エイドリアン・J・スライウォツキー、カール・ウェバー著、
 佐藤徳之監訳、中川治子訳)

投稿者 松尾 順 : 11:23 | コメント (0) | トラックバック

「インターフェイス」はブランドの顔

顧客とのデジタル接点は、最も人目につくブランドの顔に
なりつつあり、それは、どの会社もソフトウェアカンパニー
になる必要があるということを意味します。


今後、最も有望な市場のひとつは、
言うまでもなく

「インド」

でしょう。

およそ10年後には中国を抜いて、
インドの人口が世界首位になることが確実。

なんといっても若年層の割合が大きく、
今後、所得の増加によって消費が急拡大する
ことは間違いありません。

日本企業も最近は、インド市場の特殊性を学びつつ、
現地の消費者のライフスタイルや好みに合致した
製品を投入してがんばっていますね。


ただ、気になるのは日本企業の総体的な
ブランド力の弱さです。

強いブランドと言えるのは、「ソニー」くらい。
残りのブランドは、さんたんたる状況なのです。
(ちなみに、「スズキ」はあまりに現地に溶け込み
すぎて、そもそも日本ブランドだと思われていない
ようですが・・・)

ご存知の通り、インドにおいて現在、
パワーブランドとして君臨しているのは、

・サムスン電子
・LGエレクトロニクス

などの韓国企業です。

彼らのブランドが強い理由は、
そもそもインド市場に対する力の入れ方が
過去において違っていたということもありますが、
ブランド構築に大きく寄与しているのは、

「モバイル端末」(携帯電話&スマートフォン等)

だと言われています。

肌身離さず持ち歩き、
日に何度も電話やメールをチェックする。

そのたびに、

「SAMSUNG」
「LG」

のロゴマークが目に入る。


心理学の研究で、
「ロゴマーク」や「製品名」などを何度も
目にしたり聴いたりすると、自然にそれらに
対する好意度が高まっていくことがわかっており、
これを「単純接触効果」と呼びます。

サムスンやLGは、
最も身近なツールであるモバイル端末を通じた

「単純接触効果」

のおかげで、高い認知度と好意度を
獲得しているというわけです。

韓国企業は、このブランド力をテコに、
家電品などの製品カテゴリーにおいても
高いシェアを占めることに成功しています。

冒頭に述べたように、最近は、
日本企業も持ち前の技術力で、
インドに適した製品を投入して、
一定の成功を収めつつあるものの、

「ブランド力の弱さ」

が今後の市場シェア拡大において
大きな障害になる可能性があるのでは
ないでしょうか?


さて、モバイル端末は「ハードウェア」で
あると同時に、文字通り常時携帯されるおかげで、

ブランディングのツール

としての側面を持っていますが、
そもそも、あらゆる企業は、

・公式Webサイト
・フェイスブックページ
・ツイッター
・自社配布アプリ

といった「ソフトウェア」こそが、
今後ますます重要になるブランディングツールで
あることを認識しなければならないでしょう。

ノートパソコン、タブレットPC、スマートフォン、
ガラケーなど、利用するハードウェア(デジタル機器)
が何であれ、私たちはインターネットを通じて、
上記のようなソフトウェアに頻繁にアクセスするように
なっています。

したがって、そうしたソフトウェアのインターフェイスは、
企業、製品のイメージを形成するブランド要素としての
役割を果たしているのです。


『ベロシティ思考』では、
以下のような指摘がされています。

“顧客とのデジタル接点は、最も人目につくブランドの顔に
 なりつつあり、それは、どの会社もソフトウェアカンパニー
 になる必要があるということ、つまりテクノロジーを使って
 ブランド価値を伝える方法を学ぶ必要があるということを
 意味する。”

“アクセスしやすいスムーズな体験を提供するために、
 あらゆる接点での顧客体験を理解し、実感し、進化させる
 ことが大切である。”


これまでは、主としてマスメディアを通じた広告が、
企業・製品のブランドイメージを形成することに大きな
役割を果たしてきました。

もちろん、まだまだマスメディア広告の役割には大きいものが
ありますが、マスメディア以上に頻繁に接触され、
ブランドイメージを良くも悪くも変えてしまうのがデジタル
機器を介して消費者が接触するソフトウェアなのです。


今後、企業がドメスティックなブランドで止まるにしろ、
グローバルなブランド確立を目指すにしろ、
デジタル接点における顧客体験を優れたものにすることに
ブランディングの重点を置かない限りは成功はない、
と言えるのではないでしょうか?


『ベロシティ思考-最高の成果を上げるためのクリエイティブ術-』
(アジャズ・アーメッド、ステファン・オランダー著、白倉三紀子訳)

投稿者 松尾 順 : 12:14 | コメント (0) | トラックバック

「インサイト」は大きな気づきとは限らない

「インサイト(洞察)」と聞くと、
びっくりするような「ビッグアイディア」を着想する「素」
のように感じますが、どちらかと言えば「コロンブスの卵」、
すなわち、「言われてみればそうだな!」と腹落ちするような
当たり前の「気づき」のことも多いのです。


ほぼ飽和状態にある市場だと思われる

「大人向け音楽教室」

において、2010年11月の新宿店からスタートした
ばかりの新興音楽教室が急成長しています。

この音楽教室は、

EYS MUSIC SCHOOL

です。(以下「EYS」)

「EYS」は、

Enjoy Your Sound

の頭文字を取ったもの。


1号店(新宿スタジオ)の会員数は3,000人、
同地区の音楽教室でトップクラスだそうです。

今月(2012年9月)1日には銀座スタジオもオープン。
開業1週間で、会員数は初月目標の100人を
超えたとのこと。

 
さて、EYSの成長を可能にしている

最大の鍵(KFS:Key Factors for Success)

は、

「希望者全員に楽器無料プレゼント」

でしょう。

26種類の楽器のうち、
和太鼓、コントラバス、琵琶を除いて
希望者は無料で新品の楽器がもらえるのです。

一番高額な津軽三味線は10万円相当だそうですが、
これも三味線教室に入会すれば無料でもらえる。

もちろん、1年間レッスンを続けることが
前提条件になっているものの、

「楽器がタダでもらえる」

というのは魅力的ですね。

入会の大きな

「インセンティブ」

になっているのは間違いありません。

というのも、特に初めて楽器を習ってみよう
という人は、そもそも最初にどの程度の楽器を
買うべきかわかりません。

続けられるかどうかわからないし・・・と、
適当に

「安いもの」

を購入すると、音質が良くなかったり、
細かいところの仕上げが粗かったりして、
練習していても楽しくないものなのです。
(そして続かない)

ところが、EYSに入会すれば、
そこそこの品質の楽器がすぐに手に入る。
(入会当日持ち帰れる!)

よくわからないのに、わざわざ楽器店に
行って購入する手間が省けるのもありがたい。

したがって、EYSの楽器無料プレゼントは、
見込み客の入会のハードルを大きく下げる
効果があると思われます。


さて、こうしてサービスとして実現されて
しまえば、たいしたことのないように思えますが、

「音楽を始めようと思っていても、
 最初にどの程度の楽器を買えばいいかわからない」

という消費者の不安に気づき、

「適切な楽器を入会とセットで提供すれば、
その不安は解消できるだろう」

というアイディア(そう考えただろうという推測ですが)
に結びつけたのは、素晴らしい「インサイト」では
ないでしょうか。


現状では、既存の音楽教室はどこもやっていない。

だからこそ、EYSが新興ながら成長している

KFS(Key Facters for Success)

になっているのだと思われます。


無料で提供するということは当然ながら
教室側の持ち出しであり、
利益率を下げることにつながっているのは
間違いないわけです。(レッスン料金を
高額にして、楽器代分を回収するような
ことはしていない)

それでも、EYS創業社長の吉岡秀和氏は、

“損して得取る”

戦略をあえて採用したのだそうです。


なお、EYSでは、入会者に対し、
毎回のレッスン後に必ずメールを送ること
に加えて、休んだ会員に対しては、

「講師直筆の手紙」

を送っているそうです。
(こうした丁寧な対応ができるのは、
外部講師ではなく、ほとんどの講師を
正社員として雇用しているからこそ、
徹底できることでしょう)

見込み客には、楽器無料プレゼントで、
入会のハードルを下げる。

そして、既存会員には、
手間のかかるコミュニケーションを
あえて行なうことで、講師との関係性を
深めて退会率を下げる。

さらに、レッスン後にくつろげる
スペースとして設置したラウンジでは、
生ビールを1杯100円で提供して、
会員間のコミュニケーションを深める
ようにしている。

どれも簡単にできそうで、
実はそう簡単には実行できないことを
きっちりやっているEYSは、
今後、音楽教室業界を席巻するかもしれません。


EYS MUSIC SCHOOL
http://www.eys-musicschool.com/

*日経新聞本紙(2012/09/14)、日経産業新聞
 (2012/19/14)の記事を参考にしました。

投稿者 松尾 順 : 11:35 | コメント (0) | トラックバック

私を勝手に「シニア層」にしないでください

「デモグラフィック・セグメンテーション」
(年齢や性別に基づくターゲット顧客の切りわけ)

は、扱い方を間違えると、お客様の神経を逆なで
してしまうことがあります。


以前、50代の女性エッセイストが、
日経新聞のコラムで嘆いていたことを覚えています。

彼女は、ある女性向け通販をよく利用していて、
そのカタログが届くのを楽しみにしていた。

ところが、50数歳の誕生日を過ぎたある日、
届いたカタログを見てみると

・腰回りがゆったりとした・・・
・ストレッチタイプで楽に着られる・・・

といったコピーが踊る商品が並んでいたのです。

要するに、シニア女性向けのカタログに
勝手に切り替えられてしまったということでした。

彼女はそのカタログを見ながら思わずため息。

自分が「老い」に近づいていることを無理やり
認識させられ、ちょっと気分が落ち込んだのでした。

果たして、彼女がその通販カタログでなんらかの商品を
購入したのかどうかまでは書いてありませんでした。

おそらく、残念な気持ちにさせられたカタログを
利用する気にはならなかったのではないかと思います。

さてつい先日、知人がフェイスブックの
タイムラインで嘆いていました。

彼は57歳の誕生日を迎えたばかりですが、
ドコモからDMが届いたとのこと。

『ドコモから、特別なあなたに。ご優待特典を、お届けします』

と書かれた封筒を開封してみると、

機種変更クーポン付き「らくらくスマートフォン」

の案内でした。

彼の言葉を借りると、

「とたんに意気消沈」

という気分に。

そして

「くそーiPhoneにしてやる!」

とも。


私も40代後半になってつくづく思いますが、
みんな何歳になっても、

「自分は若い」(年齢よりは)

と思っています。

私のダンスつながりの知人女性(50代後半)は、

「気分はいつも25歳」

と公言しながら(笑)、軽やかに遊んでいます。

また、ある調査によると、

「老けたね・・・」

と人に言われるのがもっとも不快なことです。

シニア向け商品だからと、

「シニアなんとか」

というネーミングにしたら、
全く売れないのも常識。


現在の日本では平均寿命も延び、
いわゆるシニア層と呼ばれる人々は、
以前よりも肉体的・精神的にもはるかに
若々しく、活動的です。

そもそも、年齢や性別に関わらず、
価値観やライフスタイル、趣味嗜好は
実に多様化しています。

同世代だから同じような考え方や生活を
しているとは必ずしも言えない。

ですから、単純に年齢や性別といった

デモグラフィック(人口統計的)なデータ

だけに基づいてセグメンテーションを行うのは
なるべく避けるべきです。

冒頭のエッセイストに送られた通販カタログ、
また、知人に送られたドコモのDMは、
明らかに、「年齢」だけでセグメントしている
としか考えられません。


おそらく、例えば「55歳以上」は

「シニア層」

と定義されており、機械的に

「シニア向けカタログ」
「らくらくスマートフォンの案内」

が送られる仕組みなのでしょう。


しかし、受け取った当人は喜ぶどころか、
逆に、ネガティブな気分にさせられている。

ネガティブな気分にさせてしまっては、
購買意欲の低下につながりかねないですよね。


シニア対象に関わらず、
デモグラフィックセグメンテーションの
扱いには細心の注意を払いましょう。

投稿者 松尾 順 : 11:15 | コメント (0) | トラックバック

どれだけ手間と時間かけてますか?

お客さんの心を掴みたいなら、
楽しよう、手を抜こうとしちゃいけません。

また、効率性を考えすぎてはいけません。

可能な限り、手間と時間をかけた
コミュニケーションが必要です。


世界的なベストセラーである、

『説得力の武器』

では、相手を説得するための効果的な

「コミュニケーションテクニック」

が実証研究に基づいて解説されています。

同書では主要なテクニックとして

「6つの原理」

が示されていますが、
最もパワフルな原理はやはり

「返報性の原理」

でしょう。

これは、

「受けた恩は返さずにはいられない」

という心理を利用するもの。

具体的には、こちらがまず相手にとって
何らかの得になることを提供して、

「恩義」

を感じさせ、その後の説得を有利に
展開しようとすることです。


人間は社会的動物です。

すなわち、集団で生活を営む動物であり、
お互いに助け合うことで社会が円滑に回る。

したがって、「恩義」を大切にすること、
「借りはきちんと返したい」という欲求は、
人間社会において、最も根底にある心理だと
考えられます。

だからこそ、「返報性の原理」は、
極めて効果の高い説得テクニックに
なりえるわけで、仮に相手が自分に対して
あまり好意を持っていなくても一定の効果が
あるほどです。


さて、「返報性の原理」は、
ビジネスにおいては、

・無料サンプルの提供
・プレゼント(記念日など)
・グリーティングカード(誕生日など)
・試食販売
・試着
・無料レンタル(一定期間後に販売)

といった形で採用されています。

どれも一定の効果があるのは確かです。

しかし、より効果を高めたければ、

「できるだけ手間と時間をかけること」

です。

しばしば、

「心のこもった贈り物」

という表現をしますが、これは、
贈り主がいろいろと考えてくれたり、
手間や時間をかけてくれたことが
伝わる贈り物のことです。


ですから、お誕生日のお祝いを
プログラムで自動送信しているだけのeメールや、
印刷された文面だけのカードをもらっても、
私たちはちっともうれしくない。

恩義を感じることはない。
なぜなら、人手がかかってないことがわかるから。
心がこもっていないから。

以前もご紹介しましたが、
ある通販企業には、お礼状を1枚1枚手書きで
書く人々が雇われています。

手書きの礼状やお祝い状は、
一定の時間や手間をかけたことがわかるので、
うれしいのです。恩義を感じるのですね。

そして、

「また買ってあげなきゃ(悪いな)」

という気持ちにさせるため、
リピート率の向上につながっています。


また、試供品の無料提供は文字通り、

「試してもらう」

ための方策としては有効ですが、
大量生産された商品をばらまいているだけでは、
やはり「ありがたみ」は少ない。

しかし、ちょっとした手書きのメッセージを
付け加えるだけで効果がまるで違ってきます。

そういえば、経営危機を乗り越え、さあ再出発
という時期のJALでは、客室乗務員の自筆の
メッセージを搭乗客全員に渡すといった工夫を
していましたね。


実は、ビジネスとして「返報性の原理」が
応用できるにも関わらず、それほど実施されて
いないことがあります。

それは、企業が持つ

「専門知識やノウハウ」

の積極的な公開です。

企業にとって、自社内にある専門知識やノウハウは、
あまりにも身近なもの。このため、たいして価値を
感じなくなっています。

しかし、外部の人々にとって、
それはとても価値が高いかもしれないし、
その知識やノウハウのおかげでなんらかの
問題解決につながることもある。

そうすれば、なによりも「恩義」に感じて
もらえるわけです。


自社がもつ専門知識やノウハウは、
あまり外部に出したくないという意識が働きますし、
わかりやすく伝えようとすれば、
手間と時間がかかるため、正直面倒だと感じるでしょう。

専門知識やノウハウの公開が、
それほど実施されていない理由はおそらく
こんなところでしょう。


しかし、だからこそ、
積極的に公開すれば、「返報性の原理」の効果が
大きく高まるのです。

なお、コンサルティングなどの専門サービス企業に
おいては、知識やノウハウは収益を生み出す商品です。

それでも、一定の範囲で積極的に公開することで、
評価が高まり収益向上につながるケースがしばしば、
見られます。

「返報性の原理」を自社ビジネスに応用するなら、
できるだけ手間と時間をかけること、効率性を重視
しすぎないことをぜひ心がけてください。

投稿者 松尾 順 : 12:41 | コメント (0) | トラックバック

赤青白のサインポールのない床屋なんて・・・

製品・サービス選択時の評価や意思決定を
無意識に行なわせる

「シグナル」(合図)

は極めて重要な働きをしています。


今年(2012年)8月末、事務所(文京区本郷)の近くに

「1,000円床屋」

がオープンしていました。

この理髪店のある通りはほぼ毎日通っているのですが、
開店して数日はまったく気づかなかったのです。

友人に教えられてようやく

「あれ、そうなんだ!」

と驚いた次第。

ちょうど髪を切ろうと思っていたところだったので、
早速入ってみたところ、閑古鳥が鳴いていました(笑)


チェーン店ではなく、個人での開業です。

徒歩10分圏内に同一価格帯の競合店はなく、
また東京大学も近いことから、立地としては

「穴場」

だと思われます。

オーナーさんに髪を切ってもらいながら、
話をしたところ、開業したてだし、夏休み中で
学生さんも少ないので、駅前でチラシを配布する
などの販促はまだ行なっていないとのこと。

まあ、最初から千客万来とは行かないにしろ、
お客さんが少ないのは残念なこと。

もちろん、開店したてで、そもそもの存在が
認知されていないのが最大の原因であるのは、
オーナーも自覚していました。

とはいえ、私自身、毎日前を通っているのに
気付かなかったのは、床屋でおなじみの

「サインポール」(赤・青・白の渦巻き模様)

がまだ手配中で届いていなかったという理由が
大きい。

料金などを表示した「立て看板」は、
外の見えるところに出してありました。

しかし、あのサインポールがないと、
たとえ床屋だとわかったとしても、
なんとなく店に入る気がしないものです。


私たちは小さい頃から、

「あのサインポールは床屋さんだ」

ということを経験などを通じて繰り返し学習し、
無意識に結びつけるようになっています。

「赤青白のサインポール」→「床屋」

という条件反射が形成されているというわけですね。

したがって、サインボールがない場合、
「床屋」であるとの連想が起こらず、

「たぶん床屋なんだろうけど、大丈夫かな・・・」

という不安をかきたててしまうのです。

つまり、床屋にとって、あのサインポールは、

「うちは正真正銘の床屋です」

ということを直感的に知らせることのできる

「シグナル」(合図)

としての重要な役割を果たしているのです。

ちなみに、冒頭の1,000円床屋の店頭には、
先日からサインポールが存在感を示しています。

やっぱりあれがあると違う!
今後、来店客は着実に増えていくことでしょう。


さて、床屋に限らず、私たち消費者はあらゆる場面で、
「評価」や「意思決定」を楽にすばやく行なうため、

「シグナル」

を利用しています。


たとえば、有名ブランドの

「ロゴマーク」

もシグナルの一つ。

私たちは、どれを選んでいいかわからないとき、

「ロゴマーク」

で選択することが多いものです。

有名ブランドは、

「品質」や「安全性」

などが、まず大丈夫であるということが、
過去の経験(本人、他人の経験や伝聞含む)
からわかっています。(そのように学習済みです)

だから、有名ブランドのロゴマークは、

「購入してもまず失敗しない商品」

というシグナルとして機能しているわけです。


また、思わぬものが

「シグナル」

の役割を果たしていることもあります。

ある通信講座のダイレクトメールでは、
資料請求をしてもらうためのレスポンスレター内の

「申し込み欄」(FAX用)

をカットしました。

今や多くの人がFAXは利用せずeメールで申し込んでくる。
だから、FAX用の記入スペースは不要と考えたのです。

ところが、eメール経由を含め、
資料請求数が大きく減ってしまいました。

なぜかというと、
レスポンスレター内の

「申し込み欄」

は、このレスポンスレターは

「資料を請求するためのものである」

というシグナルの役割を果たしていた
からなのです。

すなわち、実際にはeメールで資料請求するに
しても、申し込み欄は、

「資料請求」

という行動を呼び起こす呼びかけ(call to action)
としての働きをしていたのですね。

そこで、この通信講座では、
すぐに申し込み欄を復活させたそうです。


さて、あなたのビジネスにおいては、
ターゲット顧客が好ましいイメージや行動に
結びつけてくれる「シグナル」はなんでしょうか?

投稿者 松尾 順 : 09:33 | コメント (0) | トラックバック

ありふれた「コモディティ」にも常に革新の余地はある!

コモディティ(ありふれた汎用品)でも、
まだまだ革新の余地がいくらでもあることを
実感させられるのが、バルミューダの高級扇風機、

「グリーンファン(GreenFan)」

です。


2010年に初めて登場した「グリーンファン」は、
3万円を超える価格でした。2011年に発売された
小型化バージョン「グリーンファンミニ」も2万円台。

それでも、「自然風」のような優しい風が評価され、
飛ぶように売れました。

現在も堅調に売れ続けています。


バルミューダ社長、寺尾玄氏によれば、

「高級扇風機」

を開発することは、

「理詰めの決断」

だったそうです。

具体的には、

・冷房器具は必需品である
・地球温暖化の影響で需要はますます高まるだろう
・そして、省エネが叫ばれる時代、エアコンに代わるもの
 として扇風機の人気はたかまるだろう

といったことが開発を決断した理由です。

昨年は、震災後の福島原発事故により、
電力不足が懸念され、全国的に節電が推進されたことは、
同社にとってはまさに「追い風」となったようです。


さて、まるで自然風のような風が作れる

「グリーンファン」

に寺尾氏が取り組むきっかけは、
取引先の工場に行った際、扇風機を工場の壁に
向けて回していたのを見たことでした。

その工場では、扇風機の風を直接当てるのではなく、
壁に当てて一度バウンドさせて人に当たるように
していたのです。

なぜかと聞くと、

「扇風機の風は気持ちよくないから」

という答え。

寺尾氏が研究してみると、
従来の扇風機は、ファンで空気を切り取り、
渦を巻く「旋回風」を前方に送り出す仕組みのため、
肌に刺さるような硬さがあることがわかったのです。

これは、風の「弾丸」を受け続けているような
ものと言えるかもしれませんね。

実際、従来の扇風機にずっと当たり続けていると、
だんだんつらくなってくるものです。

そこで、グリーンファンでは、
ファンの形状を工夫し、風がふわっと広がって
「面」で人に当たるような仕組みになっています。

おかげで、自然のそよ風のような心地よさを
感じることができるわけです。

なお、グリーンファンには、風の心地よさに加えて、
静音性、省電力性といったメリットもあったことが、
高価格でも爆発的に売れた要因でしょう。


それにしても、今や扇風機なんて
1,000-2,000円くらいから買えるありふれた製品、
すなわち、

「コモディティ」(汎用品)

であり、ほとんど革新の余地はなさそうに思えます。

少なくとも、消費者の多くはそう考えています。

「まあ扇風機はこんなもんだろう」

と疑問を持たなくなってしまっている。

どのメーカーも大差ないと思い込んでしまっている。

言われて見れば、
確かに従来の扇風機の風は気持ちよくない。

しかし、自然の風とは違うとわかっているし、
そもそも「心地よい風」が出る扇風機を体験して
いない時点では、扇風機に対するそんな不満は

「顕在化」

しないものです。

したがって、おそらく消費者に対して、

「どんな扇風機が欲しいですか?」

と聞いたところで、

「省エネ」や「音が静か」

といった、既存の扇風機が、
既にある程度実現している機能や性能の延長、
改善点しか出てこないでしょう。


ですから、新製品開発担当者としては、
寺尾氏が、工場の壁に向けて扇風機が回っていたこと
に目を留めたように、日々の生活の中でものごとを
注意深く観察し、

「マイナーな兆し(行動)」

を目ざとく見つけ、それを新製品のヒントとして
拾い上げることが必要なのです。


バルミューダでは、
新製品開発に当たって、いわゆる

「マーケティングリサーチ」

は行なわないとのこと。

寺尾氏は以下のように述べています。(a)

「必要とされているものは、日本で暮らす以上、
 自身で感じ取らなければならない。人に言われる前、
 調査結果が出る前に自分自身で感じ取れないのであれば、
 リサーチャーとしての資格はないのではないかと思う。」

「ブレークスルーは“消費者の声”からは生まれにくい。
 消費者はあくまでも今あるものに対する意見を出すもので、
 ないものを生み出すのが自分たちの仕事。まず自分たち
 自身がユーザーであるという視点に立ちながら、自分たち
 の感覚を信じ、こんなものがあればすごい、という
 プロダクツを思いつき、開発にまい進する。その代わり、
 その感覚が受け入れられなければ…というリスクは常にある。」

ダイソンのファンのない扇風機、

「エアマルチプライヤー」

も革新的な製品ですが、やはり、

「消費者の声」

を直接聞いて生まれたものではないでしょう。


寺尾氏は

「自分はできる」

と信じてとことん真剣に取り組むことで
道は開けると考えています。


「どうせありふれた製品だから」
「高いと売れるわけないよ」

などと固定観念にとらわれず、

「どこかに革新のヒントが必ずあるはずだ」

という強い信念を持つことが、
新製品開発には最も必要なことなのかもしれません。


*当記事は、

・日経ビジネスアソシエ(2012.10)のインタビュー記事

・売り切れ目前の扇風機「GreenFan2」を生んだバルミューダ
 は何をしたのか(日経トレンディネット、2011/05/24)
 

・風を変えることに成功したバルミューダ代表寺尾玄氏に迫る
 (My VAIO MAGAZINE)
 

などを参考にしました。

*引用文(a)は、日経トレンディネットの記事からです。

投稿者 松尾 順 : 11:44 | コメント (0) | トラックバック

ショールーミング&アマゾンチェック対策

売り手にとって今、
最も悩ましいネットの消費者行動は2つあります。
(現実には、両者を組み合わせたものになることが多いのですが)

ひとつは、リアル店舗で品定めだけして、
購入はオンラインで行なう「ショールーミング」。

もうひとつは、通販カタログや様々なECサイトの
セール品を衝動買いするのではなく、アマゾンなどで
同一品・同等品の価格を比較して、最安値のサイトで
購入する「アマゾンチェック」です。


「ショールーミング」は、
リアル店舗において悩みの種。

しかも、スマホの浸透により、店頭でさらに簡単に
オンライン価格を調べることができるようになったので、

「ショールーミング」

はますます加速することが予測できます。


リアル店舗では、地代・家賃、光熱費、人件費など、
ネットと比較しても多額の維持運営費が必要です。

したがって、ネットほどの「安値」を打ち出すことは
なかなか難しい。店頭価格をネット価格に無理やり
合わせるお店もあるようですが、利益を削るだけの話。

また、「ポイントカード」が、
ショールーミング対策のひとつとして採用が
推奨されているようですが、ネットでも類似の
ロイヤルティプログラムをやっていれば、
あまり効果ありませんね。

現状、リアル店舗において有効なショールーミング対策は、

・オリジナル商品(プライベートブランド)開発
・既存商品のコーディネート、カスタマイズ提案
・接客サービスの向上

といったことになるかと思います。


一方で、

「アマゾンチェック」
(私が勝手にそう名づけました)

は、リアル店舗に加えて、
カタログ通販、テレビ通販、ECサイトなどに
とっても悩ましい行動です。

私もつい最近、ある通販カタログでいいなと思った
商品があり、購入しようしたんですが・・・

「ちょっとまてよ、いちおうアマゾンで同一品が
 あるかもしれないから調べてみよう!」

とブラウザーを立ち上げたら、
やっぱり同一商品が見つかりました。

しかも、カタログ価格よりも1,000円も安かった。

送料も無料となれば、カタログ通販を利用するような
アホなことは誰もしないでしょう。


なお、「アマゾンチェック」といっても、
実際には、商品カテゴリーによっては
アマゾンだけでなく、楽天、そしてカカクコム
なども当然チェックするわけです。

要するに、もはや「安い(かも)」と思わせて
衝動買いさせるのはますます難しくなっており、

「同じ商品なら安いほうがいい」

とネットを調べまくる消費者を売り手は相手に
しなければいけないのです。

では、アマゾンチェック対策はどうしたらいいのか
ということですが、やはりショールーミング対策と同様、

・オリジナル商品(プライベートブランド)開発
・既存商品のコーディネート、カスタマイズ提案

に取り組むことでしょう。

昔のように、問屋から商品を仕入れて並べるだけの
安易な小売商売はできなくなったということです。


なお、ECサイトについて補足すると、
リアル店舗では可能な、

・接客サービスの向上

が実質的にはできません。
(ヴァーチャルにはある程度可能だけれど)

したがって、別の方法でのECサイトの「利用体験」、
すなわち

「ユーザーエクスペリエンス」

の充実がポイントになってくるように思います。

では、具体的にどうすればいいのか、
なかなか即答は難しいですが、
大事なのは、

「楽しい気分」や「ワクワクする気分」

にさせることでしょう。

感情的に高揚すると、
多少の価格差は気にならなくなる。
つまり、財布のひもがゆるむのです。


リアル店舗の例になりますが、

「ドン・キホーテ」

の店内を見て回るのは、
楽しく、ワクワクする気分をもたらして
くれるものです。

そして、欲しい商品を見つけて、

「ネットでも購入できるかも?」

と思っても、ついついその場で
購入してしまう。

それは、ドンキが

「楽しいユーザーエクスペリエンス」

を店舗で提供できているから。


アマゾンチェックにやられないためには、
ECサイトでも、ドンキのような

「楽しいユーザーエクスペリエンス」

をオンラインでどうやって実現するか、
とことん頭を絞らなければなりません。

投稿者 松尾 順 : 10:55 | コメント (0) | トラックバック

商品(ブランド)に対する「直感的評価」を把握する方法

「プライミング効果」を活用した調査方法で、
商品(ブランド)に対する「直感的評価」が
より正確に把握可能になります。


「プライミング効果」は、最初に触れた情報などの

「刺激」(プライム=先行するという意味)

よって、その後に触れた情報などの解釈が
影響を受けてしまうこと。

例えば、人に

「自動車」「船」「電車」

といった「乗り物」に関する単語を見せた後に、

「空を飛ぶものは何ですか?」

と聞くとたいていの人が、

「飛行機」

と答えます。


通常、「空を飛ぶものは?」と聞いたら、

「鳥」

と答える人が多くなるはずです。

しかし、先行する刺激として提示された単語が
「乗り物」ばかりだったので、無意識に

「飛行機」

と答えてしまう人が多くなる。

これがプライミング効果です。

私たちの脳は、
基本的に様々な物事・情報を

‘連想づけて’

考える仕組みになっているため、
先行する刺激(プライム)の影響を
無意識に受けてしまうのですね。


さて、プライミング効果は、
消費者の購買意欲を高めるための
マーケティングやセールス施策においても
活用されていますが、
商品・ブランドに対する

「直感的評価」

を把握することにも利用可能です。

米国で行なわれた「香水瓶」のデザインに
ついてのある研究があります。

AとBの2つの香水瓶をパソコン画面で見せた後、

「魅力的な」
「洗練された」

といった形容詞をランダムに見せます。

すると、Aの香水瓶を見せた後で、

「魅力的な」

という単語をすばやく認識できたのです。

この実験においては、

「香水瓶のデザイン」

が先行する刺激(プライム)です。

そして、その後に示された刺激としての
形容詞は、香水瓶のデザインと同じか
類似すると感じたものが優先的に認識されるはず。

したがって、Aの香水瓶を見た人は、
直感的に「魅力的」と感じていたことから、
「魅力的」という言葉を認識することができた
ということが言えます。


この方法は、従来のアンケートやインタビュー
などによる商品・ブランド評価調査と比較して、
より直感的な評価、言い換えると

「無意識ですばやく下される感情的評価」

を把握できると考えられます。


従来のアンケートやインタビュー調査では、
商品(ブランド)を見せた後に、

「印象をお聞かせください」

と質問して答えてもらう方法になります。

この場合、思考する時間があるため、
様々な要素を考慮した上での

「理性的な評価」

の影響が出てしまう。

例えば、

「パッと見いいなと思ったけど、よく見ると、
 ちょっと色が派手かもしれないな!」

 (実は、その派手さが感覚的には好きだったの
  かもしれません・・・)

などと、考え始めると、
あれこれ迷いが出てきてしまうものです。

つまり、従来の調査では、
直感的な評価にブレが生じやすくなるのです。

しかし、香水瓶の研究で採用された方法であれば、
直感的な評価をそのまま得ることができると
考えられます。


近年の消費者行動研究、脳科学などの研究から、
私たちの「購買意思決定」は、

「直感的な(感情的な)評価」

によって大きな影響を受けていることが
明らかになってきました。

したがって、直感的な評価が正確に把握できる、
プライミング効果を活用した調査方法は、
今後大いに普及していくのではないかと思います。


*香水瓶の研究については、
 日経産業新聞(2012/09/06)のコラム、

 「三浦俊彦の目」

 から引用しました。

投稿者 松尾 順 : 09:38 | コメント (1) | トラックバック

同調すると「絆」が深まる

私たち人類を含め、「集団(群れ)」で生活する
動物たちは、お互いに相手の動きなどを真似し、
「同調」することを喜んで行ないます。

そうすることが、生き残りに有効であるからです。

また、「同調」は、運命共同体としての集団を
維持する上で不可欠であるだけでなく、お互いの
「絆」を深める効果があります。


動物には、単独で行動するものと、
群れを作って行動するものがいますね。

どちらも、厳しい環境に適応してきた進化の結果
としての行動パターンであり、どちらのほうが、
優れている・劣っているといったものではありません。

それで、群れで行動する動物たちは、
集団で生活し、助け合った方が生き残りに
好ましいということでそうしているわけです。

例えば、集団で飛ぶ渡り鳥たちは、
最も風を受け、エネルギーを消耗しやすい
先頭の役割を交替でこなしています。

そうすることで、目的地に確実に行くことが
可能になる。

また、天敵の大魚に狙われたいわしの群れは、
全体としてまとまり、巨大な球状の固まりと
なることで、大魚を圧倒しようとします。


さて、このようにお互いに助け合うことで
生き残りを図る「運命共同体」における個体
(個々人)は、

「他者と同調すること」

が基本的な行動となっています。

「同調」とは、文字通り相手の動きを
真似したりして同じ行動を取ることです。

同じ行動が取れるからこそ、
いざというとき、力を合わせて外敵に
立ち向かったりすることができる。

すなわち、「同調」は、
お互いを助け合うことにつながっている。

したがって、

「同調しあうこと」

はお互いの関係性=「絆」を深めること
にも役立っているのです。


私たち人間も、小さいころから

「同調すること」

を自然に学び、それを喜びと感じるように
なっています。

例えば、親と子供、あるいは友だち同士で、
リズムに合わせてお互いの手を打ち合わせる
素朴な遊びは世界のあらゆる地域で見られるもの。

また、恋人たちは、一緒に散歩し、
一緒にご飯を食べ、同じ映画を見て
一緒に泣き、あるいは笑い、また一緒に
踊ったりといった

「同調行動」

を通じて「絆」を深めていきます。


ですから、逆に言えば、
自分に対する相手の好感度を高め、
双方の関係性を深めたければ、
積極的に相手に同調しようとすることが
大切だということです。

セールスのテクニックのひとつに、

「ミラーリング」

というものがあります。

これは、相手がコーヒーを飲んだら、
自分もコーヒーを飲む。手を組んだら、
自分も手を組む、といったように、
相手の動きを鏡のように真似をすることです。

すると、相手の自分に対する好意が強まり、
商談に成功する確率が高くなることが
わかっています。

また、飲食店で接客係が客のオーダーを
取るとき、単に「かしこまりました。」
と言うのではなく、

「ご注文は、サーロインステーキですね!」

などと、客の注文内容をそのまま繰り返した方が、
チップの額が多くなるという実験結果もあります。


これは、外国での実験ですが、
チップの習慣のない日本の飲食店においても、

「オーダーの復唱」

はお客様の好感度・満足度を高め、
リピート率向上につながることが期待できます。


「人に合わせるのは苦手」という方も
結構多いと思います。(私もそうですw)

しかし、お客さんの好意を得たかったら、
また、大好きなあの人の心を射止めたかったら、
積極的にその人と同調行動を取る機会を作ること
をおすすめします。


(参考文献)

『共感の時代へ-動物行動学が教えてくれること』
(フランス・ドゥ・ヴァール著、柴田裕之訳、紀伊國屋書店)

投稿者 松尾 順 : 11:19 | コメント (0) | トラックバック

「発ガン物質」に過剰反応してしまうわけ

今年(2012年)4月の発売以来、
「特保」の認定を初めて受けたコーラ系飲料として、
好調な売れ行きを見せていた

「キリン メッツコーラ」

ですが、コーラの着色料として使われる

「カラメル色素」

の副産物として発生する

「4-MI」(4-メチルイミダゾール)

は、米・カリフォルニア州では

「発ガン物質」

として規制の対象となっていることが報道され、
消費者の不安をかきたてていますね。


この報道を受けて、
キリンでは以下のような公式発表を出しています。
(一部抜粋)

-------------------------------------------------

カラメル色素はもとより、商品に含有される4-メチルイミダゾール
の安全性については、国内および海外における各種公的機関の食品中
の4-メチルイミダゾールに関する安全性評価に基づき評価しております。」

当社見解としては、

「体重50kgの大人で、1日約16L(480mlペットボトル30本以上)」

を毎日飲み続けなければ、安全性に問題がないと判断しております。

また、表題の商品は特定保健用食品であり、1日あたり480ml
ペットボトル1本を摂取目安量としていることから、上述の安全性を
確保できるものと判断しておりますのでご安心してお飲みいただけます。

---------------------------------------------------

そして、もちろんメッツコーラは継続販売。
「明日のジョー」のコマーシャルも引き続き流れていますね。


実のところ、「4-MI」は、
コカ・コーラやペプシコーラを含む、
他のほとんどのコーラ系飲料にも含まれているもの。

メッツコーラだけが特別なわけではありません。

そもそも、私たちが普段口にしている天然の食物にも、
発ガン性が認められるものがいろいろとあります。


私たちが気にしなければならないのは、

「どの程度摂取するか・しないか」

ということです。

要するに‘食べ過ぎたら’危ないよということ。

適量であれば、発ガンリスクは極めて低いと
考えられるのです。

例えば、

「アルコール飲料」

もれっきとした「発ガン物質」として認定されている。

だからといって、好きなお酒を完全に止めてしまう人
は少ないでしょう。

多くの人は、過剰摂取しないように注意しながら、
引き続き楽しむのではないでしょうか。
(私もそうします。酒なくして何が人生か!)


しかし、これが理性的な判断・行動であるにも関わらず、
食品の安全性については、消費者が過剰反応してしまう
傾向がありますね。

なぜ、私たちは過剰反応してしまうのでしょうか?

ひとつには、マスメディアが、断片的、一面的な情報
しか伝えないため、いたずらに消費者の不安をあおり
がちであるということがあります。

もうひとつの理由は、古代の祖先にさかのぼります。

医学がまだ発達していない時代、
私たちは生き延びるため、「摂取量」に関わらず、
とにかく「毒」があると判断される食物は食べない
ほうが良い、ということを学んできた。

こうして、私たちは本能的に「毒」と感じられる
ものを避けるようになってしまったのです。

リスク研究で知られる心理学者、
ポール・スロヴィックは、人々の毒に対する
このような反応を

「直感的毒性学」

と呼んでいます。


理性的に考えれば、

「毒は投与量によって決まる」

ものであり、むしろ、

「適量の毒は、病気の治療にも使えるのだ」

といったことも理解・受容できるのですが、
感情的・直感的には、

「毒は少量でも回避したい」

という気持ちを抑えることは無理なのです。


また、私たちは基本的に

「損したくない」

という意識、すなわち「損失回避傾向」が
とても強いため、たとえ極めて低い確率であっても、
なるべくリスクを取らないことを好みます。

以上のような理由から、私たちは

「発ガン物質が含まれている」

と聴いただけで感情的にわさわさして
過剰反応してしまうのです。


したがって、身体の健康に直接影響がある
製品を作っているメーカーとしては、

消費者の反応は感情的・直感的なものであり、
「理屈」があまり通用しないこと

を踏まえて適切なコミュニケーションを
しなければならないということになります。
(難しい課題ですが・・・)


*「キリン メッツコーラ」に含まれるカラメル色素の安全性について
(キリンビバレッジ WEB品質保証室)

(参考文献)

『リスクにあなたは騙される-「恐怖」を操る論理』
(ダン・ガードナー著、田淵健太訳、早川書房)

投稿者 松尾 順 : 11:17 | コメント (0) | トラックバック

ますます重要になる「目利き機能」

企業は、売りたい商品を一方的に提示するのではなく、
個々の消費者にとって最適な商品を選び出す手助けを
しなければならない。

今、企業に求められているのは「目利き機能」です。


私たちは、一方的な押し付けよりも、
複数の選択肢から自分で選べたほうが
うれしいものです。

なぜ自分で選べるとうれしいのか
というと、私たちは、

自分の意思で自分のことは決めたい!」

という意識を根源的に有しているからです。

心理学の分野では、

「自己コントロール感」

と呼ばれています。

実際、自己コントロール感(の強さ)は、
幼児のころから見られますね。
(自分で服を着たがることなどもそのひとつ)


ところが、選択肢が多くなりすぎると、
比較検討する能力的限界、また時間的制約のため、
どれかを選択することが難しくなる。

結果的に、なにも選ばないで済ませるという

「選択のジレンマ」

に陥ってしまいがちです。


今の私たちは、あらゆる状況において

「選択のジレンマ」

に直面していると言えるかもしれません。

あらゆる商品カテゴリーにおいて、
多数の選択肢がある。

かつ、溺れてしまいそうなほどの情報で
あふれている。

じっくりと考えて選ぶことはほとんど不可能。

そんな状況で、購入すべき商品を
どうやって選ぶかとなると、

「いつも買ってるから」
「有名だから」
「友だちがいいと言ってたから」

といった、ある意味安易な、

「表面的なてがかり」

に基づいたものになってしまうわけです。

近年、「ブランド構築」がますます重要に
なってきている理由がここにあります。


では、企業側は、選択のジレンマ状態の消費者に
対して、ブランド力を高める以外にどんな施策を
打つべきでしょうか?

それは、ひとことで言えば、
消費者が自ら選択しやすくなるような情報や機能、
サービスを提供することですね。

もっと言えば、ある程度商品を絞り込み、
消費者一人ひとりにとって最適な少数の選択肢を
提示してあげることです。

例えば、今秋開設のWebサイト、

Stylepick
http://stylepick.jp/

では、若い女性を主な対象に毎月、
5種類の靴を提案し販売するサービスを
提供する予定。

会員登録の際、気に入った靴を3択で選ぶ質問を
十数回繰り返してもらい、ヒールの高さや、
デザインの傾向など10項目の視点から、
登録者それぞれの好みを把握する仕組みです。

また、服とのコーディネートの好みについても、
流行のファッションを着たモデルの写真を並べて
選んでもらうことで把握するようです。


上記Webサイトは「ソムリエ」などと同様、

「あなたは、これかあれがお好きなのでは?」

と相手の好みを踏まえて提案してくれる、

「目利き」

としての役割を果たしてくれるわけですが、
今後、消費者の選択を手助けする情報や機能、
サービスに対するニーズがますます高まるのは
間違いないでしょう。

私たちが直面する選択肢は増えこそすれ、
経ることはまずないからです。


実のところ、これまで
多くの企業が取り組んできた

「CRMサイト」

は顧客を登録会員化し、
購買履歴やコミュニケーション履歴を蓄積・分析
することで、個々の顧客に適した商品やサービス
提案を行なうことが主目的のはず。

ですから、CRMサイトは、

「目利き機能」

を的確に果たしてこそ、
顧客に喜ばれ満足度を高めることができる。
だからこそ、極めて有効な

「顧客維持施策」

となりうるのです。

ところが、現状のCRMサイトは、
まだまだ、既存顧客に対する手軽な

セールスコミュニケーション

のツールに止まっているところが多く、
十分な

「目利き機能」

を果たせていないように思えます。


企業が売りたい商品を一方的に押し付けるのではなく、
消費者が求めている商品を選択しやすくしてあげるために、
企業としてどんな情報・機能、サービスを提供すべきか、
改めて熟慮する必要があるでょう。


*「Stylepick」については、
 日経産業新聞、日経MJ(2012/09/03)から引用しました。

投稿者 松尾 順 : 10:23 | コメント (0) | トラックバック