津波に対する知覚リスクが低下?

津波に対して感じるリスク(知覚リスク)が、
東北地方太平洋沖地震以降、逆に低下している
可能性があります。

------------

行動経済学の研究で明らかになっている

「バイアス」(知覚や思考のゆがみ)

のひとつ、

「アンカリング(係留)」

はご存知でしょうか?

具体例で示すと、

定価「2万円」のところ半額の「1万円」

といったセールの値札を見た時、
2万円が比較の基準となっているため、
1万円が安く感じますよね。

これは、「アンカリング」がもたらす
バイアスです。

値札情報として提示されている

2万円

が基準点=係留点となり、

「2万円に比べたら1万円は安いな」

という、1種の錯覚を起こさせて
いるわけです。

上記の例のように、
アンカリングはマーケティングや
販売の施策でよく活用されています。


さて、話を戻しますが、
2011年の東日本大震災はとりわけ、

「津波」

によって甚大な人的・物的被害をもたらしたにも
関わらず、津波に対して人々が感じるリスクが、
逆に低下している可能性を示唆する調査結果が
あります。


大木聖子氏ら(東京大学地震研究所助教)は、
大震災のちょうど1年前、2010年3月に日本全国
を対象する調査を行い、

津波の高さに対して危険を感じる度合い

を調べていたのです。

設問としては以下のようなものでした。

------------------------

Q.あなたは、どのくらいの高さの津波を
危険だと感じますか?

(1) 10cm以上
(2) 50cm以上
(3) 1m以上
(4) 3m以上
(5) 5m以上
(6) 10m以上


Q.あなた自身は、どのくらいの高さの津波で
 実際に避難行動を開始しますか?

(選択肢は前の設問と同じ)

-------------------------

そして、震災後の2011年4月には、
震災の直接の被害を受けていない地域、
静岡県以西、瀬戸内海に面する17府県の人々に
対して同様の質問をしたところ、

「震災後、津波に対するリスク感度は
 高くなっているだろう」

という予想(仮説)に反する答えが得られたのです。


震災の1年前は17府県の人々は、

・3m未満でも危険と回答:70.8%

でしたが、震災直後は

・同:45.7%

と大きく低下したのです。

また、実際に避難行動を開始する津波の高さに
ついても

・(震災前)3m未満で避難を開始する:60.9%
・(震災後)同:38.2%

とやはり大きく低下。

津波に対するリスク感度は、
全体としては鈍くなっているという結果に
なったのです。


なぜこんな結果になったのでしょうか?

その有力な理由(仮説)として考えられるのが、

「アンカリング」

なのです。

震災後、マスコミ報道では、

「大船渡の津波23m」

「津波37.9m 国内最大級 宮古・田老地区」

といった表現が繰り返し流されました。

いかに「高い津波」が
東北を襲ったかが強調されたのです。

こうした報道を目にした人々にとっては、

3m未満の津波

はそれほど大したことがないように
感じられるようになってしまった。

つまり、23mに対して3mという高さは
アンカリング効果によって過少な数字に
見えてしまっているのではないかと
考えられるのです。

現実には、50cmの津波でも、
人々は立っていることができませんし、
木造家屋は、2mの津波で多くが全壊して
しまうほどの脅威があるのですが。


大木氏は、この調査結果が示すように、
情報の提示のされ方によって、
人々のリスク感度が鈍くなる可能性を
踏まえて、

「1mで木造家屋は半壊、2mでは全壊」

といった平時には伝えられている基本知識を

災害発生時の報道や防災無線の呼びかけ

においても、付け加えるべきこと。

また、「10mを越える大津波」といった
表現をする際には、

「1mでも危険である」

という注意を補足することを提言しています。


アンカリングは、私たちの

無意識の直感的判断

に影響するだけに、単に

「心がける」「気をつける」
だけでは制御することが難しいもの。

適切な情報提供の工夫が必要なのです。


*津波の調査については、

『リスクの社会心理学』

のコラムを引用しました。


『リスクの社会心理学』
(中谷内一也編、夕斐閣)

投稿者 松尾 順 : 2012年09月26日 10:45

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.mindreading.jp/mt/mt-tb.cgi/1307

コメント

コメントしてください




保存しますか?