予期しないものは見えない(注意の錯覚)

私たちは、周囲の状況をすべて、
「ありのまま」に見ているわけではありません。

というのも、ありのままを情報として取り込むには、
情報量が多すぎて脳の処理能力を超えてしまうからです。

したがって、その時点で自分にとって
関心がある、重要な情報に「注意」を絞りこんで、

「なんらかの変化の発生」

を予期しながら、
脳内に取り込む情報を取捨選択しています。


このため、「選択的注意」の実験として有名な、

『見えないゴリラ』

のようなことが日常でもよく起きるのです。

*『見えないゴリラ(Invisible Gorilla)』

このビデオをご存知ない方は、まずは素直に

「動画の指示」(白いシャツを着たチームが、
バスケットボールを何回パスしたかを数える)

に従ってみてください。


いかがでしたか?

すでにヒントが与えられているので、
ゴリラを見落とした方は少なかったかもしれません。

しかし、最初に行なわれた当実験では、
ビデオを見た人の半数近くが「ゴリラ」の登場を
見落としたのです。

「パスの回数を数える」という目的のため、
白シャツの人々の動きに「注意」を集めていると、
ゆっくりと横切る「ゴリラ」を見落とすというのは、
驚くべきことですよね。

おそらく、眼球では、ゴリラの存在を知覚していた
はずですが、脳内で情報処理(認知)されなかったので、
「見えなかった」ということになったのです。


ここで、「見えているはずのものを見落とす」

ということについては、

「他のことに注意を向けていたから」

という理由に加えて、もうひとつ
重要なポイントがあります。

それは、

「予期しないできごとは見落としやすい」

ということです。

先ほどの実験では、バスケをやっている人々の動画に
まさか「ゴリラ」が登場するとは予期していなかったことが、
見落とす割合を高めたのだと考えられています。


実は、

「予期していないできごとは見落としやすい」

という私たちの認知の限界(「注意の錯覚」)は、
私たちが遭遇する様々な事故の発生原因ともなって
いるのです。

例えばバイク事故では、自動車ドライバーが、
前方反対車線からバイクが直進してきていることを
見えているはずなのに、強引に左折(日本では右折)
しようとして起きる割合が高いそうです。

ところが、バイク事故を起こしたドライバーは、

「突然バイクが目の前に現れた」

などと証言するのです。

つまり、バイクが来ていることをわかっていながら、
強引に曲がろうとしてわけではないと。これは一見
「言い訳」にも聞こえますが、実際に見落としていた
可能性が高いのです。

なぜなら、自動車ドライバーにとって、
他の自動車に比べて、バイク(自転車等)は、
遭遇する回数がはるかに少ないため、

「予想外」

の存在になっているからです。

すなわち、自動車ドライバーにとって
予期しないバイクの登場は見落としやすいのですね。

ですから、バイクの数が増加すれば、
自動車ドライバーにとって彼らの登場は、
予想外のものではなくなり、事故が減少していく
可能性が考えられます。


近年、日本では趣味や通勤で自転車に乗る人が
増加しており、その結果として、自動車と自転車の
事故が増加傾向にありました。

しかし、最近の統計を見ると減少する傾向にあります。

自転車に乗っている人が、自動車事故に遇わないように
危険を避ける方法を学んだということもあるでしょうが、
むしろ、自動車ドライバーにとっては、自転車が道路上の
ありふれた存在となったため、

「予期できる存在」

になったことが大きいのではないでしょうか?


実際、カリフォルニア各都市と、ヨーロッパ数カ国に
を対象に、歩行者および自転車が遭遇する事故の割合を
調べた調査によれば、歩行者と自転車が事故に遭う件数は、

・自転車・歩行による移動が最も多い都市で最も少なく

・自転車・歩行による移動が少ない都市で最も多かった

であり、直感的な思い込み(自転車・歩行者が多いほど、
事故も多いだろう)と反した結果になっているのです。


さて、これまで述べてきた認知限界=注意の錯覚は、
裏返せば、「集中力」を発揮しているということであり、
それ自体がネガティブなものではありません。

そして、日常生活のほとんどの「見落とし」は、
トラブルになることもなく、取るに足らないものです。

しかし、自動車・自転車等の運転や、危険な工具類を
利用している時など、何らかのトラブルが大事故に
つながりねない状況では、私たちは誰もが、

「注意の錯覚」

を持っているのだ、という自覚が必要となるでしょう。


*以上の内容は、『錯覚の科学』を参考にしました。


『錯覚の科学』
(クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ著、
 木村博江訳、文芸春秋)

投稿者 松尾 順 : 2012年07月17日 11:15

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.mindreading.jp/mt/mt-tb.cgi/1256

このリストは、次のエントリーを参照しています: 予期しないものは見えない(注意の錯覚):

» www.rapid-ukloans-online.co.uk from www.rapid-ukloans-online.co.uk
デイリーブログ『マインドリーダーへの道』 [続きを読む]

トラックバック時刻: 2013年06月08日 06:52

» i thought about this from i thought about this
予期しないものは見えない(注意の錯覚) [続きを読む]

トラックバック時刻: 2013年07月28日 12:18

» parfum lolita lempicka from parfum lolita lempicka
デイリーブログ『マインドリーダーへの道』 [続きを読む]

トラックバック時刻: 2013年12月04日 21:36

コメント

コメントしてください




保存しますか?