音楽家はサービス業

山形交響楽団は、同交響楽団音楽監督、
飯森範親氏の優れたマーケティング思考によって、
劇的な改革を成し遂げた興味深い事例です。

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山形交響楽団(以下「山響」)は、
今年(2012年)に40周年を迎える比較的小規模な
シンフォニーオーケストラ。

第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した

『おくりびと』(2008年)

に、山響が出演したことを
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。


さて、他の多くのオーケストラと同様、
過去の山響はコアなファンはいるものの、
集客は頭打ち。

会員もなかなか増えず、
楽団経営は厳しい状況が続いていました。


そんな山響を大きく変えることに成功したのが、
2004年に常任指揮者に就任した飯森範親氏でした。

飯森氏は就任後、

「音楽家はサービス業」

という考えの下、

「一度来ていただいたお客さまを絶対に放さない
(繰り返し足を運んでもらう)」

という姿勢、すなわちリピーターやファンを
増やすことを重視した、さまざまな改革に着手したのです。


彼が行なった一連の改革は、極めて優れた

「マーケティング思考」

に基づくものだと言えます。

私なりにポイントを整理すると3つ挙げられるでしょう。

1 (商品改革)聴衆の鑑賞体験のクオリティを高める
2 (コミュニケーション改革)山響の魅力を効果的に伝える
3 (運営改革)コンサートに足を運びやすくする

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1 商品改革

聴衆が楽しむオーケストラの演奏を

「サービス商品」

と考えると、まず商品そのものの

「クオリティ」

を高めることが大事ですね。

飯森氏は、「演奏」という商品の改革のため、
以下のような指示を事務局に対して指示しました。

・音響の良い「山形テルサ」(ホール)での公演を増やす

 山形テルサは収容人員が少ないため、
 他の収容人員の大きいホールよりも1公演
 あたりの経費が重くなります。

 それでも、飯森氏は、優れた音響で演奏を
 楽しんでもらうことが重要だと考えたのです。


・定期演奏会にはソリストをなるべく毎回呼ぶ 

 人気のソリストを呼べば、やはり集客力がアップします。
 経費は増えますが、鑑賞体験はより魅力的なものとなる
 のです。


・開演前に指揮者が「プレ・コンサート・トーク」を行なう

 「プレ・コンサート・トーク」は、演奏会の直前に
 指揮者が舞台に出て行き、当日演奏する曲の背景や歴史、
 エピソードなどを解説するもの。
 先日の記事「平均的顧客はいない」でも示したように、
 こうした解説があると、トライアリスト(初めての客)や
 クラシック初心者はより演奏を楽しむことができますね。


・CDをたくさんリリースする

 地方のオーケストラがCDを出すのは珍しいことですが、
 CDを収録する際、自分たちの演奏を楽団員が聴くことに
 よって、演奏のクオリティは格段にアップするのだそうです。

 CDを販売することはもちろん宣伝にもなり、
 山響の演奏をCDで聴いたクラシックファンが、
 全国から山形にやってくることも増えました。

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2.コミュニケーション改革

どんなに素晴らしい演奏ができても、
その良さを上手に伝えなければお客さんは、
興味を示してはくれません。

マーケティングコミュニケーションのキモは、

「良いものをより良く見せる」

ということなのです。

飯森氏は、山響に

『食と温泉の国のオーケストラ』

というキャッチフレーズをつけました。

山形の「食」のおいしさ、
そして山形のすべての自治体にあるという、
豊富で個性的な「温泉」の魅力を抱き合わせにして、

「魅力あふれる山形のシンフォニーオーケストラ」

という

「ブランドアイデンティティ」

を明確化したのです。

このキャッチフレーズは、

「山響・温泉グルメツアー」

という演奏会と温泉・食事をセットにした
旅行パッケージとしても具現化され、
県外の客を多数集めることにつながりました。


また、定期演奏会の年間プログラムは、
従来は、A3のチラシを折りたたむスタイルでしたが、
飯森氏は、フルカラーの立派なプログラムを
作ることを指示。

なんとか経費をやりくりして作ったところ、

「山響が変わった」

という印象を一発で与えられる効果があり、
山響のステータスも上がった。

聴衆からも好評を博したのです。

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3.運営改革

飯森氏就任以前、
山響の定期演奏会の日程は月曜や木曜など、
平日がほとんどだったそうです。

しかし、飯森氏以降は、

金・土・日

に開かれるようになりました。

以前は、客が聴きに行きやすい日程を選んで
コンサートを開くという、言われてみれば
ごく当たり前のことができていなかったわけです。

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山響は、こうした飯森氏の一連の改革によって、
経営の黒字化を果たし、昨年の大震災の影響を
受けながらも、今年、無事に40周年を迎えました。


飯森氏は、

『マエストロ、それはムリですよ』

の中で次のように語っています。

「消費者のニーズをリサーチするアンテナを張ることで、
 それに敏感に反応しながら、常に先を行く、良い意味で
 消費者の期待を裏切るようなレアな商品を提供し続ける」

飯森氏は、「指揮者」としてだけでなく、
事業会社の「マーケター」としても
間違いなく成功したことでしょうね。


飯森氏のこうした考え方、
そして山響で行なった改革のアプローチは、
他のオーケストラにとっても良い

「ロールモデル」
となるだけでなく、

「こんなに良い商品なのに、なぜみんなわかってくれないんだ」

と独りよがりで、顧客志向の欠如した他の業界にも
大いに参考になるのではないでしょうか?


*山形交響楽団
http://www.yamakyo.or.jp/

*「平均的顧客はいない」(マインドリーディング・ブログ)

『「マエストロ、それはムリですよ・・・」
 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~』
(松井信之著、飯森範親監修、ヤマハミュージックメディア)

投稿者 松尾 順 : 10:25 | コメント (0) | トラックバック

「ゴールデンライン」ならぬ「シルバーライン」

以前よく唱えられていた、

‘お客様のために(For the Customer)’

という考え方は、しばしば企業側の
独りよがりな製品・サービスの押し付けに
なることがあります。

そうではなく最近は、

‘お客様の立場で(from the customer's point of view)’

で考えるべきだと、
言われることが多いですね。


確かに、この主張は正しいと思います。

ただ、‘お客様の立場で’考えることは、
決して簡単なことではありません。

例えば、男性が女性の立場になって物事を
評価したり、判断できるようになるのは大変。

ユニ・チャームの創業者、高原慶一朗氏は、
自社製品の生理用ナプキンを自分で着用してみた
という話がありますが、そんな努力が必要なんですね。


また、高齢化社会へと突入した日本において、
高齢者に優しい製品・サービスの開発が不可欠ですが、
若い人が

「高齢者の立場」

で考えるのも容易ではありません。

私自身、いわゆる「老眼」を実感する最近になって初めて、
小さい字を読む「つらさ」が理解できるようになってきました。


結局のところ、‘お客様の立場’で考えられるように
なるためには、ユニ・チャームの高原氏のように、
お客様の持つ具体的な特性や状況を疑似体験してみるのが
最も有効です。

食品スーパーのマルエツでは、
視野が狭くなる「白内障ゴーグル」を装着したり、
おもりを体につけるなどして、
自店内で買い物をしてみる、

「高齢者疑似体験」

を売場に出る店長からアルバイトまで16,000人を
対象に実施。この体験からの「気づき」を元に、
改善提案を募集しました。

これまで300件の提案が寄せられ、
各店で様々な取り組みが行なわれているそうです。


例えば、100円均一のお菓子売場の「陳列方法」は、
従来は大容量のものを下段に、
上段にいくほど少容量のお菓子を並べていました。

この方法は、「見栄え」を優先した陳列でした。

しかし、高齢者は高いところに手が伸ばしにくいこと、
視線が下方向に行きがちなことを発見。

これは、背が曲がり始め、また肩関節の可動領域が
狭くなって、手を高くあげることが困難になりつつある
高齢者だからこそ起きることでしょう。

そこで、高齢者が好む和風や小袋の商品を
最下段に置き、大容量のポテトチップを最上段に
置くなど、商品陳列を上下入れ替えています。

同様の商品陳列の入れ替えは、
他の売場でも実施されたそうです。

結果として、目に見える販売促進効果が
あったとのこと。


従来、目線の高さにある棚は、

「ゴールデンライン」

と呼ばれ、最も商品が手に取られやすく、
売れやすいため、ゴールデンラインには
売れ筋商品が並べられていました。

しかし、高齢者が
メインターゲットのお店ではもはや、

「ゴールデンラインの法則」

は通用しない可能性が高いわけです。


一方、マルエツでは、最下段を

「シルバーライン」

と呼んでいます。

そして、シルバーラインには、
高齢者向けの商品を配置する工夫を
行なっているというわけです。


「疑似体験」で得られるような気づきは、
アンケートやインタビュー調査などを通じて、

「言葉で聴き、言葉で答えてもらう方法」

ではなかなか得られないもの。

「行動観察」と並んで、

「対象顧客の疑似体験」

もまた、消費者についての有益な

「洞察」=「インサイト」

を発見する手段としてもっと活用すべきでしょう。


*マルエツのケースは、
 日経MJ(2012/08/03)の記事から引用しました。

投稿者 松尾 順 : 09:29 | コメント (0) | トラックバック

飲食店は原価率5割が繁盛のカギ?

レストラン、居酒屋などの料理がメインの飲食店では、
一般に、売上に対する食材・飲料の仕入原価の割合、すなわち

「原価率」

は30%程度に抑えるのが適正とされてきました。

原価率が30%程度でないと、

地代・家賃、光熱費、人件費

といった他の諸経費をカバーしつつ、
相応の利益を出すことができないからです。


ただ、客の立場から言わせてもらうと、
30%程度の原価率だと、

「まあ、価格並みの味だな」

という感想に落ち着きます。
言い換えると、

「可もなし、不可もなし」

といったところ。

満足度調査をやったとしたら、

「どちらでもない」

と答えるか、ちょっとお世辞が入って、

「まあ満足」

と答えてくれるのがせいぜいではないかと思います。


飲食店も立地型ビジネスです。

出前でもしない限り、
基本的にこちらからお客さんのところに
出向いていくことは難しい。

となれば、いかに「リピーター」を
増やしていくかが重要です。

そして、このためには、料理の質を上げ、

「価格の割にとてもおいしい!」

という感想をお客様からいただけることが
大事なのではないかと思うのです。

というのも、料理がおいしければ、
多少サービスの質が低くても我慢できますが、
料理がまずければ、どんなにサービスが手厚くても
リピートする気にはならないからです。


さて最近、本格的なフランス料理が
立ち食いスタイルで楽しめる

「俺のフレンチGINZA」

が連日行列ができる人気を集めています。

俺のフレンチは、今年7月には3号店となる

「俺のフレンチEBIS」

をオープンしていますが、
こちらもたちまち人気店になったようです。

人気の秘密は、
一流レストランで働いていたシェフがつくる
本格フレンチ料理が他店の半額以下で楽しめること。

日経本紙の記事(2012/08/01)によると、
来店客の20代女性は次のようにコメントしています。

“このおいしさで、この価格ならまた来たい!”


同店の原価率は50%とのこと!

一般に、原価率40%を越えると、

「値段のわりにおいしいな!」

という、「大満足」と答えたくなるレベルに
なりますが、原価率が50%ともなると、

「値段のわりにこのおいしさはすごい!」

という「感動」レベルまで満足度が上がってきます。


上記の「俺のフレンチ」では、
立ち食いスタイルを採用するなど諸経費を
抑えつつ、回転率を高めることで、
高い原価率でも利益を確保できるような工夫を
しています。


ちなみに、回転寿司チェーン大手の、

「あきんどスシロー」

も原価率50%。

やはり、他のチェーンと比較して
群を抜く「おいしさ」が人気ですね。


長引く景気低迷と所得の低下によって、
家食べ・家飲み頻度が高まり、
外食比率が低下し続けている昨今、
一般消費者向けの飲食店は、

「絶対的な安さ」
(味はそこそこであきらめてもらう)

か、あるいは、

「値段のわりに驚くほど美味しい」
(利益を確保するための様々な工夫が必要)

のどちらかを目指すしかないと思うのですが、
いかがでしょうか?

投稿者 松尾 順 : 14:12 | コメント (0) | トラックバック

お客様の「コントロール感」を奪ってはいけない!

販売や交渉などにおいて、こちらの要求
(商品を購入してほしい、当方の条件を認めてほしい等)
を相手に‘心地よく’受け入れてもらいたいなら、
言い換えると、上手に説得したいなら、
ぜひとも覚えておくべき点がひとつあります。

それは、相手の

「コントロール感」

を奪ってはいけないということです。


コントロール感とは、端的には、

「自分の判断でものごとを決めたい」

という欲求のこと。

人は誰しも、多かれ少なかれこの

「コントロール感」

を持っています。

したがって、相手に選択の余地を与えなかったり、
強制的な物言いをしてしまうと、

「心理的な抵抗(リアクタンス)」

が生まれ、要求が受け入れられなくなります。


さて、この

「相手のコントロール感を奪ってはいけない」

という、「説得における基本中の基本原則」は、
サービスの現場においても重要です。


大阪ガス行動観察研究所が、
某レストランチェーンのホールでの、
接客スタッフの様子を‘行動観察’し、
「優秀店」と「標準店(平均的な店)」との違いを
確認したところ、さまざまな違いが発見されたのですが、
その中には、「コントロール感」に関する違いもあったのです。

客のテーブルに空になったお皿が残っている時、

「お下げしてもよろしいでしょうか?」

と聴き、それに対してお客さまがうなずくなど、
ちゃんと相手の「許可」が得られたことを確認してから
下げるのが優秀店です。

ところが、標準店のホール係の場合、

「お下げしてもよろしいでしょうか?」

と言い終らないうちに、
皿に手がかかっていることがあるのだそうです。

つまり、実際には客の許可を得る前に、
強制的に皿をさげてしまう。


どうせ空の皿ですから、
どちらにせよ下げられても問題はないはず。

それでも、自分が許可を与える前に
勝手に下げられてしまうと、
心がわさわさしてしまうわけです。

というのも、「コントロール感」を
奪われたからなんですね。


上記の例は、たいしたことではない違いに
感じられるかもしれません。

しかし、こうした細かい気配りの有無が、
愛され、リピートされる店になるかどうかの
分かれ目になっているのです。


あなたも、様々な状況における、
お客様とのコミュニケーションにおいて、
相手の「コントロール感」をうっかり奪って
しまっていないか、検証してみたらどうでしょうか?


それにしても、まだビール一口分くらい
残ってるのに、新しいビールと交換に
黙って持っていってしまう店ありますよね。

しかも、「まだ残ってます」などとは、
「セコイ!」と思われるようで言いにくいので、
二重に不愉快です。

そんなお店には私は二度と行きません(笑)


<関連ブログ記事>

影響力を解剖する(11)コントロール感ー1

<参考文献>

『ビジネスマンのための「行動観察」入門』
(松波晴人著、講談社現代新書)

投稿者 松尾 順 : 09:43 | コメント (0) | トラックバック

おもてなしの天才

レストランやホテルなどの「サービス産業」では、

「人の採用」

が成功の鍵だとよく言われますね。


マナー・礼儀作法のような表層的な

「接客技術」

は教えることができます。

しかし、人が口には出さないけれど、
心の奥底で望んでいることを
ちょっとしたしぐさやことばから察して、
適切な対応が自然に取れる、

「おもてなし(ホスピタリティ)の心」

は教えることができないからです。


ニューヨークのレストラン業界で大成功している、

ユニオン・スクエア・ホスピタリティ・グループ(USHG)

のCEO、ダニー・マイヤー氏も上記の考えを持っています。


彼の自伝的著作、

『おもてなしの天才』
(ダニー・マイヤー著、ダイヤモンド社)

でマイヤー氏は次のように書いています。


“(レストランにおいて)高いクオリティを維持しながら、
 温かいおもてなしをするために、情緒面と技能面の両方に
 注意してスタッフを採用する。”

“理想的な候補者を100とすれば、技能面での優秀さが49%、
 もてなしに必要な生来の情緒面の能力が51%となる。”

“従業員はとにかく51%の人々を採用しなければならない。
 技術的な研修は容易であるが、情緒面の能力を教えて
 修得させることはほぼ不可能だ。”


マイヤー氏は、自分のレストランが成功した理由は、

サービス」と「ホスピタリティ」

の違いを理解したことにあると同書で書いています。


“サービスは「独り言」、ホスピタリティは「対話」である。”

“ お客様の側に立つというのは、お客様の言葉に耳を傾け、
 五感すべてで気持ちをくみとり、思慮深く、礼儀正しく、
 適切な対応をすることだ。”

“すばらしいサービスとホスピタリティのどちらもそろってこそ、
 最高の店になれる”


私なりに言い換えると、

「サービス」

は技術的に提供可能なことに過ぎません。

さらに、情緒面の能力が必要とされる

「ホスピタリティ」

が伴わなければ、
最高の店にはなれないということでしょう。


考えてみれば、「サービス」は手厚いが、

「ホスピタリティ」

はかけらもないという店、たくさんありますね。


マイヤー氏の考え方は、
石川・和倉温泉の加賀屋のような人気旅館で体験できる、
日本人の繊細なおもてなしの根底に流れているものと、
実によく似ています。

勝手な決めつけかもしれませんが、
マイヤー氏は日本人以上に繊細なおもてなしの心を
持っている方だと感じました。


彼の考え方を
現場のすみずみまで浸透させたレストランが、
競争の激しいニューヨークで、
長年トップの座を維持しているのは当然の成果でしょうね。

同書は、

「サービスの本質」

を理解できるだけでなく、
マイヤー氏がレストランビジネスを立ち上げて
成功するまでの「リアルケース」を通じて、

「経営の本質」

を学べる経営書でもあります。


サービスやレストランに興味のある方だけでなく、
経営、リーダーシップ、人材マネジメントに
興味のある方にも一読をお勧めします。


『おもてなしの天才-ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』

投稿者 松尾 順 : 10:29 | コメント (4) | トラックバック

「マニュアル」に不備はありませんか?

「マニュアル」に依存しすぎることの弊害を示す例として
よく知られた次のような話がありますね。


(ハンバーガーショップにて)

客「えーと、ハンバーガー20個ください!」
店員「こちらでお召し上がりですか?」


この店員は、自分の頭を働かせず、
マニュアルどおりに「口パク」しているだけ。

だから、ハンバーガー20個も注文したお客さんが、
その場で「お召し上がり」するわけはないだろうという
状況判断ができないというわけです。


ただ、「ハンバーガー大食い競争」で上位を狙う人なら、
いちどに「60個」とか食べられる力量が必要ですから、

「こちらでお召し上がり」

ということもありえないことではないですけど・・・


さて、マニュアルは、端的には、
最低限遵守すべき「基本行動」を記述したもの。

言い換えると、スタッフに期待する行動に対する

「最低要求水準」

を示したものです。


マニュアルの意義は、主に新しいスタッフに対して、
最低要求水準の行動を短期間で身に付けてもらうこと
にあります。

マニュアルのおかげで
まだまだ未熟な新人さんの技量の底上げが図れます。


ですから、

「マニュアルなんて役に立たない、不要だ!」

などと頭から否定する人は
ある意味、考え違いをしています。

「マニュアル」で最低限のところを押えた上で、
さらに、マニュアルを超えた臨機応変で柔軟な行動や
サービスを行えるようにするために必要な人材教育に
注力するのがポイントなのです。


ただ同時に、そもそもマニュアルに記述された

「最低要求水準の行動」

は永久不変、固定的なものではない点を認識しておく
必要があります。

日々変化する外部環境に応じて、
マニュアルの内容を頻繁に見直して改訂し、
最低要求水準自体を引き上げていくべきなのです。
(現実には、ほとんど改訂されないままのマニュアルが
 多いですよね)


「外務省のラスプーチン」と呼ばれた佐藤優氏が
次のようなことを書いています。

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「マニュアルがだめだ」という事例で、
次のような事例があげられることが多い。

<ファミレスで、「急いでいるから、カレーライスにして」
 と言った。カレーライスがすぐにでてきたのはいいが、
 ウェイトレスが「ごゆっくりどうぞ」と言った。
 癇にさわる。だからマニュアル型の教育はだめだ>

この事例は、マニュアル型の教育の欠陥を示すものではない。
マニュアルの不備を示すものに過ぎない。マニュアルを
次のように改訂すれば、解決することができる問題である。

<お客さんに食事を出すときは、「ごゆっくりどうぞ」と
 言うこと。ただし、お客さんが「急いでいる」という場合には、
 この言葉をかけてはいけない>

出典:『30歳ビジネスパーソンのためのインテリジェンスの技法』
    (Think! 2008 No.26)

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近年は、昔なら教えなくても良かった基本的なマナーや振る舞い
を知らない新人さん、また‘KY’な新人さんが増加しています。

もし、現行のマニュアルだと業務上のトラブルが絶えない、
あるいは、お客さんからのクレームが多いということであれば、
それはマニュアル依存傾向の強まっている新人さんだけの問題でなく、
マニュアル自体に不備がないか再検討すべきではないでしょうか?

投稿者 松尾 順 : 16:06 | コメント (0) | トラックバック

中村文昭さんのお客さんに対する思い

先日、中村文昭さんの講演を
久しぶりに聴く機会がありました。

聴いたことのあるかたは賛同いただけると思うのですが、
中村さんの話はとびきり面白いですよね。

このため、全国から講演の依頼がひっきりになしに舞い込み、
今や年間300回以上の講演をこなすため、全国を飛び回る毎日
だそうです。


私も中村さんの大ファンの1人です。
これまで合計10回くらい話を聴いてますが、
今回のお話もやはり最高でした。


さて、中村さんは三重県の生まれ。

18歳で上京した後、貧乏生活の中で人生の師匠と出会い、
八百屋の行商や六本木でのバー経営を経験。


現在は、生まれ故郷の三重県・伊勢市で
レストランウェディングの店、

「リビングカフェクロフネ」

を経営されています。


クロフネのレストランウェディングには、
豪華なチャペルやゴンドラサービスなどはありません。

ここで結婚式を挙げるカップルの夢や要望を
じっくりと聞き、趣向を凝らした演出で盛り上げる、
完全手作り型のウェディングだそうです。

おかげで、当レストランは広告宣伝ゼロ、
クチコミだけで予約が殺到。

開業以来、毎年増収増益だそうです。


先日の講演で知って驚いたのですが、
クロフネで結婚式を挙げたいと、
伊勢市近辺だけでなく、日本全国から一族郎党まるごと
やってくるケースもあるそうです。

ある時は熊本から100人、あるいは石川から70人と、
バスを連ねて新郎・新婦、親戚、友人、その他関係者が、
わざわざ伊勢までやってくる。

結婚式前までは皆、

「なんでわざわざ伊勢くんだりまで来て
 式を挙げなきゃいかんの?」

と愚痴をこぼしているそうです。


しかし、クロフネでの感動的な結婚式が終わった後、
誰もが、

「なぜクロフネでなければならなかったのか」

を理解し、喜んで帰っていくのです。


中村さんは、

「人を喜ばせること」「人を楽しませること」

が大好きです。

いつもどうやって人を喜ばせるか、楽しませるかを
考えているそうです。


小手先のテクニックではなく、
中村さんの行動の根底にこの思いがあるからこそ、
クロフネで式を挙げたい、また誰もが中村さんにまた会いたい、
話を聴きたいと繰り返し足を運ぶのでしょう。


六本木のバーを経営していた頃も、
毎日常連客で満杯の人気。

あるお客さんは自分でパイプ椅子を持ち込み、
店の外で飲むこともいとわなかったとか・・・!


*リビングカフェクロフネ

投稿者 松尾 順 : 15:18 | コメント (0)

ロボットがサービス業界を席巻する日

私の事務所の近くに、大規模スパ施設があります。


このスパ施設のハードは、とても素晴らしいです。

天然温泉もある広々とした温浴施設、
お風呂上りには、1人1台の液晶テレビ付の
リクライニングソファでゆったりとくつろげます。


しかし、「ソフト」は、
ひどいとは言わないまでもお粗末。

人的サービスに改善の余地が大いにアリです。


当施設では、
リピート促進のためのロイヤルティプログラムとして、

「スタンプカード」(スタンプ10個で1回分の利用料無料)

が運用されています。


でも、人的サービスがもうひとつなので
愛着がわかないのですよね。

もっとサービスに優れた競合施設が近くにできたら
あっけなくそちらに移ってしまうと思います。


先日ここに行った時の話です。

靴をシューロッカーに預けた後、
バッグから「スタンプカード」を取り出しながら、
受付カウンターに向かいました。


カウンターに着くと、
受付のお兄さんは間髪を入れず、

「初めてのご利用ですか?」

と聞くのです。

(いや、だからスタンプカードを取り出そうとしてるでしょう・・・)

と内心思いながら、カウンターにスタンプカードを置きました。

今回でちょうど10個目のスタンプだとわかっていたので、

「次回は無料だな!」

とちょっとうれしい気持ちでしたが、
このお兄さんのマニュアルどおりのセリフでがっかりです。

いつもいつも一見さんで扱われるのは残念なものです。


以前も同じようなことを書きましたけど、
誰に対しても、同じセリフを機械的に仏頂面で繰り返すだけなら、
生身の人間よりも、

「ロボット」

の方がいいです。

人の気持ちが読めないことが前提の
無生物のロボットなら、腹は立たないですからね。


ただ、近年の情報通信技術、およびロボットの進化が著しいため、
本当の意味で人の気持ちが理解できなかったとしても、
少なくともお客さんを気分よくさせるコミュニケーションは
可能になりつつあります。


たとえば、イメージ認識技術を用いて、
既存客の顔を記憶させ、プロフィール(基本属性)や
過去の利用履歴データベースとひもづける仕組みは
もはや簡単なこと。

こんなITシステムと連動したロボットを
先のスパ施設のカウンターに設置したとします。


私がカウンターに向かうとロボットは私の顔を認識し、
データベースのプロフィールデータを参照して、

「松尾さん、こんにちは!」

と名前で呼びかけてくれるでしょう。

さらに、先週来たばかりだったら、

「いつもありがとうございます!」

などと言うことで常連客として扱い、
私を喜ばせてくれるでしょう。


もし数ヶ月ぶりの来場だったら、

「お久しぶりですね。
 また来ていただいてありがとうございます。」

といった言葉をかけてくれる。
ロボットなのに、思わずハートがジンとします。(たぶん)


さらに、ロボットをもっと擬人化して、
見かけや声が異なる男性風、女性風ロボットの
それぞれを設置するというのも面白いのではないでしょうか。

男性客に対して女性ロボットには、

「また来てくれてありがとー!うれしい!!」(と黄色い声で)
「しばらくお顔が見れなくて、寂しかったわ・・・」

などと言わせるのもいいかもしれません。
(あくまでジョークとしてですけど・・・)

お客さんは、

「これらの会話がプログラム化されたもの」

であることは百も承知です。

それでも、お客さんは決して悪い気はしない。

いや、むしろ「KYな人」との味気ない会話よりも、
はるかに喜んでくれるでしょう。


既に、企業の受付用として
ロボットを派遣する事業が開始されているのは
ご存知でしょうか。

同様に、サービスの現場に、
優れたコミュニケーション力を持つロボットが
登場するのは、すぐそこにある未来だと思います。


サービス現場におけるロボットの普及・浸透は、
人手不足に悩むサービス業にとっては福音です。

しかし、一方でサービス提供者としての資質に欠ける
生身の人間が働ける職場が、ロボットによって
次々と奪われていくことを意味します。


従来、人手不足ということもあり、
比較的職を得やすい業界であったサービス業界の仕事が
ロボットに席巻された結果、さらに多くの失業者が
世の中にあふれることになるのではないでしょうか。


(関連記事)

『愛想がいい人型ロボット』

『ヒューマノイドロボットの過去・現在・未来』

『受付嬢の復活』

『ワカマル君、がんばれ!高いけど・・・』

投稿者 松尾 順 : 10:22 | コメント (0) | トラックバック

京都花街の経営学(7)お茶屋のお母さんはおもてなしプロデューサー

現役芸妓として、
初めてホームページを立ち上げたのは

小糸さん

という方でした。


小糸さんは現在、宮川町の屋形(「置屋」のことを京都では
「屋形」とも呼びます)&お茶屋である、

「花傳」(かでん)

の女将(お母さん)でもあります。


1997年春、
小糸さんの立ち上げたばかりのホームページを
見て連絡してきた、ある日本女性がいました。

当時彼女は、父親の仕事の都合で
北京で暮らしていたのです。

以来、小糸さんとその女性はeメールをやり取りするようになり、
体験入門を経て、3年後の2000年夏、ついにその女性は
舞妓の世界に足を踏み入れます。


インターネットをきっかけに「舞妓」になったのは
彼女が始めて。

彼女は、小糸さんの「小」を取って

「小桃」

という名前をもらいました。

現在、小桃さんは独立し、
自前の芸妓さんとしてがんばっています。


さて、小桃さんを一人前の芸妓に育てた花傳のお母さん、
小糸さんは、『KOMOMO』(小桃さん成長のドキュメンタリー)
の本のまえがきで次のように書いています。


『花街が生み出し、今に伝えているもの……それは、
 「癒し」の文化である。』

『美しい着物や髪飾りも、舞や三味線などの伝統芸能も、
 柔らかな微笑みも、すべてはお客様の疲れた心を
 解きほぐすためにある』

『そして、花街流「癒し」のノウハウは何百年もの時間を
 かけて練り上げられ、精製されてきたのだ。』

『舞妓になる、ということは、この伝統のノウハウを
 身に付けた「癒し」の象徴……
 つまり、そこに存在するだけで人の心を癒す能力を
 持っている人間になる、ということである』


お茶屋での「お座敷遊び」におけるお客さんの満足に
最も大きな影響があるのは、「癒しの象徴」である
芸舞妓さんであることは言うまでもありません。

しかし、お客さんの指定がない限りは、
どの芸舞妓さんを呼ぶのかはお母さんが決めます。

また、芸舞妓さん以外のもてなしの要素である、
お座敷のしつらえや料理の内容もお茶屋のお母さん
の裁量です。


前回ご説明したように、
顧客との長いおつきあいを前提に、
顧客情報をたんねんに蓄積し、いちいち相手に聞かずとも、
お客さんの望んでいることを的確に察知し、
喜んでくれる最適なサービスを提供することに、
お茶屋のお母さんは全人生を賭けていると言えるでしょう。


したがって、お茶屋のお母さんは、
「おもてなし」全体を取り仕切る極めて有能な

「おもてなしプロデューサー」

と呼べるかもしれません。


なお、お客さんのうち、年配の男性は、

「お父さん」

多少若めの方は

「お兄さん」

と呼ばれるそうです。


そうすると、お茶屋の女将は「お母さん」と呼ばれ、
先輩の芸舞妓さんは「お姉さん」、後輩は「妹」と
呼びますから、お客さんがお茶屋で遊ぶのはある意味、

「家庭」

で過ごしているかような感覚があるのかもしれません。
(なじみになればなるほど・・・)


本来(という言葉をつける必要があるのは皮肉ですが)、
人が最も癒され、くつろげるのは、

「家庭」

ですよね。

そんなくつろげる雰囲気の中で、
奥深い日本の芸能と、芸舞妓さんとの楽しい会話や遊び、
食事を堪能することができる。


花街は昔も今も、また今後も、

「癒しのサービス」

の「理想形」であり続けるのではないかと思います。


『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』
(相原恭子著、文藝春秋)

『京都花街 もてなしの技術』
(相原恭子著、小学館)

『おもてなしの源流 日本の伝統にサービスの本質を探る』
(リクルートワークス編集部編、英治出版)

『KOMOMO』
(小桃著、写真:荻野NAO之、講談社インターナショナル)

投稿者 松尾 順 : 16:40 | コメント (3) | トラックバック

京都花街の経営学(6)一見さんお断りの背景

「お茶屋」は、
基本的になじみ客の紹介がないと利用することができません。

いわゆる「一見さんお断り」です。

ですから、紙に書かれた会員規約や会費はありませんが、
お茶屋のビジネスは実質的には、

「会員制のビジネス」

だと言えます。


ただ、面白いのは、

「金さえ持っていれば会員になれるわけではない」

ことです。

花街だけの暗黙のルールを理解しており、
良識ある社会人としてのマナーをわきまえた人間でなければ、
たとえ金持ちでも、お茶屋のお母さんからやんわりと
拒否されてしまうのです。

逆に、ごく普通のサラリーマンであったとしても、
お茶屋のなじみ客になることが可能です。
(遊ぶお金はちゃんと払えなければだめですけど・・・)


この点、高額の会費を設定したり、
一定以上の保有資産や、高い役職にあることを
入会の条件とすることで、

「富裕層」

としてのステータスを誇示させることが狙いの、
他の多くの会員制ビジネスとお茶屋は異なっています。


ですから、なじみのお茶屋を持っていることは、

「あの人は信用できる人である」
「ちゃんとした常識・マナーを知っている見識の高い人である」

といったことを示す証となります。
単なる「富裕層」以上のステータスと言えますよね。


さて、西尾氏は「一見さんお断り」の背景として
次の3つのポイントを挙げています。

---------------------------------------------

1 長期掛け払いの取引慣行

   →債務不履行の防止

2 もてなしというサービス

   →顧客の情報にもとづくサービスの提供

3 職住一体の女所帯
  
   →生活者と顧客の安全性への配慮

---------------------------------------------

1 長期掛け払いの取引慣行

お客さんは、お座敷遊びの際、
現金やクレジットカード等は一切いりません。

後日、お客さん宛に請求書が送られてくる
段取りになっています。


なじみ客ともなると、
京都駅に着いてからのお出迎えのハイヤーや
宿泊するホテル代などを含む京都滞在中の
すべての費用をお茶屋が立て替えることがあります。

この場合、お茶屋が立て替える費用は、
かなりの金額になりますよね。

万が一、お客さんがちゃんとお金を払ってくれなかったら、
お茶屋はとんでもない損失を被ることになります。

したがって、信用できるなじみ客の紹介がないと、
とても新規のお客さんを受け入れることはできない
というわけです。


2 もてなしというサービス

お茶屋で提供されるサービスに「定型」はありません。

お茶屋のサービスは、
顧客1人ひとりの好みに応じて提供される

「カスタマイズサービス」

です。


お茶屋のお母さんは、
基本的にお客さんにどうして欲しいかを
いちいち聞きません。

これまでのつきあいを通じて把握したお客さんの

「好み」

を踏まえて、そのお客さんに満足してもらうために、
どんなサービスを提供するのが最適か、頭を絞るのです。

そして、お母さんの裁量で、お座敷をしつらえ、
料理を手配し、芸舞妓さんたちを呼びます。


したがって、好みがわからない、
まったくのフリの客を受け入れることは難しい
というわけです。

これは、究極の「CRMの実践」と言えますよね。

3 職住一体の女所帯

お客さんが上がるお座敷は「お茶屋」の中にあります。

お茶屋は、お母さんやそこで働く女性たちの「職場」
であると同時に、「生活の場」でもあります。

つまり、お客さんを個人宅に呼ぶのと実質同じ。


したがって、素性のはっきりしないお客さんは
そもそも怖くて呼べないんですね。

“お酒がすぎて、お座敷で暴れはったり、
 お座敷に根がはえてしもうたみたいにずーっと
 お帰りにならへんと、困るんどす”

と話すお母さんがいたそうです。


お茶屋の利用者は、
やはり社会的地位の高い方が多いわけですが、
「一見さんお断り」のお茶屋は安全で、かつ安心して
過ごせる数少ない場所。

お茶屋が、昔から「密談の場所」となってきたのは
「一見さんお断り」だったからなんですね。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』
(相原恭子著、文藝春秋)

『京都花街 もてなしの技術』
(相原恭子著、小学館)

『おもてなしの源流 日本の伝統にサービスの本質を探る』
(リクルートワークス編集部編、英治出版)

投稿者 松尾 順 : 09:18 | コメント (2) | トラックバック

京都花街の経営学(5)売れっ子芸舞妓の要件

西尾久美子氏は、花街に詳しいある外国人から、

「芸舞妓とはバレリーナとキャビンアテンダントと
 ウェイトレスを一緒にした人」

と教えてもらいました。

なるほど、なかなか言い得て妙ですね。

ただ、西尾氏は最近、上記の定義に

「コンシェルジュ」

を付け加えることにしているそうです。


芸舞妓は、日本の伝統芸能(日本舞踊、唄、三味線、茶道など)
について高度な知識とスキルを持ち、日々鍛錬を欠かさない点
において「バレリーナ」に喩えるのにふさわしい。

同時に、「お座敷」という

各種サービスの組み合わせの柔軟性が極めて高い

職場において、顧客のニーズに応じて臨機応変に対応できる

「高品質な接客サービス」

を提供するという点において、
キャビンアテンダント(客室乗務員)、ウェイトレス、
コンシェルジュのそれぞれに要求されるサービススキルを
併せ持っている必要があるということでしょう。


さて、売れっ子芸舞妓さんになるための具体的な要件ですが、
この世界では、ひとことで言うと、

「座持ち」

という言葉で表されます。


“お座敷に呼ぶんやったらやっぱり座持ちのええ妓やなぁ、
 べっぴんさんだけやったらおもろうないわ”

とお客が言い、

“あの妓は座持ちがええさかいに、お座敷をまかせられるわ”

とお茶屋のお母さんが言う。

また、ある有名な小料理屋のお母さんは、
お客から特にこの芸舞妓さんという指名がなければ、
日頃の料理屋のお座敷での芸舞妓さんの様子を見ておいて、

“座持ちのよい妓に頼む”

のだそうです。


つまり、

「座持ちが良いこと」

が、売れっ子になるための最も大切な要件と言えます。


では、「座持ち」とはどんなスキルでしょうか?

西尾氏の分析によれば、座持ちの基本にあるのは、

「お客の気持ちを察する」
「場を読む」

の2点です。

西尾氏は、この2点を「状況判断能力」の一言に集約しています。
でも、私としては、以下の2つに分けて考えたいです。

--------------------------------------

・顧客心理洞察力

 →顧客が何を望んでいるかを予見する

・状況判断能力

 →お座敷の状況や一緒に出ている芸舞妓の力量等を把握する

---------------------------------------


芸舞妓さんは、こうした顧客の目には見えない能力を発揮すること
によって、多様な顧客ニーズと場の状況に応じた

「卒のないサービスの提供」

を提供することができ、おかげでお客さんは
お座敷遊びを存分に楽しむことができるというわけです。

ただ、顧客心理洞察力や状況判断能力がどんなに優れていても、
舞の技能が劣っていたり、言葉遣いがおかしかったりしたら、
顧客満足につながりませんよね。

したがって、顧客に見えるスキルとしての

・芸事(特に舞と三味線のスキル)
・上品さ(立ち居振る舞い)
・反応のよさ(受けこたえ、話術)

を習得することを芸舞妓さんは求められます。


そこで、芸舞妓さんは、

・学校(女紅場)
・置屋
・お茶屋
・お客さん

といった花街のキープレーヤーたちから基本を学んだり、
実践のための稽古を受けたり、お座敷での実践結果に対する
チェック(フィードバック)を受けながら、座持ちの能力を
高めているのです。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』
(相原恭子著、文藝春秋)

『京都花街 もてなしの技術』
(相原恭子著、小学館)

『おもてなしの源流 日本の伝統にサービスの本質を探る』
(リクルートワークス編集部編、英治出版)

投稿者 松尾 順 : 15:21 | コメント (2) | トラックバック

京都花街の経営学(4)芸舞妓さんの評価システム

お茶屋で芸舞妓さんたちを呼び、
彼女たちの舞踏を鑑賞したり、小唄、長唄を楽しむことを

「お茶屋遊び」

と呼びますが、
そもそも費用はどのくらいかかるものでしょうか?


当然ながら、費用は、顧客が希望するサービスの内容に
よって大きく変動しますし、明確な価格表は存在しませんので、
一概に言えないのですが、

『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』
(相原恭子著、文春新書)

によれば、

午後6時~8時の2時間、
舞妓1人、芸妓1人を呼んで夕食、飲み物込み

として、お客さん3人の場合で一人当たり48,000円、
5人になると同38,000円だそうです。


また、レストランなどでの食事後の2次会として、
午後9時ごろにお茶屋に行き、食事抜きで楽しむことも
できます。(「後口」と言います)

この場合は、

午後9時~11時の2時間、
舞妓1人、芸妓1人を呼んでおつまみ、飲み物込み

で、お客さん3人で一人当たり35,000円、
5人では25,000円となります。

以上はあくまで目安ということですし、
7年前の本に記載されているので、
直近では多少高くなっているかもしれません。

まあ、確かに「お茶屋遊び」は贅沢な娯楽ではありますが、
多人数で行けば、1人当たりの金額は目の玉が飛び出るほど・・・
というほどではありませんね。


さて、お茶遊びのメインキャストである
芸舞妓さんに対して支払われる代金のことを

「花代」

と呼びます。


「花代」は、

芸舞妓さんの拘束時間(移動時間含む)x 時間単価

で計算されます。

つまり、稼働時間が多くなればなるほど、
芸舞妓さんの1人あたりの売上げが増加するという
シンプルな仕組み。


実は、芸舞妓さんの最終的な評価は、
この花代の金額の大小に応じて行われています。


毎年、正月明け、芸舞妓さんたちが所属している
学校(女紅場)では始業式が行われます。

この始業式では、新年を祝う舞や邦楽が披露されることに
加えて、前年度の売上成績上位者が表彰されるのです。

この表彰は、

「売花奨励賞」

などと呼ばれているそうですが、
文字通り、前年度の花代合計金額に基づいて、
上位からのランキングが公表されます。


新人の舞妓さんから90歳のベテランの芸妓さんまで、
すべての芸舞妓さんが同じ俎上で競争するのです。

究極の「成果主義」と言えます。


花代の時間単価は、
京都花街の場合、新人もベテランも同額ですから、
上位をゲットするポイントは稼働時間です。

つまり、

「どれだけお座敷などに呼ばれたか」

ということが鍵であり、
これは、端的にはその芸舞妓さんの

「人気度」

に等しいと言えるわけです。

ただ、注意したいのは、ここでの「人気度」は、

どれだけ指名の入るひいきのお客さんがいるか

ということだけでなく、

どの芸舞妓さんを呼ぶかというアレンジを行う
お茶屋のお母さんの評価や、仲間同士の評価も
含まれるという点です。


芸妓さんもある程度経験を積んでくると、
自分の得意なことが分かってきますから、
舞を主に行う「立方」、三味線や唄を担当する
「地方」などに、ある程度専門分化していきます。

お座敷には、立方、地方などそれぞれの役割を
受け持つ芸舞妓さんたちが複数人呼ばれますから、
例えば、特定の芸舞妓さんがひいき客から呼ばれた場合に、
その舞妓さんと役割上の相性のいい他の芸舞妓さんも
一緒にお座敷に出ることになるわけです。


このように、芸舞妓さんたちは基本、チームで動くので、
お茶屋のお母さんとしては、単に舞などの技能や接客力
が優れているだけでなく、場全体をうまく仕切る能力
(ディレクション能力)の高い芸舞妓さんは、
顧客の満足度を高めてくれるありがたい存在であり、
よく声がかかることになります。

また、お座敷での能力だけでなく、
普段の振る舞いも評価の対象となっていて、
儀礼に欠けるような行動をした芸舞妓さんは、
その評判がたちまち花街全体に伝わり、
お茶屋さんから呼ばれなくなっていくのです。


ですから、
芸舞妓さんの花代に基づくランキングは、
極めて明快な

「成果主義」

とは言え、その成果に至るプロセスの評価が
きっちりと反映されているということになります。


ですから、上位をゲットできるような芸舞妓さんは、
単なる結果に過ぎない「花代」に一喜一憂するのではなく、
そうした結果に至ったプロセス、端的には

「自分のどこが良かったのか、改善すべき点は何か」

を客観的に見つめることができる人です。

おや、ビジネスパーソンと全く同じですね。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』
(相原恭子著、文春新書)

投稿者 松尾 順 : 13:31 | コメント (7) | トラックバック

京都花街の経営学(3)芸舞妓さんのキャリア後編

先日、地上波で放映された映画

『さくらん』(土屋アンナ主演)

の舞台は「吉原遊郭」でした。

体を売る「娼妓」(遊女、女郎)さんの世界。


しかし、「芸」は売っても
「体」は売らないのが芸舞妓さんです。


芸舞妓さんは、裾の長い着物を着るため、
屋外などすそを引きずれないところでは
左手で「褄(つま)」(着物の衿下の部分)を
持って歩きます。

これを「左褄」(ひだりつま)と呼びます。

ですから、「左褄をとる」ことは、
芸妓さんになることを意味するのだそうです。


一方、花魁(おいらん)などの遊女は、
右手で「褄」をとります。

右手で褄をとるということは、
着物の合わせ目、長じゅばんのどちらの合わせ目も
右側に来るため、男性の手が裾に入りやすくなります。
(へーそうなんですか)

しかし、左手で褄をとる芸舞妓さんの場合、
着物と長じゅばんで合わせ目が反対なるため、
男性の手が入りにくくなります。
(なるほどねぇ・・・)


つまり、芸舞妓さんが「左褄をとる」ことは、
上述の「体は売らない」という気もちを表している
のだそうです。


また、『さくらん』の主人公、きよ葉は、
8歳の時、吉原に身売りされてやってきます。

同様に、以前は、家庭の困窮などの理由で、
10歳かそこらで置屋に身売りされ、
強制的に舞妓さんにさせられてしまう女性もいました。


しかし現在は、前回ご説明したように、
中卒以降の女性が、自らの意思で舞妓になることを
決めて花街にやってきます。

それでも、置屋に住み込んでの「徒弟制度的」な
修行の毎日は、現代女性にとっては順応するのが
なかなか大変なこと。

そこで、置屋のお母さんや、先輩の芸舞妓さんだけ
でなく、花街全体で新人舞妓さんをバックアップ
するのです。


さて、舞妓さんの基本技能は、言うまでもなく

「日本舞踊」

ですから、花街にやってきた舞妓さん見習い
(正式には「仕込みさん」と呼ばれます)にとって
日本舞踊の勉強は必須科目です。


花街には日本舞踊を始め、長唄、小唄といった邦楽の唄、
三味線・鐘・太鼓・鼓・笛などの邦楽器の演奏を
教えてくれる学校があります。

芸舞妓さんのための学校は

「女紅場」(にょこうば)

と呼ばれています。

京都の花街には、
「女紅場」は全部で3つあるそうです。

舞妓さんを目指す女性は、
置屋のお母さんからも稽古をつけてもらいますが、
まずは学校に入学して日本舞踊を学び始めるのです。


私がすごいなと思うのは、芸舞妓の仕事をやっている限り、
すべての芸舞妓さんはこの学校に在籍し、学び続けるという点です。

つまり、芸舞妓さんの学校に「卒業」はないのです。

「もてなしのプロ」

としての高い評価を向上・維持することができるよう、
花街には、現役でいる限りは自分の技能を磨き続けること
のできる仕組みが内包されているというわけですね。


女紅場での「学び方」も、とても興味深いです。

前述したように、
芸舞妓でいる限りこの学校に通い続けるため、
女紅場では、経験の浅い舞妓さんから、
ベテランの芸妓さんまで皆が一緒に稽古します。


稽古の日、新人さんは朝早くに女紅場に行き、
いろいろと準備をしなければなりません。

その後、先輩から順番に稽古をつけてもらう間、
新人さんは、その稽古の様子をじっと見るのです。

「他の人の稽古を見ることも大事なお稽古」

と言われており、日本舞踊なら、先輩の手や足の動き、
またお師匠さんがどんな振りをつけ、どのように先輩を
指導するのかをしっかり見て学ぶことが奨励されている
のだそうです。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

投稿者 松尾 順 : 15:23 | コメント (0) | トラックバック

京都花街の経営学(2)芸舞妓さんのキャリア中編

舞妓を目指す女性は、
多くは中学卒業後に「置屋」に住み込み、
約1年間にわたる集中的なトレーニングを受けます。

「置屋」とは、タレント事務所のような存在です。
経営者は基本女性です。「お母さん」と呼ばれます。

つまり、舞妓さんとは擬似的な親子関係を結ぶわけです。


置屋のお母さんは、
舞妓見習いの女性と生活を共にしながら、
舞妓に求められる立ち振る舞いや言葉遣いなどを
徹底的に仕込みます。


前述したように、
舞妓志望者は全国からやってきます。

もちろん、京言葉は話せませんし、
和服を着たこともない女性もいるそうです。
なんと、「ふすま」と「障子」の区別のつかない女性も!

要するにごく普通の若い女性なんです。
基本的な礼儀作法でさえあまり期待できない。

だからこそ、住み込んでもらって、
それこそ箸の上げ下ろしに至るまで、
細かく指導することが必要なのだそうです。


置屋のお母さんは、
舞妓さんの生活に関連した費用だけでなく、
着物代も全額払います。

着物は季節によって変える必要があり、
1人あたり何着も用意しなければなりません。

へたに安いものを着せると、
目利きの客にはお座敷に呼ばれないこともあり、
それなりのものを買わなければならない。

そもそも、着物はオーダーメイドの特注品ですし、
1年分の衣装一式は数千万円に上るそうです。

しかも、舞妓さんの着物は仕事着です。
料理を運んだり接客している時に汚したり、
破いたりすることもある。修繕代もばかにならない。

ですから、置屋にとって、
舞妓さんの衣装代は相当な負担なのです。


さて、舞妓になるための置屋での濃密な日々は、
それまでごく普通の生活を送ってきた女性にとって
相当異質な環境です。

このため約1年間の修行を無事乗り越えて、
デビューに至るのは、当初の志望者の2-3割
なのだそうです。


また、前述したように置屋は、
デビューまでに舞妓さんに対して相当な投資を
してきています。

したがって、デビュー後は最低3年は
働いてもらわないと投資分が回収できないのだそうです。

ですから、デビュー後すぐに辞められてしまったら、
投資が回収できず、置屋には赤字が残るということに
なります。

以上のことを知ると、置屋は、
有望な新人タレントを発掘して、
ボーカルやダンスレッスンを受けさせ、
売り出しのための広告宣伝などに投資する
「タレント事務所」と、確かにほぼ同じ仕組みで
運営されていることがわかりますね。


ところで、置屋のお母さん以外に、
舞妓さんの育成に重要な役割を果たすのが、
先輩の芸舞妓さんたちです。

自分よりも先にこの世界に入った
先輩の芸舞妓さんはすべて「お姉さん」と呼びます。
つまり、明確な年功による序列関係があります。

芸舞妓さんの集団写真でも、誰が一番先輩で、
二番目、三番目が誰か、新人はどの舞妓さんか
ということがすぐにわかるほどです。

舞妓さんがデビューする時は、
特定の先輩芸舞妓さんと盃を交わします。
擬似的な姉妹関係を結ぶのです。

「盃の姉」と呼ばれる先輩芸舞妓のお姉さんは、
自分の妹的な存在となった新人舞妓さんの面倒を
とことんみます。

自腹を切ってあちこち連れて行きますし、
舞妓さんがお座敷で何かミスをしたりすると、
一緒にお茶屋に頭を下げに行ってくれるのだそうです。


最近、企業で採用されることも増えてきた

「メンター」

的な役割を果たしているのが「盃の姉」なんですね。


企業内のメンターもそうですが、
盃の姉さんは、後輩の舞妓さんの面倒を見ることに
対してなんらかの報酬をもらえるわけではありません。

一方で、企業内メンターよりも、
はるかに大きな責任を感じ、自分のお金と時間を
たっぷりと投じて、後輩舞妓さんの支援を行うのです。


なぜそこまでやるのでしょうか?

一つにはそうすることが花街の伝統だから、
ということもあります。花街全体が運命共同体として
お互いに助け合うという考え方が根付いているのです。

また、置屋のお母さんと同じく、
将来のための投資行動でもあります。

例えば、お座敷には通常数人の芸舞妓さんが
呼ばれますが、自分の息のかかった後輩であれば、
チームワークが組みやすいですね。

先輩の芸妓ともなれば、
お座敷の状況に応じて複数の後輩芸舞妓さんの
役割分担を適切に指示することも求められます。

そうしたお座敷での差配のうまさも、
芸妓としての高い評価につながるのです。

また将来、自分でお茶屋を経営することにした場合、
面倒を見た芸舞妓さんであればなにかと融通が効くから
なのです。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

投稿者 松尾 順 : 11:31 | コメント (2) | トラックバック

京都花街の経営学(1)芸舞妓さんのキャリア前編

花街の最盛期と言われたのは「昭和初期」の頃でした。

昭和4年(1930年)当時、芸舞妓さんは東京の花街に7,500人、
大阪には5,300人、京都には1,800人いたそうです。


しかしその後、社会環境や顧客ニーズの変化によって
花街は衰退の一途を辿ります。

現在、東京、京都の花街には、
それぞれ約300人の芸舞妓さんがいますが、
大阪はわずか20人足らずと壊滅状態になっています。


ただ、京都花街だけは、
近年、芸舞妓さんの数が増加に転じています。

これは、従来の内輪だけから芸舞妓さんを採用していた
慣行を破り、広く全国の女性に門戸を開いたからです。

これには当然ながら内部の反対意見も強かったそうです。

しかし、1975年には舞妓さんの数が28人にまで減少。

このままでは、

京都の舞妓さん、芸妓さんは「絶滅」してしまう、

という危機感が反対の声を押し切りました。


若い女性にとって、舞妓さんはあこがれの職業ですよね。

最近は、花街のホームページを見て舞妓さんになることを決意し、
置屋のお母さんとeメールでやりとりした結果、「舞妓見習い」と
して京都にやってくる女性もいるそうです。


ところで、舞妓さんになる資質・要件には、
どんなものがあるでしょうか?

まずなによりも「やる気・体力」だそうです。


舞妓さんのあのきらびやかな着物は、
一式15-16kgにもなります。

舞妓さんはこの重い衣装を身にまとって、
お座敷を動き回らなければなりません。

強靭な肉体を持ってないと、とても勤まらないのです。


「容姿」についてはあまり重要視されません。
顧客の好みは十人十色だからです。

外人さんも受け入れを拒否しているわけではありません。

もちろん、日本の伝統芸能や日本的な所作、礼儀作法、
京ことばをマスターしなければなりませんが。

ただ1つ身体的な問題があります。

舞妓さんは、地毛であの日本髪を結いますが、
日本人の硬めの黒髪じゃないと難しい。

外人さんのサラサラのブロンドヘアでは、
日本髪が結えないのだそうです。


なお、お座敷では、芸妓さんが小唄などを披露し、
舞妓さんは、文字通り舞を舞う以外は顧客のそばで
お酌をすることがメイン。

以前はただ黙って微笑んでいるのが良しとされた時期
もあったそうですが、最近は気の効いた会話ができること
も求められるようになってきたそうです。


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

投稿者 松尾 順 : 12:06 | コメント (0) | トラックバック

京都花街の経営学(0)イントロダクション 

京都花街、そして芸妓さん、舞妓さんたちの世界は、
室町末期から現在に至るまで350年にわたって続いてきた
日本の伝統文化のひとつと言えますよね。

でも、花街について、
ほとんどの方は表面的なことしか
知らないと思います。

また、しばしば間違った理解や
偏見を持っていることもあるでしょう。

しかし、その独特の風習やしきたり(ルール)は、
長い歴史の中で培われたものであり、
一定の必然性があるのです。


経営学の視点でこの世界を徹底的に分析し、
わかりやすく説明してくれている本があります。
次の本です。

『京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

同書は、京都花街の仕組みや、
芸妓・舞妓さんたちのキャリアを実地体験も踏まえて
深く掘り下げて研究した博士論文を元に書かれたもの。

記述は平易ですからとても読みやすいですよ。

今週はこの本をじっくりご紹介していきます。
今日はイントロダクションです。


京都花街が提供しているのは、端的に言えば

「富裕層向けの高度なおもてなしのサービス」

と言えます。

このサービスのメインキャストはもちろん、

「もてなしのプロフェッショナル」

と呼べる

芸妓(げいこ)さん、舞妓(まいこ)さん

たちですね。


彼女たちは、単に舞いや小唄などの伝統芸能が
できるだけではダメなのです。

「お座敷全体の場の雰囲気を
 顧客にとって心地よいものにする」

空間プロデューサー的な役割も求められるのです。


また、お座敷を提供するのが、
いわゆる「お茶屋」ですね。

お茶屋もまた、高い顧客満足を目指し、
顧客に対する深い理解に基づいた、

「最適なサービスの組み合わせ」

を実現できるようベストを尽くしています。


企業が顧客に提供する「サービス」の質の重要性が
ますます注目されている昨今、京都花街のメカニズムや
芸妓・舞妓さんの提供するサービスの極意を学ぶことは
大きな意義があるのではないでしょうか。


さて、芸妓・舞妓を目指す女性の多くは、
中学卒業後15歳位で花街に入ります。

そして、約1年間の集中的な育成期間を経て

「舞妓さん」

としてデビューします。


舞妓さんとして働く間は、

「年季奉公」

の時期です。給料は支払われません。

舞妓さんを住み込みで受け入れ、育成し面倒を見る
「置屋」のお母さん(経営者)からお小遣いをもらいます。
(「置屋」は、芸人やタレントが所属する、現代のタレント
 事務所のような存在と考えてもらえばいいでしょう)


でも、年季奉公、つまり
デビューから22歳位までの通算6年ほどの期間を過ぎると、

「芸妓」

として独立することも可能になります。

独立した方は、「自前さん芸妓さん」といいます。

自前さん芸妓さんは、
「芸妓組合」といった組合員組織もある独立自営業者です。

自営業者ですから定年はありません。
90歳を過ぎた現役の方もいらっしゃるそうですよ。

「手に職を持つ」ことのできる芸妓は、
才覚によっては相応の高収入を稼げ、また「もてなしのプロ」
としての誇りを持てるやりがいのある職業のひとつだと言えます。


なお、「芸妓」は正式には‘げいぎ’と読みますが、
京都では通称‘げいこさん’と呼びます。一方、東京では
‘芸者さん’と呼びます。

また、芸妓さんを体を売る「娼妓」(しょうぎ)さんと
混同してはいけません。

前掲書によれば、売春防止法が施行された昭和30年以前の
公娼制度の枠組みの中では、花街には、芸妓さんと娼妓さんの
両方がいて、それぞれ別個の存在だったそうです。

「芸」は売っても「体」は売りませんという
気概を持ち、芸を磨き続けるのが芸妓さんなのです。


いわゆる「旦那」が
芸妓を「妾」的に囲うといった暗いイメージもある

「水揚げ」

も現在はまったく行われていないそうです。


では明日以降、じっくりと芸舞妓のキャリアや京都花街の
精緻なメカニズムについてポイントをご紹介していきますね。

お楽しみに!


夕学五十講 西尾久美子氏講演(08/06/16) 受講生レポート

京都花街の経営学』
(西尾久美子著、東洋経済新報社)

投稿者 松尾 順 : 11:44 | コメント (8) | トラックバック

「お一人様」集客のポイント

現在、世帯全体の約3割を単身世帯が占めていることもあり、

「お一人様」

を対象とする市場が注目されていますよね。


結婚している人たちでも、
お互い共働きだったりすると時間がなかなか合わない。

したがって、少なくとも平日は一人で行動し、
食事も一人で取るしかない人が多いんじゃないでしょうか。
(飲み会などがある日は別として)

私のところは共働きではありませんが、
仕事を多少早めに切り上げたとしても自宅に帰り着くのは
9時、10時です。

夜遅く食べるのはあまり体に良くありませんし、
肥満の元ですから、20代の頃から6時前後にオフィスを
抜け出して外食を取る生活を続けてきています。
(外食ばかりで、どちらにせよあまり健康に良くないですが!)


男性の場合、一人でも気楽に入れるお店の選択肢が豊富ですよね。

「吉牛」(吉野家)を始めとして、
松屋、すき屋といった牛丼店、立ち食いのうどん・そば、
各種ラーメン店、カレーのココ壱番屋など、
私もこれらの店をローテーションを組んで通っています。(笑)


しかし、上記のような店には女性はほとんどいません。

一人暮らしで自炊をされる女性が多いのは、
生活費の節約もありますが、一人で気楽に入れる飲食店が
あまりないからということもあるようです。
(唯一の例外は「大戸屋」などの和食系定食屋くらいでしょうか)


さて、飲食店業界では、焼肉店や中華料理店などでも、
従来は客単価が低いため嫌っていた「お一人様」を受け入れるため
様々な取り組みを始めています。(日経MJ、2008/05/23)


吉野家のように、お一人様のためにカウンター席を
設置するのは大前提ですが、大事なのは

「お店のスタッフによるフレンドリーなサービス」

なのだそうです。

上記記事に掲載されている焼肉店、「焼肉どんどん」の場合、

「一人で焼き肉店に来店する客は、静かに食事をしたい
 というより、話し相手を求めていることが多い」

と判断しています。

そこで、初めての客には肉の焼き方をスタッフが
丁寧に教えたり、客の好みを覚えて、2回目以降の来店では、

「お客さん、カルビが好きでしたよね・・・」

といった声がけをするようにしたそうです。

この結果、上記のような人間的な触れ合いを求める
常連さんが増えてきたとのこと。


記事には書かれていませんでしたが、
常連さんの多くは女性でしょう。

男性の場合、人間的触れ合いを求める場所も
豊富ですから・・・


従来の牛丼店やファーストフード系のお店は、
スタッフとのコミュニケーションはほとんどしない
のが基本です。

だからこそお一人様でも気軽に利用できるのですが、
ただ、やっぱり客としては一人で黙々と食べるのは
ちょっと寂しいというのが本音。


ですから、飲食店がお一人様、とりわけ女性の一人客を
獲得したかったら、何気ない会話できるスタッフを
育成することがポイントになってくるんですね。


そういえば、サンドウィッチマンの持ちネタに、
ファミレスの店員の実地研修のコントがあります。

店長の伊達さんが、
お客に扮して来店した際の店員の対応方法を
教えているところ。

富澤さんは入社初日の変な外人さんアルバイトです。


「ムーン」(自動ドアの開く音)

「イラッシャイマセ。ナンメイサマデスカ?」

と富澤さん。伊達さんが、

「えーと、一人だよ!」

と答えると、

「ソレハ、サミシイデスネ・・・!」

と富澤さんが返す。そこで伊達さんが

「そんなこと、俺教えたか!」

と突っ込むというやり取り。


核心を突いています。

投稿者 松尾 順 : 13:06 | コメント (0) | トラックバック

クレーマー扱いするな!

昨日、サンクスのたこ焼きのまずさに腹を立て、
同社お客さま相談室にクレームのメッセージを
送ったことを書きました。

型どおりの内容とは言え、
サンクスからはきちんと返事をもらいましたし、
私の声が同社の商品開発に反映されたかどうか定かでは
ありませんが、現在サンクスの店頭に並んでいる

「大玉たこ焼き」

の味は改善されていたのでまあ一件落着です。(笑)

ちなみに、ネットでも、
以前のたこ焼きを評価するコメントは見つかりませんが、

「大玉たこ焼きはなかなかいける」

という他の人のコメントがちらほら見つかります。


さて、このように、
消費者側から企業に投げかける不平・不満が
度を越してしまうと、いわゆる

「クレーマー」

扱いされてしまい、
邪険な対応をされてしまうこともありますよね。


ただ、どこからを

「クレーマー」

と呼ぶのかという明確な線引きはなく、
企業側も、また消費者側も判断に苦しんでいるようです。


ここでひとつクレームの例をご紹介します。
(日本経済新聞夕刊、2008/05/09より)

東京に住む波野春江さん(仮名、62歳)は、
昨年10月、娘さんから5千円の割引券と交換できる
ポイントがたまったカジュアル衣料大手のカードを
もらいました。

そこで、波野さんは、このポイントカードを使って
セーターを買おうとしたところ、店舗の店員からは

「使えません」

と一蹴されてしまったのです。

カードには

「年中有効、無期限」

と書いてあったので抗議したものの、
店員は取り合ってくれません。


娘の気持ちを無にしたくなかった波野さんは
会社にも電話したのですが、

「店頭で7カ月間、廃止の告知をした」

と店に行かなかったことを責めるような口調
だったそうです。


さらに、波野さんは、国民生活センターの指導を受けて、
社長にも手紙を出したけれど、結局、

「クレーマー」

として対処されてしまったそうです。


あなたは、波野さんはクレーマーだと認定しますか?

私は認定しません。


このカジュアル衣料大手、
たぶん、数年前にポイントシステムのサービスを
中止したU社のことでしょう。

U社の製品は私も愛用してるので、
あまり非難したくはありませんが、浪野さんのケースは
明らかに間違った対応をしてしまったと思います。


このカジュアル大手は、
自社でいったん始めたサービスを自社の都合で
勝手に中止したわけです。

サービス中止後、
ポイントカード交換の期間を十分に取ったとはいえ、
最後まで責任を取るのが筋でしょう。


もちろん、どこかで線を引かないと、
きりが無いということもあるかも知れません。

しかし、浪野さんのようなケースは
そうそう頻繁に発生するとは考えられません。

年を重ねるごとに減っていくでしょうし、
例外として受けつけても、収益に与える影響は
軽微なものでしょう。

むしろ、善意の消費者の要求を杓子定規に拒否することに
よって、ブランドイメージや評判を低下させてしまうこと
を回避すべきだったのではないでしょうか?


そういえば、クレーマー対策のプロフェッショナル、

『となりのクレーマー』

などの著者、関根眞一氏が以前テレビに出演された際、
次のようなケースにどのように対応すべきかを話されていたのを
思い出しました。(詳細はうろ覚えなので、
多少状況が違うのですが、問題の本質は同じです)


靴を脱いで上がるタイプの某飲食店で、
お客さんの靴が紛失してしまいました。

誰かが間違えて履いていったらしいのです。

お客さんは困っています。
どうにかしてくれと店員に泣きついています。


さて、店舗側としてはどのように対応すべきでしょうか。

「自分のお持ち物はご自分で管理なさってください」
と断り書きさせていただいております。
うちとしては責任取れません。

とつっぱねてもOKでしょう。

お客さんも、こう言われたら、
それ以上文句は言えないと思います。


しかし、関根さんの答えは、

「お客さんにお金を渡して靴を買ってもらう」

というものでした。

これは、クレーム鎮火のために、
てっとり早くお金でケリをつけようとしている
のではありません。

むしろ、

「宣伝費」

なのです。

なぜなら、店の責任でもないのに、
靴代を渡してくれたお客さんは大感激しますよね。

おそらく、この店のファンとなり足繁く通ってくれる
ことでしょう。また、「あの店はいいよ」と
口コミしてくれるでしょう。

その結果、靴代なんて簡単に回収できてしまうから、

「宣伝費」

とみなすことができるのです。


クレーム対策として、
このような発想ができる会社はおそらく、
高い評判と多くの固定客を抱えているんじゃないでしょうか。


(参考書籍)

『となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術』
(関根眞一著、中公新書ラクレ)

『「苦情」対応力 「お客の声は宝の山」』
(関根眞一著、講談社)

『苦情学―クレームは顧客からの大切なプレゼント 』
(関根眞一著、恒文社)

投稿者 松尾 順 : 17:30 | コメント (4) | トラックバック

従業員満足>顧客満足

「あ、この店員さん、仕事を楽しんでるな、
 職場や、共に働く仲間たちが大好きなんだろうな!」

こんな印象を持つ店員さんに出会えたら、
その店でのショッピングや食事はとても楽しい経験になりますよね。

その店員さんの幸福な気持ちが、お客さんにも伝染するのです。


近年、従業員が生き生きと働けることを重視する企業が
少しずつ増えてきています。

そうした企業の中で最も有名なのは、

「サウスウエスト航空」

でしょう。


同社では、

「顧客第二主義」(従業員第一)

を掲げ、

「従業員満足度(Employee Satisfaction)」

の向上を最も重要な経営指標としています。


もちろん、「顧客」はどうでもいいという意味ではありません。

「満足した従業員だけが、顧客に最高の満足を提供できる」

という信念を持っているのです。


この信念は、とても妥当な考えだと思います。
しかし、これまでも、また現在でも、

「顧客満足」

は重視するけれど、

「従業員満足」

にはあまり関心を持たない経営者が
あいかわらず多いのではないでしょうか?


しかし、上記のような本質が見えていない経営者も、
次のような調査結果を知れば気が変わるかもしれません。


63社、合計4700人の顧客と従業員を対象に行われた
イメージ調査があります。

これは、自分が働く企業(従業員の場合)、
また、自分が取引する企業(顧客の場合)に対する

「好感度」

を測定することが目的でした。


ここで、「好感度」は、

「その企業を一人の人間だとみなした場合に、
 どんな性格だろうか?」

という直感的な評価で答えてもらっています。

そして、これに対する具体的な回答としては、

「親しみやすい」「明るい」
「率直である」「面倒見がよい」

といったものが用意されていました。


この調査でわかったことが2つあります。

ひとつは、

従業員と顧客の見解(評価)には強い相関関係があること

です。

もうひとつは、

従業員と顧客の見解(評価)には大きなギャップがあり、
従業員が、顧客よりも当該企業に対して

「よいイメージ」

を抱いていた企業の売上伸び率が高いということです。


このことから、自分が働く企業に

「好意的な感情」

を持っている従業員は、顧客に対して強い好感度を与える

ということが言えます。


これは、冒頭に書いたように、

「感情の伝染」

とでも呼べるものです。

自分が好きな仕事や職場であれば、
自然と動きも軽やかになるでしょう。

サービスの質が向上します。

また、すばらしい笑顔で顧客に接することができる。
人間味のある会話も交わせるでしょう。

その結果、その企業は顧客の支持が高まり、
売上の伸びにつながるというわけです。


サウスウエスト航空のトップはもちろん、
こんな調査結果を見せる必要はありませんね。


しかし、こうした「道理」がわかっていない企業は
ばかげたミスを犯してしまいます。

たとえば、某百貨店チェーンでは、
巨費を投じて店舗をリニューアルしました。

ところが期待通りの売上が上がりませんでした。


リニューアルといっても、
それはあくまで顧客が見える部分のみでした。

販売スタッフ用の施設は手つかず。
休憩室は粗末なまま。
商品管理室は以前よりも狭くなっていました。

その結果、販売スタッフの士気は上がらず、
そのぱっとしないスタッフの感情が顧客にも
伝わっていたのです。


この百貨店の問題点を探るための調査の対象となった
顧客の一人のコメントが印象的です。

“リニューアルといっても、単なる化粧直しだったようね。
 肝心の意識は何も変わっていないもの”


ハードをいくらいじろうが、
やはり顧客満足を大きく左右するのは人的サービスです。

「従業員満足なくして、顧客満足なし」

ということを企業は深く認識すべきでしょう。


なお、従業員の自社に対するイメージを上げる、
つまり、従業員に愛される企業となるために重要なポイント
は次の3点だそうです。

・研修制度
・マネジメントシステム
・権限委譲の度合い

抽象的な表現ですが、ひらたく言えば、

・従業員の成長の機会を与えること
・明確なビジョンに基づく優れた企業経営が行われていること
・現場での裁量の余地が大きいこと

と解釈できるでしょうね。


以上は、次の記事を元にしました。

「従業員に愛される企業は業績が高い」
(Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー October 2007)

投稿者 松尾 順 : 10:54 | コメント (4) | トラックバック

ビジネス成功の基本原則?

・客を待たせない
・質のいい仕事をする
・不正を働かない


ビジネス成功の基本原則?

確かにそうですね。
しかし、今回は人様の話じゃありません。


小型の海水魚、ホンソメワケベラ(以下、ベラくん)は、
自分より大きな魚の体表面につく「外部寄生虫」を
餌としています。


ベラくんたちは、サンゴ礁のあちこちに専用の

「掃除処」

を構えています。


「さあ、いらっしゃい。掃除屋でございます。
 寄生虫でお悩みの大きな魚さんたち、
 私の掃除処に来てくれれば、きれいに食べてあげますよ。」

ということで、寄生虫を取り除いてもらえる大きな魚も、
お腹を満たせるベラくんも、共にハッピーな取引です。


さて、魚の世界にもやはり競争原理が働いています。

質のいい仕事をする腕利きのベラの前には、
掃除してほしい魚たちが順番待ちの列をなします。


でも、あまり待たされるとさすがに我慢できずに、
別の掃除処に行ってしまうそうです。

ベラくん側としては、質を落とさずスピーディな仕事が
求められるということでしょう。


一方、ベラくんの中にも性質の悪いやからがいます。
寄生虫を食べるふりをして、客の体表面の健康な粘液を
食べてしまう。不正行為ですね。

すると、客は驚いて泳ぎ去る。


こんな「掃除処」は閑古鳥が鳴き、
不正を働いたばかりに、ベラくんはすきっ腹を
抱えることになるわけです。


ところで、客にも2種類のタイプがあります。

「回遊魚」と「根魚」です。


回遊魚は、広いテリトリーを泳ぎ回りますが、
根魚は、狭いテリトリーに留まるタイプ。

実は、ベラくんはこの2つの顧客セグメント別の対応を
きちんとやっています。


具体的に言うと、客が混み合っている時には、
根魚よりも回遊魚を優先して掃除するのだそうです。

その理由は、行動範囲が広い回遊魚は、
複数の掃除処から好きなところを選ぶことができますが、
根魚は動く範囲が狭いので、掃除屋を選べないからです。


ベラくんは、根魚に対しては、

「君はいつも近くにいるんだからさ、
 遠来のお客さんを優先させてもらうよ、悪いね・・・」

と、もし言葉が喋れたら言ってるところでしょう。


ともあれ、人間よりも知能でははるかに劣る魚類でさえ、

「客がサービスを選ぶポイント」

は実質的に同じであることに驚きますよね。


まあ、

「やるべきことをきちんとやり、やるべきじゃないことはやらない」

というだけなんですけど。


とはいえ、企業組織として取り組む上では、

・客を待たせない(スピーディな業務運営)
・質のよい仕事をする(個人、およびチームとしての質向上)
・不正を働かない(個人、および組織としての高い倫理性)

を徹底するのは、そうそう簡単ではないのが現実。


*ホンソメワケベラの話の出典:
 別冊日経サイエンス 社会性と知能の進化
 (日経サイエンス編集部編、日経サイエンス社)

投稿者 松尾 順 : 11:33 | コメント (0) | トラックバック

ファミレスに未来はあるのか?

先日の夕方、仕事の合間に夕食を取るため、
都内某所のファミレス「D」に入ったんですよ。

夜のピーク前の6時台で、お客さんはパラパラといる程度。
ホール係のスタッフは3人くらいいました。


最近のファミレスには、最初からあまり期待していないのですが、
それにしても、がっかりすることが多いですね。

今回の場合、いつまでもお冷、おしぼりが出てきません。

しばらくメニューを眺めている間も、パスタを注文した後に
フォーク・スプーンをセットしに来た時も、
私のテーブルにお冷、おしぼりがないのに気づかなかったようです。

明らかにサービスの適性に欠けているスタッフ・・・

やっぱり、こちらから頼むしかないかと思ったころ、
社員らしき男性スタッフが気づいて持ってきてくれました。


そして、頼んだパスタの味はごく普通。
でも、値段は一丁前に高い。

そもそも、ファミレスのメニューは変わり映えがしない。

食べたくなるものがなく、選ぶのに困ったあげくの料理が
これかい!と再びがっかりです。(+_+)


1ヶ月ほど前に、家族で入った別のファミレス「S」では、
土曜日のお昼直前でしたがホール係が1人しかいませんでした。

しかも、なぜだか厨房に引っ込んでいることが多く、
お客さんがそれほど多くないにもかかわらず、
あちこちのテーブルにまだ片付けられていない食器が
放置されたままでした。


このところ、ファミレスを始め飲食業界は空前の人手不足です。
教育もままならないのでしょうね。

どのファミレスにいっても、
上記のようなサービス低下をはっきりと感じます。


あなたも経験ありますよね。こんながっかりすること。
外食に行く時、ファミレスはなるべく避けたいなあと
思い始めてませんか?


ファミレスといえば、ハレの日にワクワクして出かける場所
だった時代が懐かしいです。

顧客の立場ながら、現在のファミレスの凋落ぶりには
情けないものを感じますね。


実は、このサービス悪化に拍車をかけているのが、

「多店舗展開」

だそうです。

人手が足りない状況で、なぜ店を増やさなければならないのか。

それは。上場企業の場合に特に顕著ですが、
売上を維持、また向上させ続けない株価が下がるためです。

また、上場していなかったとしても、
企業として成長し続けようと思ったら、店舗を増やすしかない。

ところが、個店では先に紹介したようなサービス品質が
ますます低下するので来店客が減り、店舗あたりの売上が下がる。

それを補うために、さらに店舗数を増やさなければならない
というドツボの悪循環にはまっていると言えそうです。


ですから、すかいらーくグループが、
収益を求めるだけの株主の意向に左右されず、長期的な視点で
抜本的な改革を行うため、MBO(経営陣による買収)で
非上場化に踏み切ったのは英断だったと思います。


それにしても、ファミレスに未来はあるんでしょうかねぇ・・・?

投稿者 松尾 順 : 08:18 | コメント (4) | トラックバック

過剰なサービスが利益を生む事例

過剰と思えるほどの顧客サービス、非効率で利益率低下を
招きかねない手厚いサービスが高い価値を生み出す時代。

最近つくづくそんなトレンドを感じるのですが、
その好事例のひとつが、食品スーパーの「あおき」です。
(日経ビジネス、2006年11月6日)

静岡に10店舗を展開する「あおき」、
今年10月、江東区豊洲に東京初の店舗を開店しています。

同店には、まだ私は行ったことがありませんが、
人口大理石を敷き詰めた床、鏡張りの天井など内装費は坪100万円超、
百貨店の2倍以上のコストをかけています。
また、入り口付近には自動演奏のピアノが置かれています。


このように、「あおき」の外見は高級スーパーですが、
運営は個人商店的です。

各店舗・各部門の担当者が個別に商品の品揃えを考え、
仕入れを行い、自ら売るという体制になっています。

つまり、現場担当者が、
マーチャンダイザー、バイヤー、セールスの3役を兼ねていて、
昔の個人の八百屋や魚屋さんと実態は同じというわけです。


大手チェーンなどでは、
この3役が機能分化して、それぞれ別のスタッフが担当しています。
しかも、たいていマーチャンダイザーとバイヤーは本部にいて、
各店舗では、本部がまとめて仕入れた商品を販売するだけ。

本部集中のこのやり方は、確かに効率的ではありますが、
個別店舗の異なるニーズには対応できないという弱点を
抱えていますね。


そこで、「あおき」では、あえて逆の非効率なやり方を
取ることで、各店舗での個別対応が可能な顧客サービスの
実現を優先しています。


たとえば、客の一人が

「テレビで見たんだけど、チコリーは置いてないの?」

と聞かれたとしても、店先の担当者が仕入れもやってますから、

「明日来てもらえれば、仕入れておきますよ」

と答えることができます。
(これ、本部集中体制ではまず絶対無理な対応)


また、このやり方は、社員が商品の品揃え、仕入れ、販売の
すべてに責任を持てるので、とてもやりがいのある仕事です。

ですから、社員のモチベーション維持にも効果的ですね。
そして、やる気満々で働く社員は顧客にも好感を与えます。

社員満足度、顧客満足度ともに向上するというわけです。


また、「あおき」には、レジを済ませた後に、
客が自分で袋詰めするための「サッカー台」がありません。

各レジ台には、レジ係に加えて、もう一人、
袋詰めをする「サッカー」がいて、その場で手際よく袋詰め
してくれます。

袋詰めって、割れやすい卵をどこに入れたらいいとか、
結構気を使う面倒な作業ですが、「あおき」の場合、
いつもプロがやってくれるので安心ですよね。


さて、豪華な内装、個別対応が可能な運営体制、手厚いサービス
といった非効率な仕組みを「あおき」が重視しているのは、

単に食品を買うというだけでない、

「あおきという店舗での買い物体験」

全体の満足度向上です。


要するに、価格以外の付加価値で勝負しているんですね。
だから、競合店舗よりも割高な価格設定でも顧客の高い支持を
得ています。

業績を見ると、「あおき」の経常利益率は5%です。
業界平均は同1-2%ですから、
業界屈指の利益を生み出しています。

「効率化」の追求は、
そもそも利益率を高めることが目的のはずですが、
「非効率」を追求するあおきの事例を見ると、
「効率化」の意義が感じられなくなってしまいますね。


今後の高齢化社会では、
食事に関してはあまり量は重要ではなく、
高品質の商品、サービスがより強く志向されていくでしょうから、
「あおき」的やり方は今後もますます有望じゃないでしょうか。

投稿者 松尾 順 : 10:52 | コメント (2) | トラックバック

修学旅行の本質

元大手旅行会社のトップ営業マンとしてならしたIさん。
現在は関連会社で新規事業の立ち上げに関わっています。

Iさんは横浜地区の学校が担当でした。
学校営業の目玉は、なんといっても「修学旅行」です。

なんたって売り上げがでかいですからね。
もちろん、多くの旅行会社も修学旅行を狙ってきますから、
競争は激しい。

しかし、Iさんは、担当の横浜エリアで
長年にわたってダントツの強さを誇っていました。


その秘密を先日教えてもらいました。

Iさんによると、学校の信頼を得ることができたのは、

「修学旅行の本質」

を信念を持って説き続けたからだそうです。


「修学旅行の本質」とは、「主役が誰か」ということです。


修学旅行の主役は言うまでもなく「生徒たち」ですね。
しかも、修学旅行は生徒たちにとって一生に一度の
かけがえのないイベントです。

だとするなら、
生徒が一番喜んでくれる旅行企画を提案するのが正しいはず。

Iさんは、こう考えて、
校門の前で生徒にアンケートを取るなどして、
ベストの企画をひとつだけ提案しました。


一方、競合他社は、一度に何案もの提案をしてきていました。

たくさん提案すれば、
どれかは先生の目に留まるだろうという狙いです。

ただ、どんなにたくさん提案しようが、
主役の生徒たちのニーズはまったく反映されていません。

もちろん、生徒にアンケートを取るような会社は、
Iさん以外にはありませんでした。


修学旅行の主役は生徒とは言え、
実質的な決定権は先生にあります。

おそらく、競合他社の営業は、先生が気に入る企画を出せば
勝てると思っていたのかも知れませんね。

しかし、先生としては、生徒が喜んでくれるかどうかを
重視していたのです。(マスコミではいろいろと
ダメ教師の記事が掲載されますが、大多数の先生は誠実に
職務を遂行していますし、生徒の幸せを願っているものです)

だから、主役のニーズを反映させたIさんのベストな提案を
選ぶのは必然と言えました。


Iさんは修学旅行の中でも生徒がうれしくなるような
ちょっとした心配りをしていました。

たとえば、帰りの新幹線で出すお弁当。
そこには、「お疲れさまでした」というメッセージを
入れていたそうです。

もちろん、その分コストが上昇し目先の利益率は下がります。
しかし、こうしたことの積み重ねが、
リピート受注率をあげることにつながっていました。


Iさんの話を聞くと、
何事も「本質」をつかんでおくことの重要性がわかりますね。

コムスン会長の折口雅博氏の言葉でいえば、
ボーリングで10本全部倒すための「センターピン」が
何かをわかっているということです。

投稿者 松尾 順 : 11:28 | コメント (0)

「でもでも」モデルと「だけだけ」モデル

「でもでも」モデルの代表例は、
世界一のファーストフードチェーン、「マクドナルド」。

「だけだけ」モデルの代表例は、
日本一の旅館、和倉温泉の「加賀屋」。

この2つのモデルは、サービス業における
「標準化」と「個性化」を基礎に置く考え方です。


マクドナルドは、単位化(分割作業)と作業の標準化
(マニュアル化)を徹底的に推し進め、
グローバルな供給体制を構築することで、

「いつでも、どこでも、誰でも」

同じ商品とサービスが受けられるという
サービスのコモディティ(ありふれた商品)化を
成し遂げていますよね。

だから「でもでも」モデル!


一方、プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」
26年間連続、日本一に輝く「加賀屋」は、
個々の顧客の特性、嗜好、ニーズに極力個別対応します。

例えば、ゆかたは、
他の旅館のようにあらかじめ部屋に置いてありません。

客を出迎えた客室係が、部屋に案内しながら
適切に客の身長、身幅を読み取り、身長は5センチ刻み、
横幅は4タイプから最も目の前の宿泊客に合うサイズを
後で持っていきます。

また、料理も、名古屋から来た客のために、
特別に赤だしのお味噌汁を作るそうです。

この対応は、グループの中の1人であったとしても同じです。
1人だけのために、他の客とは別に柔らかめに炊いた
ご飯を用意することもあります。

加賀屋にも一応、接客マニュアルはあるものの、
旅館で働く人たちが大切にしているのは、

「お一人、お一人、心も顔も異なるお客様に向き合えるのは、
 この方のためにと尽くす自分の心しかありません」

という思い。


「あなただけ」のサービスを提供するために、

「できません」「ありません」

とは決して言わないのが加賀屋。

だから、「だけだけモデル」なんです。


さて、「でもでも」モデルと「だけだけ」モデル、
どちらが優れているといった議論のものではありません。

どちらも、固有のベネフィットを提供しています。

「でもでも」モデルが提供するのは、「安心感」。

世界旅行で見知らぬ土地に行ったけど、
現地の食事が自分に合うかどうかわからない時、
勝手知ったるマクドナルドに入れば、とりあえず安心ですよね。
(旅の醍醐味を一部失ってますけど・・・)


一方、「だけだけ」モデルは、
要するに「王様・王女様」扱いをしてくれるということですから、

「自己重要感」(自分は唯一のかけがえのない存在という意識)

を高めてくれます。

マズローの欲求五段階説的に言えば、
「でもでも」モデルは、生存や安全の欲求を、
「だけだけ」モデルは、所属、愛、評価、承認といった欲求を
満たしてくれるのだと言えそうです。


第三次産業として、農林水産業、工業に遅れて発展してきた
サービス産業は、「標準化」による生産性の向上が極めて重要な
製造業の影響を受けているためか、これまでどちらかと言えば、
「でもでも」モデルに偏りすぎていたように思います。

しかし、時代は言うまでもなく「だけだけ」モデルを求めています。
個別対応を重視した手厚い人的サービスが、これからさらに
増えていくように思います。


ただし、「だけだけ」モデルが成功するためには、
優れた人材の採用、育成、そしてリーダーによる適切な動機づけが
必須。

これが簡単ではないことは、昨日書いた青山のレストランの話でも
うかがえます。


加賀屋の場合、経営者の優れた人間性のなせる技か、

「加賀屋にはたくさんの客室があり、
 大勢の客室係が働いていますが、私たちは、受け持つ客室を
 加賀屋から一晩だけ借り受けるテナントだと考えています。」

「私たちは、一人ひとりが受け持つ客室の経営者なんです。
 その意識さえあれば、働かされているといるといった
 ネガティブな気持ちにはならないし、毎月のお給料も加賀屋
 の社長ではなく、お客さまから頂戴しているという大切な
 ポイントに気づくはずです」

とまで、客室係の人が言い切る意識が浸透しています。
だからこそ、日本一を長年続けることができるんでしょう。


*「でもでも」モデル、「だけだけ」モデルは、
 妹尾堅一郎先生(東京大学先端科学技術研究センター特任教授)
 の提唱(一橋ビジネスレビュー2006 AUG、特集論文
 「サービスマネジメントに関する5つのイシューより」

*加賀屋についてのエピソード、引用は、
 「加賀屋の流儀」(細井勝著、PHP出版)より。

投稿者 松尾 順 : 20:12 | コメント (0) | トラックバック

千葉・南房総にある旅館「紋屋」。
この宿の女将さんが「続・新米女将のひとり言/明日へのあゆみ」
というメルマガを発行されています。

私は発刊当時から読んでますが、もう発行7年目です。

このメルマガでは、旅館の経営がどんなものなのか、
けっこう赤裸々に綴られていて面白いですよ。


さて、先日のメルマガでは、女将さんの誕生日お祝いのため
ご主人と都内の某レストランに行った感想が書かれていました。

そのレストランの店名は書かれていませんでしたが、
サービスがすばらしいことで有名で、麻布十番にもお店があり、
イニシャルが刺繍されたナプキンが頼めて、
旅館向けのコンサルティングをやっている店ということですので、

「愛と感動のレストラン」

と称される青山(表参道)の人気店に違いありません。


それで、女将の感想は、端的には

「残念!」

ということのようです。

行く前の期待値が高すぎたこと、またご本人も飲食サービス
のプロですから、見る目が厳しかったんだろうと思います。

例えば、ご主人が頼まれた1万円のコースは、
各料理のポーションが小さく付け合せが寂しいもの。
値段の割りには全く量が足りない。味付けも変化に
乏しかったそうです。

また、追加有料でオーダーしたデザートプレートは、
ケーキ類はごくわずか。お世辞にもおいしいものではなかったし、
果物の鮮度もいまいち。


私が気になったのは、人のサービスについてのコメントでした。

「(誕生日)おめでとう」と言ってくれたスタッフの人たちは、
慣れすぎているのか、いまいち心がこもっておらず、にこやかさも
足りなかったこと、また、料理の説明についても、
最初のオーダーを取った女性を除いては、
早口で説明がわかりにくかったことなどを指摘していました。

このお店では、スタッフはみなレシーバーをつけて情報共有を
していて、帰る時にはご本人の傘がすかさず出てくるなど、
さすがの対応ではあるのですが、サービス業に従事している方から
見れば、

「システム」はよく出来ている

に止まると感じたそうです。


ちなみに、青山のこのレストラン、私も2度ほど利用したことが
あるのですが、他のレストランとは比較できないサービスに
大いに満足してきました。

ここ1年ほど足を運んでいないのですが、
最近はますます名声も上がり、超繁盛店になりすぎて、
現場に多少の「おごり」や「惰性」が生じているのかも
しれませんね。


現場スタッフの皆さんもがんばっているのでしょうけれど、
人的なサービスは一朝一夕で劇的に向上することはできませんし、
ちょっとしたやる気の変化で、サービス・クオリティも大きく
変わってしまうものです。


女将も締めくくりに書いていますが、

「本当にサービス業は難しい」

ものなんでしょう。

投稿者 松尾 順 : 12:58 | コメント (0) | トラックバック

絞り込む勇気

ホテルやレストランなど、店舗を構えてサービスを提供する
ビジネスの場合、来店客自体がサービスの世界観というか、
イメージを左右する要因になりますよね。

落ち着いた雰囲気の高級レストラン・バーなどで子供の来店を
断るのは、決して高飛車な態度を取りたいわけではなく、
子供がはしゃいだりするとその雰囲気が壊れしまうからです。
(結果的に来店客が減って経営が苦しくなります)

ですから、どんなお客さんに来て欲しいのか、
客層を絞込み、かつ、「ターゲットが誰かを」明確に外部に
伝えることが重要になってきます。


「ターゲットを絞り込み、外部に明確化する」

このビジネスの原理原則が、実際有効であることがわかる実例が、
日経MJの小阪裕司さんの連載コラム「招客招福」(20006/09/13)
に紹介されてました。(このコラムは、いつも実例に基づいた内容
なのですごく参考になります)


さて、ある美容院の話です。
勉強熱心な店主は、集客チラシに工夫をこらし、
客数を増やすことに成功していました。

ところが、やみくもに客を集めた結果、
年齢もタイプもあまりに多様な客が訪れるようになったため、
それまで作り上げてきたお店の雰囲気や顧客とスタッフの関係
がぎくしゃくするようになってしまったそうです。

そこで、店主は、ただお客を増やせば良いというものではない、

・どういうお客と付き合いたいのか
・どういうお客のお役に立ちたいのか

をしっかり定めるべきだということに気づいたわけです。


そして、彼が決めたのは、

・安売りは一切やめる
・主婦とお付き合いし、主婦のお役に立ちたい

ということでした。


さらに、店名を

「主婦の美容室○○」

に変えました。

これは、「誰に来て欲しいのか」を対外的に明確に伝えている
ということがポイントですよね。


小阪さんがコラムで書いてらっしゃいますが、
こうしてターゲットを絞り込み、対外的に明確化するのは
とても勇気のいることです。

なぜなら、この美容室で言えば、主婦以外は来ないでくださいと
暗示しているわけです。つまり、それだけ対象とするマーケット
規模を自ら小さしていることになるからです。


しかし、絞り込んだターゲットが、ビジネスとして成立する
だけの十分な大きさがあれば、むしろ「類は友を呼ぶ」効果が
発生します。

おそらく、主婦主体となった店には、主婦にとって心地よい
統一感のある雰囲気が形成されていると思います。

最近はやりの言葉を使えば、

「主婦のブランド経験の最適化」

を実現したとでも言えるでしょうか。

実際、店名変更後、同店での売上げは倍増したそうです。
値下げどころか、値上げしたにも関わらずです。


マーケティングの出発点は、「ターゲットセグメントの設定」
であることは、頭ではわかっていも実はなかなかできないこと
ですよね。

ついつい、「お客になってくれるのなら誰でもOK」
と思っちゃうものです。

でも、それは事業継続の観点からは間違った考え方であること
を再認識しないといかんでしょう。


余談ですが、最近仕事の引き合いをいただいた、
ある人材紹介会社は、

「30代のビジネスパーソンのキャリアを支援する」

とターゲットをきっちり絞り込んでいるそうです。


また、お取引のあるWeb制作会社では、

「出版社のWeb制作・運営支援で日本一になる」

という目標を掲げているところや、

「ファッションブランドのECサイト制作」

に全経営資源を投下しているところがあります。


私としても、こうした会社とこそ、
ぜひともお付き合いさせていただきたいと思っています。
(私にとってのターゲットセグメントの明確化です)

投稿者 松尾 順 : 08:30 | コメント (3) | トラックバック

安全の日本航空、安心の全日空

「安全の日本航空、安心の全日空」

なるほど・・・とうなずけますよね。
そうそう、らしいらしい、ぽいぽい。


この表現は、プレジデント誌最新号(20006.09.18)の
全日空を取り上げた記事本文中にあったものです。

日本航空は、
このところの度重なる運航トラブルで深刻な顧客離れを招いていて、
業績も厳しい。というわけで、全社を挙げて「安全性」の確保に
取り組んでいます。


一方、全日空は、2005年から、

「あんしん、あったか、あかるく元気!」

というブランドスローガンを前面に出して、
日本航空的な洗練された上品なサービスではなく、むしろ
ホスピタリティ(おもてなしの心)あふれるサービスを
目指していますね。福原愛ちゃんなどオリンピック選手を
起用した広告は好感度最高でした。業績も好調です。


さて、「安全の日本航空、安心の全日空」という表現は、
両社のブランドイメージの一面を端的に対比したものと
言えますよね。

ただ、全日空の「安心」の方が、日本航空の「安全」よりも
一段踏み込んだアピールであることがおわかりでしょうか?


「安全」は、どちらかと言えばハード面(機体の整備や
運航手順の遵守など)の特徴を語っており、
立ち位置が企業側にあります。

一方、「安心」は、「安全」のようなハード面の充実に加えて、
地上職員や客室乗務員の心遣いなど、ソフト面の充実も含めた
トータルなサービスがもたらす「感情的な便益」をアピール
しています。

お客様がどのような気持ちで飛行機に乗って欲しいか
という思いが感じられますし、明らかに立ち位置が顧客側に
あります。


「安全」と言えば、車ではボルボを連想しますね。
ただ、車にしろ、航空機にしろ、
利用者が求めているのは、「安全」そのものではなく、
その「安全」が与えてくれる「安心感」ですよね。

人が何らかの商品(モノ・サービス)を購入する理由は、
表面的にはいろいろあるでしょうけど、深いところでは、
すべて「心の平安」(Peace of Mind)を求めているから
と私は考えています。


「安心」を打ち出すことは、はまさに人の消費の真理を突く
アピールであり、ブランドコミュニケーションでも、
今のところ全日空が日本航空をリードしていると言わざるを
得ないですね。

ちなみに、プレジデントの記事に登場する宮崎健史氏
(仮名、年間80回飛行機に乗り、「航空会社乗り比べ」
というブログを開設)によれば、

“国際線は全日空、国内線は日航、総合評価だと六対四で
全日空を評価します”

だそうです。

ともあれ、外国の航空会社と比較したら、
日本航空も全日空もはるかにすばらしいサービスを提供
してることには違いないのですから、日本航空にも
もっとがんばって欲しいと思います。


ところで、「○○の日本航空、○○の全日空」のように、
○○のところを埋めて対比の妙を楽しむのは、
ISIS編集学校の編集稽古では、

「ミメロギア」

と呼ばれるものです。


ちょっと前にもメルマガでご紹介しましたが、
8月頭からだれでも応募できる

「全国ミメロギア投稿コンテスト」

が開催されています。

やってみると意外におもしろくてはまりますよ。


私もせっせと投稿していますが、先日ようやく1本だけ
入選(松竹梅の「竹」の評価)を果たしました。

お題は、「かぐや姫・白雪姫」です。

私の作品は、

「正体不明のかぐや姫、行方不明の白雪姫」

いちおう、これで図書券500円ゲットしました。(笑)


ちなみに、上記お題で「松」の評価の回答は、

「小悪魔の黙示録かぐや姫、お嬢様の福音書白雪姫」

です。

なんと奥深い回答でしょうか。
どこからこんなすごい回答が出てくるのか!

私の作品と比べると、センスの違いが歴然としていますね。(^_^;


単なる言葉遊びと考えて取り組んでも結構ですが、
マーケターには欠かせない言語感覚を磨くのに役に立ちますよ。

投稿者 松尾 順 : 12:35 | コメント (2) | トラックバック

人間臭いネット証券

ネット証券の最大のウリは手数料の安さでしたよね・・・

オンライン上でのヴァーチャルな展開を図ることで、
店舗運営費や人件費といいった固定費を削減、同時にギリギリ
まで利益を削ることで、手数料を大幅に引き下げる。

こうして、既存のリアル証券会社に「価格競争」を
仕掛けていった。つまり、「価格の安さ」という、
見える次元の中でも、最もわかりやすい購入の判断軸で
一気にリアル証券の顧客を奪い取りました。


しかし、やはり限界が見えてきています。
価格も下がるところまで下がった。
これ以上下げても、顧客にとっては瑣末な差異に過ぎない。

もっと別の新たなニーズを求め始める段階に入っています。


では、新たなニーズとはどんなものでしょうか?


ネット証券の雄、松井証券社長、松井道夫氏によれば、

「安定性」

そして、

「人間らしさ」

と言っていますね。(日経ビジネス2006年7月10日号)


「安定性」については、1分1秒の売買タイミングのズレが
大きな利益、あるいは損失につながる世界であれば、
現実には、常に重要とされてきていたはずのことです。

ただ、インターネット自体がベストエフォートの性質を
持っていましたから、「安定性」については、
「ある程度ご容赦ください」的甘えがあったのかも
知れません。

ですが、ともあれ「安定性」は、
二重化するなどのシステム強化で対応できる「見える次元」
の話です。


しかし、「人間らしさ」は、
要するに、人間臭い(人間味のある)アナログ的サービスを
付加することですよね。

これは「見えない次元」での競争に踏み込むことであり、
優れた人材の確保、あるいは教育が最重要課題になってきます。


実は、こうした人材面、サービス面は、
既存のリアル証券会社が強みとしてきたところ。

すでに、ネットの世界で先行した米国証券業界では、
既存のリアル証券会社に新興ネット証券会社が逆襲を
受けて苦しんでいるということを4月に書いています。

「消えてしまったものを探せ」


日本の証券業界でもやはり、
見えないところでの競争、言い換えると

あいまいで微妙な領域での差異化

が始まったわけです。


なお、松井証券の場合、
「人間臭いネット証券」を目指すための具体施策として、
札幌のコールセンターを今秋、300人体制に拡充する計画を
持っています。

投稿者 松尾 順 : 07:00 | コメント (0) | トラックバック

ホテル業界の見えない次元ポジショニング

「宿泊客は将来、ホテルのロケーション(立地)より、
 ‘ブランド’を重視する」

ニューヨーク大学が今月、
ホテルの経営者を対象に実施した調査では、
回答者の多くがこう答えたそうです。
(日経産業新聞、2006.06.28)


この回答は、逆に見れば、
ホテル経営者たちが、これからは

「‘ブランディング‘に力を入れていくべきだ」

と考えているとも読むことができますね。


実際、
シェラトンやメリディアン、ウエスティンなどを傘下に抱える
スターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドのCEO、
スティーブン・へイヤー氏は、

「我々が売るのは、ベッドのある部屋ではなく、
 ブランドが象徴する生活スタイル」

と強調しています。


では、なぜここまでホテルもブランドにこだわるようになって
きたのか。

実は、やはり昨日お話した

見える次元・見えない次元

が関係しています。


要するに、ホテル業界でも、
運営や設備といった見える次元での差異化が限界に来ているわけです。

例えば、ウエスティンホテルでは、
99年からベッドの質向上を図り、「ヘブンリーベッド」という
キャッチコピーを前面に打ち出してきました。
しかし、ハイアットなどのライバルも次々と高級化路線を追求し、
もやはベッドの質の面での優位性が失われてしまいました。
(実際体験したことないんですけどね・・・)


そこで、見えない次元での差異化、つまり独自のポジショニング
に取り組むしかなくなったのですが・・・

ホテル業界における見えない次元での独自のポジショニングを
確立するため重要な要素は何かおわかりですよね?

そう、顧客接点におけるコミュニケーション。

なかでも、とりわけ大切なのは、
ホテル内で顧客が出会うホテル・スタッフとのやりとり。

必ずしも言葉を交わすかどうかは問題ではありませんよね。

顧客とすれ違うときのスタッフの仕草や微笑み、
そんなノンバーバルなコミュニケーションを含むリアルな経験が、
ブランドイメージ形成に最も大きな影響を与えますよね。

こうした、リアルなブランド体験は、再現不可能なだけに、
競合が真似することは簡単ではない。
だからこそ、独自のポジションを確立・維持しやすい。


人材育成に最大の力を注いだリッツ・カールトンホテルが、
設立以来短期間のうちに、
極めて高いブランドイメージを構築できたのは
このブランディングのKFS(Key Factor for Sucess)を
わかっていたからでしょう。

また、一度は閉鎖の憂き目に合った
洞爺湖の「ザ・ウインザーホテル洞爺」が
不便なロケーションにも関わらず高い稼働率を達成し、
黒字化を果たすことができたのも、
ホスピタリティあふれるスタッフによる
「見えない次元のポジショニング」が成功したからであること
も間違いありません。

投稿者 松尾 順 : 15:41 | コメント (0) | トラックバック

巨大コンビニ?

九州のドラッグストア、「コスモス薬品」の
経営・マーケティング戦略は、なかなか興味深いものがあります。
(日経MJ、2006.05.29)


まず出店戦略です。

人口2万人程度の小商圏に、売場面積2千平方メートルの大型店舗。
サミット、ライフ、いなげやといった食品スーパーの場合、
売場面積はおおむね5百平方メートルですから、その約4倍、
標準的なホームセンターと肩を並べる大きさです。

人口2万人というのは、「市」ではなく「町」レベル。
いかに商圏としては小さいかわかりますよね。


そこにホームセンター並みのドラッグストアがでんと構えている。
しかも、この「横綱クラス」の店舗を中心に、
売場面積約半分の大きさの「大関クラス」の店舗が周囲を固めて、
「スキマ」を埋めてしまう店舗展開をしています。

商圏内の全需要を丸呑みするようなお店の規模に、ライバル企業は
はなから「こりゃ、勝てん!」とあきらめてしまうことを
狙っているんです。


次に品揃え戦略。

日用雑貨、医薬品などに加えて、食品に力を入れています。
以前は、顧客の来店頻度は、月1-2回でしたが、
食品を充実させるようになってから、来店頻度は週2-3回に
増加したそうです。

購入頻度の高い食品の強化は、同社にとって非常に重要な戦略
だったでしょう。

商圏が限られているため、その商圏内の市場シェアを高める
のではなく、取り扱い商品を広げて顧客(財布)シェアを高める
必要がありますから。

来店頻度が増えると親近感が醸成され、
顧客ロイヤルティも高くなりますしね。
つまり、同店への来店が習慣化するということです。


さて、価格戦略は、EDLP(Every Day Low Price)。
毎日安売り。特売はしません。

面白いのは価格設定の方法です。
いくらにするか、店のパートさんに聞くのだそうです。

「この商品はいくらなら買いますか、と聞くと
 バイヤーより的確な価格を出す」

とコスモス薬品社長の宇野正光氏は答えています。

メインユーザーの主婦層と同じ感覚を持つパートさんの
最高の活用法でしょう。


そしてプロモーション。
特売もしないし、
以前導入していたポイントカードは2003年に廃止。

宇野氏は、

「ポイントや日替わり特売などの販促は
あの手この手でお客をだます手品」

と言い、お店自体の魅力、つまり、
近くて便利、清潔な店舗と鮮度の高い品揃えで勝負しています。


コスモス薬品のWebサイト

には、上記のような企業戦略が明快に語られていますが、
コスモス薬品の店舗は、

巨大なコンビニ

を連想させますね。

さすがにコンビニのような定価販売ではありませんが、
安いなりにいつでも同じ価格だし、利便性を重視していること、
特売を基本的にしないことなど、まさにコンビニスタイルです。


「コスモス薬品」は、日本一ディスカウンターが多いと言われる
九州で、安売りを「ウリ」にしない戦略が可能なことを
同社の業績が実証しています。

過去5年間の増収率は30-80%です。

今度福岡に里帰りした時に寄ってみるかな・・・

投稿者 松尾 順 : 10:58 | コメント (0) | トラックバック

居酒屋の全体最適化

取引先の会社の移転のご案内が届きました。
新しいオフィスは麹町です。

麹町というと、私は学生時代にアルバイトでどっぷりと
浸かっていた「居酒屋とんちゃん」を必ず思い出します。

ノスタルジックな感情とともに。(⌒o⌒;


「とんちゃん」は汚い、いや庶民的な店。
おやじさん、おかみさんも味のある人たちで、
お客さんにとても慕われていました。

やたらとツマミの量が多い・大きいのが特徴で、
おにぎりは、確か砲丸投げのボールくらいありました。
片手では重過ぎて持てません。

近くの国会図書館、麹町警察署、ダイヤモンドホテルの方々など、
固定客が多く、ほぼ毎日満員御礼で大変忙しかったです。

私は当時、毎日開店から閉店までいたので、
‘ミスターとんちゃん’と呼ぶお客さんがいました。(^-^)


さて、若い人や警察のガタイのいい方々は、
飲むのも食べるのが早く、すぐにツマミがなくなります。
でどんどん追加注文が入る。

でもそうなると厨房がおっつかなくなるんですよね。

当時は、注文はメモへの手書きのみ。
壁に突き出た釘に、
そのメモをどんどん突き刺していくんですが、
メモ用紙が10枚とか超えると、何を何個作ればいいのか
混沌としてきます。


そこで、ミスターとんちゃんの出番です。

新しい注文を手に厨房に入り、すべての注文を整理し直して
まとめて作れる同じ料理が何個あるかを伝えます。


また、テーブルを見回り、ツマミの皿が空になっていて
食べるものがなく、

「お兄ちゃん、さっき注文した焼きうどんまだ?」

などと言われそうな注文の優先順位を上げて、
先に作るようお願いします。

こうした「注文捌き」の技は経験を通じて学んだわけですが、
今振り返ってみると、来店客全員が一定以上の満足を感じて
帰ってもらえるような「全体最適化」を図っていたことになる
んですね。


上記のようなことは、先日ご紹介した「愛されるサービス」

の本にも書いてありました。
なるほど、当たり前だけどどこの店でもやってるんだと
思った次第です。

<ブログはこちらです>

顧客満足を考える時、1人(1組)ひとりの個別最適化ではなく、
顧客全体の最適化という視点が必要になってくる業種・業態が
あるというわけです。

投稿者 松尾 順 : 06:00 | コメント (2) | トラックバック

動かないことが最高のサービス

発想のヒントになりそうなネタって、
いろんなところで見つかるものですね。


5年も前から日経夕刊で連載されているコラム、
「世界途中下車」は、世界各地の鉄道の旅を伝えてくれる
楽しい記事です。読んでる方、いらっしゃいますか?


さて、先日読んで「へーぇ!」と思ったのが、
英国の豪華寝台列車「ロイヤルスコッツマン」の話です。

「ロイヤルスコッツマン」は、
スコットランドを走る寝台列車で、7泊8日の旅。


しかし、スコットランドは端から端まで500kmに満たない
北海道より小さい地域です。
昼夜走り続けるはずの寝台列車で7泊8日もかかるのは
不思議ですよね。


でもちゃんと理由がありました。

「ロイヤルスコッツマン」は、始発駅、スコットランドの首都
エディンバラのウェーバリー駅を13:30に発車し、
一路ハイランドへ向かいます。

15時には英国らしくアフタヌーンティーのおもてなし。
そして、ディナーが始まる19時ころ、列車はスピーン橋駅に
停車したまま動かなくなります。

エディンバラからは、まだ250kmしか離れていない地点です。

乗務員に次の発車時間を聞くと、翌朝8時とのこと。
つまり、夜から朝にかけて13時間も同駅に停泊するわけです。

乗務員はこう付け加えました。

「夕食から就寝時間帯に走らないのは‘サービス’なのです」

確かに、動かず止まっていれば、列車の揺れでワインが
こぼれることもなく、またゆっくり安眠できますね。


いやあ、びっくりです。

「寝台列車とは、ベッドが備え付けられた列車であり、
 寝ている間に目的地に移動するもの」

といった一般的な定義でサービスを捉えてしまうと、
なかなかその言葉・定義の呪縛から逃れられないものです。

列車なのに、夜は動かさず、
「高級ホテル」そのものにしてしまう大胆な発想は
なかなか出てこないですよね。


「ロイヤルスコッツマン」の企画を担当した人は、
スコットランドのような小さい地域で、どうやって寝台列車の
サービスを成立させるか、相当頭を絞ったんでしょう。

意識的になんらかの発想法のテクニックを使ったとは思えませんが、
思考プロセスとしては、以前もご紹介した「意味の拡張」

を行ったんだと思います。

つまり、「寝台列車とは何か?」という問いの答えを
自由に、連想と言い換えを駆使して拡げていく発想法です。

・移動手段
・ホテル
・食事するところ
・寝るところ
・おしゃべりするところ
・景色を楽しむ
・出会いの場
・親交を深める場
・ポーカーを楽しむ場
・移動中はとらわれの身となる場

などなど。

その上で、こうした寝台列車の意味の拡張の結果、
出てきたそれぞれの言葉について吟味したんでしょうね。

そして、うちの列車を「高級ホテル」として考えるなら、
快適な食事と宿泊環境をゲストに提供するために、
「移動しない」のが最高のサービスだ、
という結論になったんじゃないでしょうか。


とにかく、固定的な定義、常識にとらわれないこと、
そして言葉の意味を拡張していくこと、
それが新たな発想につながるんだと思います。

投稿者 松尾 順 : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

炭団の夜

先日夜、前の会社の元同僚たちと、御茶ノ水駅そばの

「焼肉居酒屋 炭団(たどん)」


に行ってきました。


炭団は、3月20日にオープンしたばかり。
居酒屋大手「ワタミ」の新業態1号店です。

あのワタミさんが焼肉店展開に打って出る最初の店ですから、
美食家マーケター(笑)としては必見。

「実地調査」に乗り込んだというわけです。


さて、調査結果を簡単にご報告しますと、まず魅力は安さ。

カルビ、ハラミ、ピートロ、ホルモンなど、
各種の「基本肉」が380円から。

値段のわりには柔らかくておいしいね、というのが
元同僚たちと一致した意見です。


ただ、日経MJの記事(2006.03.24)によると、
炭団のカルビは80グラムで380円。
一方、牛角は、同110グラムで490円ですから、
グラム当たりの価格比較では大差がありません。

それでも、絶対価格の「380円」は、
単純に「安い」と感じます。

このあたりは、さすが顧客心理をよく読んでいますね。


また、目立つ点としては、ドリンク類の豊富さです。

ビール、サワー、ワイン、焼酎(日本、韓国)、ウイスキー、
日本酒、カクテル、なんでもござれといった感じ。

このドリンクメニューの充実にもちゃんと理由があります。

焼肉で一定の品質を保ちつつ手頃な値段で提供しようとすると、
ワタミの既存の居酒屋の食事メニューよりも、
粗利益率が10%ほど低下するそうです。このため、代わりに
ドリンクをたくさん飲んでもらって利益確保を狙っています。


また、なにせ開店して1週間ほどの一号店ですから、
サービスも気合入っていますね。

スタッフのモチベーションも高いし、
十分な教育を受けていることがうかがわれました。

来店時には、においがつきにくいようにコートやスーツの
上着を入れる「コートカバー」を貸してくれたり、
コートやかばんなどを入れられる「収納ケース」が
各テーブルの下に置いてあるなど細かい気配りにも感心。

残念ながら、まだ「オペレーション」が十分に回っていないようで、
最後に頼んだ「カルビクッパ」を食べたらやたらぬるい。
調理に失敗したようです。

すぐに作り直してくれたのでOKでしたけどね。

まあ、でも全体としてみれば、

「牛角に勝ってるかも!」

という感想です。

事務所から近いのでまた行きたいと思います。
リピーター作りの仕掛けはなんにもやってなかったですけど。


ところで、ワタミさんがなぜ焼肉屋を始めたのか。

社長の渡邉美樹氏によると、居酒屋マーケットが予想以上に
縮小しているからだそうです。(日経アソシエ、2006.03.07)

居酒屋のメインターゲットである若年層が長期的に減少していく
見込みであることに加えて、日本経済が二極化。

居酒屋は、生活レベルではいわゆる「中流」を
お得意さんとしてきたわけですが、近年、中流が上流(富裕層)、
もしくは下流(いわゆる年収300万円以下の世界)に分化し、
上流と下流の間が空洞化しつつあります。

上流の人たちはめったに居酒屋には行きませんし、
下流の人たちは、居酒屋の代わりにコンビにで酒を買って
自宅で飲む。

つまり、中流層市場が限定・縮小する中で、
収益を維持、拡大するためには、「居酒屋」業態の中で
いくらバリエーションを増やしても利用客は増えない。


そこで、新業態というより新業種と呼べる「焼肉店」を
立ち上げることがベストの戦略と判断したようです。

渡邉社長によると、「中華」にも目をつけているそうですので、
ワタミ版「中華料理店」の登場も近いかも。

投稿者 松尾 順 : 13:00 | コメント (0) | トラックバック

愛されるサービス

私は大学生を5年間やりました。(^-^)

がんばらないと卒業が危なかった最後の1年強は、
キャンパスに足繁く通いましたが、
残り4年弱の大半はもっぱら飲み屋に通ってました。

アル中で入り浸ってたとかじゃなくてですね、
パブレストランや居酒屋のウェイターとしてです。

人付き合いは決して得意ではなかったのですが、
学生になって初めてのアルバイトがサービス業、つまり
接客の仕事で、それを4年近くもやってしまったのは、
今思うと自分でも驚きです。


さて、当時は20歳かそこらで無我夢中でしたから、
サービス業のなんたるかまったくわかってませんでした。

でも、10年くらい後になって、顧客との関係性を重視する考え方、
つまり「CRM」(Customer Relationship Management)が
登場し、いろいろ研究してみると、CRMにおける成功原則の
ほとんどは、サービス業の成功原則であることがわかりました。

CRMは、商品を売るという視点ではなく、顧客を満足させる、
喜ばせるという視点で発想しますから、人とダイレクトに接する
サービス業においては当たり前のことだったんですね。


では、私がアルバイトしていたレストラン(飲食店)業界での
成功原則は何だと思いますか?


この答えとしては、その道のプロフェショナル、
元グローバルダイニングの新川義弘氏の持論が素晴らしいです。

新川氏は、お客様に感動を与えるサービスのためには
次の3要素(能力)が必要だと考えています。

・アンティシペーション(事前予知力)
・リコグニション(顧客認知力)
・オペレーション(運営力)


「アンティシペーション」とは、水のおかわりが欲しいとか、
テーブルをきれいにして欲しいとか、お客様が心の中で
して欲しいと思っていることを的確に読めること。

これは、私の提唱する「マインドリーディング」
(顧客心理解読法)と同じことですね。

お客様の心理を読んで、先回りしてサービスできれば、
お客様は、

「すごい!よく私の望みがわかったね!」

と感激してくれる。

これが、「ホスピタリティ」(気配り)に通じるわけです。


「リコグニション」は、お客様のお名前や以前注文したメニューや
好みを覚えていること。

「いつもの席でいつものやつね!」

「はい、かしこまりました」

で通じるお店があれば客としては気持ちいいですよね。
リピート客確保のためには不可欠の能力でしょう。

これは、リッツ・カールトンホテルさんも得意の能力ですね。


最後の「オペレーション」とは、たとえ混んでいる時でも、
スムーズに席に案内できたり、的確に注文をさばき、
タイミングよく料理を出せること。

つまり、「店を回す力」です。

これは、お客様が求めているコアのサービス
(飲食店の場合、食事ですね)をちゃんと提供できるかどうかを
左右しますから、顧客満足度アップのためにも重要です。

新川氏によれば、オペレーションをうまくやるために、
アンティシペーションが役に立つそうです。
確かに、次にお客さまが何を望むかを先に先に読めれば、
スムーズなオペレーションができる事前準備が容易になります。


お客様に感動を与える3要素、

・アンティシペーション
・リコグニション
・オペレーション

は、レストランに限らず、
お客様と直接接するコンタクトポイントであれば、
どこでも通用する基本原則と言えるでしょうね。

コールセンターやWebサイトでも、もちろんです。


*新川氏の話は、

「愛されるサービス」(新川義弘著、かんき出版)

から。

とても良い本です。オススメ!

投稿者 松尾 順 : 06:00 | コメント (0) | トラックバック

協争するバー

東横線のある駅の近くに友人が引っ越したそうです。
(あえて駅名は伏せます・・・)

酒好きの友人は、なにはともあれ地元のバーを開拓しようと
出かけました。酒なくて何が人生楽しかろうでしょう。


さて、ここでクイズです。


最初に行ったバーの壁には、あるものが貼ってありました。
それは何でしょう?


クイズなんかするなという声が聞こえてきましたので
すぐに答えを書いてしまうと、「地元のバーマップ」です。

その周辺のバーの店名や場所が記載された地図です。
これを見ると、特に大きい駅でもないのに、
かなりの数のバーが点在していることがわかったそうです。

そのバーマップを見て他の店に行くとそちらにも、
バーマップが貼ってあります。

本来地元客を取り合うライバル同士のバーが、
お互いの立地情報を教えあっているんですね。


繁華街じゃない地元のバーが成功するためには、
常連さんをどれだけ獲得できるかが鍵ですよね。

ただ、お客さんは、2軒3軒とハシゴしたくなる時もあるし、
たまには浮気もしたい。
最後は正妻に戻ってくるにしても、愛人の2人や3人は
囲っておきたい。

下品な喩えになりましたが、
こうした消費者のニーズを読んで、どうせバーに行くのなら、
渋谷や自由が丘とかに行かず、地元で回遊してくださいという
メッセージが「バーマップ」でしょう。

要するに、お店単位ではなく、
エリア単位で顧客を囲い込もうということ。


この地域のバーの経営者たちは、競争関係にありながら、
エリアに対する集客においては協調しあっています。

こうした戦略を「協争」(Coopetition)と呼びますね。

‘Cooporation(協調)’

‘Competition(競争)’

の合成語です。


協争戦略は、様々な業種・業界で行われていますが、
そもそもライバル同士の間では「協力」のベースとなる信頼関係が
ないので交渉には苦労します。

このため、協争戦略を推進する強力なリーダーが必要なんですね。
上記「バーマップ」の作成の影にも、熱い情熱を持ったリーダーが
いるんじゃないでしょうか。

投稿者 松尾 順 : 12:04 | コメント (0) | トラックバック

成田空港泊

今年の1月、関東に大雪が降った日。
1月21日(土)でしたね。

忘れもしません、この日は私の誕生日です。
本郷の事務所で仕事をしていた私は、
雪に包囲された自宅に帰れなくなってしまったのでした。
(私のことはどうでもいいですね。)


さて同日、私が長年レッスンを受けているコンガの先生は、
キューバに出発するため成田に向かいました。

オルケスタ・デラ・ルスのメンバーで、超一流のパーカッション
奏者である先生は、毎年1月にサルサの本場でラテンを堪能する
「キューバツアー」に引率者として同行しています。


先生の話によると、
午後3時ごろの出発でしたのでお昼には成田に到着。
約20名のツアー参加者とともにチェックイン、
出国手続きも済ませて出発を待ったそうです。

ところがやはり大雪のため出発が遅れ、
6時間近く待たされた挙句、「欠航」が決定しました。

搭乗ゲートにいて後は出発するばかりだったのでがっかりです。
いったん出国したことになってますから、再入国手続きを
しなきゃいけない。預けた荷物も受け取らなきゃいけない。
チケットのキャンセル手続きもしなきゃいけない。

何十便も同時に欠航になってますから、どの手続きも長い行列。
結局すべてが終わった時には夜中で、自宅には帰れない時間に
なってました。

ホテルに空きはなし。タクシーも2時間半待ちだったそうです。
結局、成田空港泊。正確に言うと成田空港ロビーの床でした。


先生の話を聞いて驚いたのは、利用する航空会社によって、
顧客対応が全然違っていたことです。

例えば、JAL便利用の方に対しては、
立派な寝袋が貸し出されたそうです。

ところが、キューバツアーの利用便は
外国の航空会社だったこともあるのでしょう、何の準備もない。
そこで、提携している日本の航空会社が毛布を用意したそうです。
しかし、渡されたものは、機内で貸し出すあの薄いやつが
一人1枚。硬い床の上で寝るには全然間に合いませんよね。

空港にいた航空会社の担当者の対応も最悪で、
乗客の人たちは相当いらだっていたそうです。
「あの航空会社には二度と乗るもんか」と思った人を
多数生み出したんじゃないでしょうか。


非常の時に人間の本性がわかるとよく言いますが、
会社もやっぱり同じですね。

悪天候などの不可抗力による欠航に対して、
本来、航空会社はなんら責任がありません。

となると、あとは、顧客に対する基本姿勢や経営理念の
問題になります。非常事態にこそ、どのような顧客対応が
ふさわしいのか、万全の準備をしておく必要があるんでしょうね。


ところで、当日は約1万人の旅行客が
成田空港泊を余儀なくされたそうです。みんなお腹が空きました。
ところが、空港内のレストランは夜には閉まっており、
何か食べようと思ったら、営業しているのは「マクドナルド」
くらいだったそうです。

ただ、マクドナルドさんはその夜、
ハンバーガー1個とかの単品売りを断り、バリューセットなどの
「セット販売」しか受け付けなくなったそうです。

不可解ですね。

セット販売しかしないことについて
何か正当な理由はあったんでしょうか。

もしあったのなら、それをちゃんと説明すべきでしたね。

人の弱みに付け込んで、顧客単価を引き上げることが
狙いだったとするなら、あまりに強欲ですね。

どうなんでしょう、マクドナルドさん?

投稿者 松尾 順 : 11:53 | コメント (0) | トラックバック

「星のや」に行ってみたい


昨年7月に開業したリゾート施設、「星のや 軽井沢」は
ご存知ですか。

老舗温泉ホテルの「星野温泉」の本館と周辺施設を
全面改装したものです。
開業以来、高い稼働率を維持しており、閑散期の冬期においても
週末はいつも満室という人気を博しています。

経営は、「アルファリゾート・トマム」など
破綻したリゾート施設の再生にも取り組む「星野リゾート」。
同社社長は、先日NHKの‘プロフェショナル 仕事の流儀’
に出演した星野佳路氏です。


実は、「星のや」開業直前の昨年6月、星野社長のご講演を聞く
機会がありました。

星野社長のお話は極めて論理的で明快。
なぜなら、ホテル、リゾート運営において
調査やデータを重視されているからです。

「星のや」の場合も、首都圏で1万人規模の、
旅行に対するアンケート調査を実施したそうです。

その調査結果から明らかになったのは、
既存の温泉旅館の自由度の低いサービスに対する
旅行者の不満の数々でした。

・歓迎されない遅いチェック・イン
・1泊2食が前提で、選択の余地のない夕食
・早々と布団をたたみに現れ、朝食にせきたてられる余裕の
 もてない朝。

などなど、皆さんも実感ありますよね。


そこで、星野社長はこうした不満をすべて解消するサービスを
目指しました。

「星のや」は24時間チェックイン可能。
ですから、例えば金曜日の夜、仕事後に最終の新幹線で
軽井沢入りできます。

夕食がついていないから、軽井沢の様々なレストランから
自由に選ぶことができる。

朝食の時間も自由。いくらでも朝寝坊できます。


なんだか、「星のや」を売り込んでいるうみたいに
なってしまいましたが、要するに、従来型温泉旅館の
固定観念(ステレオタイプ)を打ち破ったわけです。

伝統のある業界や業種・業態ほど、過去から繰り返されてきた
仕組みや行動に縛られていて、顧客不在となりそっぽを
向かれているケースが多いようです。

今の真実・事実を見るのではなく、過去の伝統やしきたり
にしか目が向いていない。

きちんと調査を行い、データを集めることで、
客観的な今の真実・事実を直視し、変革を起こすきっかけと
することができる。

星野社長はそのことがわかっているのでしょう。


「調査は役に立たない」と軽々しくおっしゃる方がいます。

しかし、

調査が役に立たないのではなく、
調査を役立てられない「あなた」が役に立たないのでは?

という批判を受ける覚悟が必要でしょう。(^-^)

などと偉そうなこといいつつ、

実は、まだ私自身は「星のや」に行ったことがありません。
今年はぜひ行きたいと思っております。


余談ながら、星野社長の奥さんは元調査会社の方で、
現在は大手自動車メーカーの調査部門の責任者です。
身近な方がリサーチのプロというのは、星野社長にとっても
大変心強いでしょうね。


なお、星野社長の昨年の講演の様子は、
「夕学五十講」の左メニュー「受講者レポート」の中にありますよ。

投稿者 松尾 順 : 12:46 | コメント (2) | トラックバック

街の電器屋さんの復活

日経MJ(2006.01.27)に、‘どっこい生きてる街の電器屋さん’という特集記事が
出てました。

量販店やディスカウントストアに押されて、衰退するばかりと見えていた
街の電器屋さんも、やり方次第で生き残っていけるということなんです。

いまさら言うまでもないことですが、大手小売業にはできない人手をかけた
手厚いサービスをやる方向に強みを伸ばせばいい。どう逆立ちしたって、
安さでは勝てないんですから。

また、電器屋だから家電品を売るという枠を外してくことによって、
たとえ狭い商圏でも売り上げを確保できる。

家庭の信頼できるコンシェルジュとして、
リフォームなどを引き受ければいいんです。

もちろん、自前で工事をやる必要はなく、リフォーム業者に
依頼すればいい。
大事なのは、業者の立場ではなく、
家庭の立場、お客さんの立場で責任を持って監督してあげること。

家庭で発生する様々な需要(主に衣食住でいえば「住」まわりでしょう)を
電器屋さんという、おそらくもっとも身近な存在になりうる有利なポジション
を活かしてどんどん吸い上げることによって、顧客単価を引き上げていく。

これができるかできないかが、街の電器屋さんの生き残りの鍵なんでしょう。

街の電器屋さんの成功企業のひとつ、「でんかのヤマグチ」の
山口勉社長は、こんなことを言ってますね。(日経MJのインタビュー記事より)

「ウチは経営安定のために粗利益率35%を確保するから、
量販店で23万円の薄型テレビが28万円だったりする。・・・
お客さんにすれば『あちこちに安い店が』はあいさつ代わり。
実は『お前の言い値で買うんだからわがままを聞いて』という
人が大半です。」

「ウチの営業スタイルは、医者や弁護士などのお金持ちには
向いていないらしく、百万円くらいする65型テレビを買ってくれるのも
普通の人です。それも『中年になればテレビが友達。
いい友達を持たなきゃ』『いいテレビを見とかなきゃあの世に
みやげ話がないよ』なんて言える関係があってこそ。
松下というより『ヤマグチ』の文ランドを買ってもらいます。」

でんかのヤマグチは、まさに「顧客関係性」で売ってるんですね。
同社は、10年前に、顧客リストを3万4千人から1万4千人に
減らしています。アクティブな顧客だけに絞り込んだのです。

その発想は「ヤマグチがお客さんを選ぼう」ということ

この見切り方もすごいですね。

投稿者 松尾 順 : 11:11 | コメント (0) | トラックバック

健康ランド、またはスーパー銭湯

温浴施設に、休憩スペースや飲食施設、マッサージなど
各種健康関連サービスを提供する場所が
健康ランド、またはスーパー銭湯ですね。

健康ランドというのは古臭い言い方で、気取った言い方だと
クアハウスですが、入浴料を含む入場料金が2-3千円かかります。

一方、スーパー銭湯は、温浴施設以外のスペースが少ないですが、
入場料金は取りません。500円程度の入浴料で済みます。

私は、こういったところが大好きで、健康ランド系だと事務所に近い
「ラクーア」に行きますし、自宅の松戸周辺のスーパー銭湯もあちこち
行きます。

ただ、最初はあちこち行ってみるのですが、しばらくすると行く場所が
決まってきて、他の場所にはあまり行かなくなります。

結局、なぜ特定の健康ランド、スーパー銭湯しか行かなくなるのか、
振り返って考えてみると、「食事」なんですね。核商品の温浴施設
じゃないんですね。

ああした施設は、大量の顧客にすばやく提供しなければならないので、
冷凍品+電子レンジを多用してます。要するに「チン」して出すものが
多いのです。働いている人も、入れ替わりの激しいパートでしょうから、
あまり手のこんだ食事は作れないということも背景にあるでしょう。

そうすると、味の良し悪しがはっきり出るんですね。
もっと端的に言うと、経営者の食事内容に対する姿勢や考え方が
現れています。

で、従来からある健康ランドでは、本当にがっかりする味のことが
多いですね。新しくできたスーパー銭湯でも、温浴施設は立派だけど
食事はがっかりというところがあり、そうしたところからは自然に
足が遠のいてしまいます。

私の好きなラクーアでは、食事もちゃんとしたレストラン(居酒屋、
焼肉など)が揃ってますので文句なし。

自宅の近くでよく行くスーパー銭湯の食事処では、例えば、
そばは、「信州そば」と「二八そば」の二種類が選べます。
他の食事もかなりおいしい。

温浴施設というのはまさにハードなものであまり大きな差は
つけにくい。でも、食事はソフトなもの。味の点で差別化を
するのは比較的簡単なはず。

健康ランド、スーパー銭湯に限りませんが、どこで他の施設と
競争優位性を確保すべきか、ちゃんとわかっている会社と
そうじゃない会社で業績に差が出てくるのはしごく当然ですね。

投稿者 松尾 順 : 08:00 | コメント (0) | トラックバック

サウナ大王のオススメ

こんな話がありますよね。

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街灯の下で、男の人が下を向いて目をきょろきょろさせています。

「何かお探しなんですか?」

「はい、恩師からもらった大切なネクタイピンを落としてしまって」

「このあたりで落としたんですか」

「いえ、落としたのはあっちの方なんですけどね。
あっちは暗くて見えないので、明るい街灯の下を探しているんです」

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「なんだ、バカな奴!」とお思いかもしれませんがが、
あなたが、インターネットでしか情報を探さないとしたら
この男の人とやってることは同じですよ。

おぢさんの昔話になってしまいますが、
私の20代、シンクタンクの研究員として調査をやっていた頃、
まだインターネット前でしたから、情報収集と言えば、
まず図書館に行くのが基本行動でした。

今は、インターネットのおかげで、机に座ったままかなり豊富な
情報が入手できますが、それらは、あくまでデジタル化された
情報だけという点を認識しておく必要がああります。

まだまだ紙でしか調べられないことってたくさんあるんですよ。
インターネットが簡単だからといって、インターネットが照らしている
情報以外に目を向けないのはかなりまずいと思いませんか。

というわけで、図書館は、こんなに使えるんだ、もっと有効活用
しましょうという本が発刊されています。

「図書館を使い倒す!―ネットではできない資料探しの「技」と「コツ」
千野 信浩著、新潮新書

純粋な読みものとしても大変面白いですよ。
ずいぶん売れているみたいですね。

えっ、タイトルの「サウナ大王」はどこいったかって?

そうでした、そうでした。

千野さんは、週刊ダイヤモンドの経済記者なんですが、
実は、全国のサウナを踏破した男。サウナ大好き人間。

つまり、「サウナ大王」さまなのです。

実は、昨日、千野さんの講演をお聞きし、そこで本も購入して
サインをいただいたんですが、その時、サウナ大王さまに
おうかがいをたてました。

「日本一のサウナはどこですか?」

サウナ大王さまのオススメは、

「それは、ラクーアです。大江戸温泉物語(お台場)は比じゃないよ」

とのことでした。

なんと、ラクーアは、私の事務所から徒歩10分程度。
かなりの頻度(といっても月に1回程度)で行っているのでした。

実は、私の将来のささやかな夢のひとつは、
本郷の事務所での仕事を夕方くらいにはさっさと終えて、
毎日のようにラクーアに入り浸ること。
もちろん、サウナは何度も入ってたっぷり汗を流します。

サウナ大王さま太鼓判のラクーアに歩いていける距離に
事務所を持っている幸運に感謝したい。

神様、ありがとう。

投稿者 松尾 順 : 10:14 | コメント (1) | トラックバック

プロセスを楽しめないなんて・・・

本を早く読みたい。そしたら、もっとたくさん読めるのに。

本好きなら誰でも一度はこんな思いがよぎりますよね。
私もそうで、速読術とかずいぶんやりました。

若い頃は、速読術のコースに20万円くらい払ったのに、
読むのはたいして早くならず、むしろ目が悪くなって(それまで両眼1.5!)
メガネをかける羽目になりました。とほほ・・・

でも、仮に早く読めるようになったとして、小説をガンガン読みたいですか。
私は小説を早く読みたくはありません。
じっくり行間まで読んで、読むプロセスをかみしめたい。

最近は、なんでも早く早くでじっくりプロセス自体を楽しむことが
できなくなりましたね。仕事でも、遊びでも、目的、目標があるのは
結構だけど、そうした目的、目標へ到達するプロセスが本来大事なはずですけどね。

プロセスとは、あなたの限られた希少な時間を投じることです。
結果はおまけにしか過ぎない。

いい結果が出る方がいいけれども、いい結果にならなくてもまあ、
いいじゃないですか。

プロセスがどれだけ楽しかったか、そして納得できるかですよ、
そう思いませんか。

投稿者 松尾 順 : 18:50 | コメント (0) | トラックバック

ダイソー、ユニクロ

ダイソーに半年振りくらいでしょうか、行きました。
いわゆる、「100均」と呼ぶ小売店の元祖ですけど、最近は、
200円、300円、1000円など、価格のバラエティがずいぶんひろがっていますね。

子供用の野球グラフが置いてあって、さすがに100円じゃないなとは思いましたが、
1000円の値札がぶらさがっていたのにはびっくりしました。

100円均一ストアは商品の鮮度が大切で、つまり「こんなのまで100円なの!?」
という驚きを与えるために、しょっちゅう目新しい商品を登場させてきましたけど、
さすがに100円で売ろうとすると、新商品開発にも限界があるんでしょう。

さて、ダイソーの次はユニクロへ。
ユニクロもやはり半年以上ぶり。

あいかわらずお客さんで込んでましたけど、どうも商品に面白みがないと
感じてしまいました。

別に私、ファッションセンスがあるわけじゃないんで、偉そうなことは
言えないんですけど。

ダイソーまで行かないまでも、ユニクロに「驚き」の要素が以前ほどは
なくなってしまったのはちょいと残念です。

投稿者 松尾 順 : 20:20 | コメント (0) | トラックバック

コーヒーの席巻

イギリスの紅茶を飲む習慣が、スターバックスなどの進出で
変わりつつあるようです。
(日経ビジネス2005年11月7日号、THE WALL STREET JOURNAL)

記事によると、ロンドンにあるスタバの店舗数は200店舗。
ニューヨークが同190店舗ですから、いかに、英国人がおいしいコーヒーを
待ち望んでいたか、いや、ついに目覚めたかということでしょう。

一方で、紅茶の消費量(金額ベース)は過去5年間で12%低下しました。
紅茶はイギリスの伝統的な嗜好品ですし、消費量は依然として圧倒的に
多いのですが、スタバの勢いを見る限り、
今後も、コーヒーが紅茶を着実に食っていきそうです。

紅茶、コーヒーといった嗜好品は、必需品以上に、個人の好き嫌いが
消費に最も大きな影響を与えます。
そして、自分の好きな味に対するこだわりを持つ一方で、
いろんなものを試してみたいという相反する欲求も持ちます。

英国人も、慣れ親しんだ紅茶に満足していたし、おいしいコーヒーが
なかったので、これまであまりコーヒーの消費は増えなかったのでしょう。

ところが、スタバのコーヒーはおいしいだけでなく、モカ・フラペチーノ
など、さまざまな種類の味が楽しめるという「選ぶ楽しみ」もあります。
このあたりの目新しさが、英国人の心をつかんだんでしょうね。

一方、紅茶業界は、その安定した地位にあぐらをかいて、
ろくなマーケティングをやってこなかったようです。
コーヒーの席巻にあわてて、いろんな策を打ち始めています。

さて、日本でも、いわゆるシアトル系カフェの浸透には
目を見張るものがありますね。
コーヒーの消費量も相当伸びているようです。

しかし、日本の伝統、緑茶の消費も着実に伸びています。
これは、日本の誇る緑茶飲料のおかげですね。
この市場を切り開いたのは伊藤園の「おーいお茶」ですが、
毎年新たな緑茶飲料が次々と発売されています。

伝統的な日本食に合うし、砂糖を入れない、健康的な飲料
として若者にも評価されているのが緑茶です。

実は、私のふるさとはお茶の名産地です。
「八女茶」というブランド名です。
確か、八女茶の入った緑茶飲料も最近発売されました。

とにもかくにも、日本のおいしい緑茶が、コーヒーに負けることなく
がんばっているのでほっとしているんですよ。

投稿者 松尾 順 : 12:05 | コメント (3) | トラックバック

効率的に飲める場所

私の事務所(文京区本郷)の近くに、最近流行りの立ち飲み居酒屋がオープンしました。
店名は、‘豚とん拍子’。立ち飲み屋さんらしい、軽快なネーミングですね。

まだオープンして2-3日ですが、かなりのにぎわい。カウンターに腰高の丸テーブルが4台ほど置いてあるだけの狭い店内に、仕事帰りのサラリーマンがあふれています。入り口が開放してあるので、気楽にふらふらと入りたくなる気持ち、すごくよくわかります。

立ち飲み屋というと、新橋や神田駅前のガード下で愛想のないおやじさんがやってるお店、飲むのはビールか日本酒、みたいなうらぶれたイメージがあります。しかし、立ち飲み屋ニューウェーブは、垢抜けた内装、若いスタッフ、ワインもある豊富な酒類など、若者、女性も抵抗なく入れる店が増えています。

でも、そもそも最近になって、なぜ立ち飲み屋が増えてきているのでしょうか。

飲み物やつまみの値段は手ごろではありますが、和民とかの通常の居酒屋とあまり変わりません。単に安いからだけがウケる理由ではないでしょう。

私が思うに、立ち飲み屋は「効率的に飲める場所」だからじゃないでしょうか。

成果主義の世の中、どんなことにも効率が求められます。効率とは、インプットとアウトプットの比率のことです。簡単に言えば、より少ないインプットで、最大のアウトプットを出すことができれば効率が高いというわけです。

立ち飲み屋は、安いことに加えて、短時間で切り上げることができます。つまり、最小限のお金と時間で、適度な酔いとその効用であるリラックス感が得られるのです。以前、よく仕事帰りに、「居酒屋で軽く一杯!」と行ったが最後、ずるずると飲み続け、夜中にタクシー帰りということが何度もありました。今はそんな余裕がなかなかありません。(個人差あるでしょうけど)

現代人は、効率をあらゆるところで要請されるため、ついついそれが習い性となってしまった人が増えているのかもしれません。違う例を挙げると、急成長している1000円床屋も、値段の安さ以上に10分そこらで散髪が済んでしまう時間効率の良さが、人気の理由のように思います。

効率的に仕事をして、効率的に飲む。

なんだか、ちょっとむなしいかな。

投稿者 松尾 順 : 10:03 | コメント (0) | トラックバック