成約率9割のロー・プレッシャー営業

約1900人の顧客を抱える、
ソニー生命保険のファイナンシャルプランナー、松岡博巳氏。

「顧客に信頼される営業マン」
「愛され続けるサービス」

をモットーにする松岡さんは、
多くの場合、「紹介」を通じて新規見込客に会います。

その成約率はなんと9割!


しかし、この驚異的な成果は、私たちが思わずイメージする、

「能弁で押しの強い営業スタイル」

がもたらしたものではありません。


紹介を受けると松岡さんは事前に、

「○○様から紹介で、
 保険の相談や心配事をお聞きできればと思います」

といった内容のハガキを送ります。

次いで、顔写真と簡単な自己紹介文を封書で送っておく。

こうして、事前に松岡さんの情報を見込客に渡しておくことで、
初めて会った時に、すぐに打ち解けて話ができるのです。

もちろん、会った後の紹介者へのお礼も怠りません。


そして、見込客との会話の中では、なによりも、

「お客様の喜怒哀楽」

を感じ取ることを重視。

その感性を磨くために、松岡さんは、
年50回のセミナー参加や読書を行っているそうです。
また、人間関係を良くする

「選択理論心理学」

の勉強会の幹事をしています。


松岡氏は、自分の営業方法について次のように述べています。

“気持ちの理解・共感があって初めて、お客様とのあいだに
 信頼関係が芽生え始めるんです。十分な時間を必要としますが、
 私が保険の提案に入るのはその段階を経てから。最初は、
 イエス・ノーの簡単な質問をし、信頼の度合いが上がってきてから
 難しい質問に切り替えていきます。”

あくまで顧客主導で話を進め、
決して加入を強要しないのが松岡さんなのです。


松岡さんのこの営業スタイルは、

「ロー・プレッシャー営業」

と呼ぶことができます。


「ロー・プレッシャー営業」とは、端的に説明すれば、

顧客ににじり寄り、購入に追い込むのではなく、
顧客自身に自由に買うか買わないかを自由に判断させること

です。

ちなみに、この対極にある営業スタイルは、

「ハイ・プレッシャー営業」

これは文字通り、あの手この手を弄して
見込客を「買う」という意思決定に追い込みます。

日本語では、

「押し売り」

と言えば理解が早いでしょうね。


さて、商品の選択肢が豊富にあり、
情報収集能力が高い現代の「賢い顧客」に対しては、
もはや、「ハイ・プレッシャー営業」は効果が薄く、
むしろ、一見弱腰に思える

「ロー・プレッシャー営業」

の方が効果が高いケースが多いと思われます。


「ロー・プレッシャー営業」においては、
2つの原則があります。

ひとつは「誠実でなければならない」こと。

購入を強要しないのは、
あくまで見せかけの誠実さや親切さであって、
結局のところ、「なんとかして買わせたい」
というセールスパーソンの

「下心」(本心)

がわかった瞬間、見込客は離れていきます。

ですから、なかなか実践は難しいことですが、
商品のメリットも弱点も率直に説明し、
見込客が本当に必要、また欲しいと感じなければ
購入してくれなくてもかまわない、という気持ちを
もって営業に臨むことがロー・プレッシャー営業の
成功の鍵を握っています。


そしてもうひとつの原則は、

「顧客が抱えている問題を解決する」

ということ。


そもそも、商品は、
買い手の何らかのニーズを充足するように
設計・開発されているはずです。

ニーズとは、たとえば保険の場合、

「事故や病気時の生活の不安をなくしたい」

といった問題として表現できます。

そこで、セールスパーソンは、
商品の特徴ではなく、顧客の抱える問題に焦点を当てる。
そして、その問題を商品がどのように解決するかを説明する。


これは、要するに商品の

「便益」(ベネフィット)

を語ることですが、この時、セールスパーソンは、
売り手ではなく、「買い手」の立場で考えることができています。

こうした顧客の立場に立つという基本的な姿勢が、
見込客をして自ら購入を判断してもらうために必要なのです。


そもそも、人は、相手に自分の考えや行動を
強引にコントロールされるのが嫌いです。

説得が強引であればあるほど反発したくなる。
(これを心理学では、「心理的リアクタンス」と呼びます)


ですから、実は「強い説得」よりも
「弱い説得」のほうが効果的。

「ロー・プレッシャー営業」は、
人間心理の点からも、実に理にかなったスタイルだと言えます。


(参考文献)

『サービスを超える瞬間 実例・実践編』
(高野昇著・監修、かんき出版)

「ロー・プレッシャー営業」
(Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー October 2007)

投稿者 松尾 順 : 08:36 | コメント (0) | トラックバック

音声で届ける特売情報

実は、私は電話がかなり苦手です。

受けるにしろ、こちらからかけるにしろ、
相手の状況を無視して強引に割り込むような感覚が
あるからです。


また、ミーティング中などに携帯電話を取るのは、
通話中待たせてしまう相手の時間を奪うことになるので、
私は原則出ません。

しかも、電車などでの移動中の携帯通話はマナー違反ですから、
外出している間は、ほとんど電話に出られるタイミングが
ないんですよね。(したがって、いつも留守電にしてあります)


ですから、今日今すぐ電話で話せないと問題が起こる場合を
除いて極力、メールでのやりとりにしています。

以前から、私は電話ではなかなかつかまらないと
言われておりますが、こんな事情があります。

ご理解いただければありがたいです。


さて、事務所にしょっちゅうかかってくる売込みの電話。

おおむね投資の話ですが、
仕事が中断されるので、ほんと頭に来ます。

電話が苦手かどうかに関わらず、
誰にとってもセールスコールはいやなものでしょう。


ただ、ちょっと不思議なことがあります。


生身の営業マンが、

「このたび、このエリアの担当となりまして、
 ご挨拶に回っているんですが・・・」

などといった、説得力ゼロの切り出し方で
なんとかして面会の約束を取り付けようとするよりも、

電話を取ると自動音声が流れて単刀直入、

「御社の業務効率改善に役立つ○○に興味がおありでしょうか、
 もしご興味がある場合は1を押してください・・・」

といった内容の電話を受ける方がまだ気が楽だということです。


相手がコンピュータだとわかっていれば、
途中でさっさと切ることに心理的抵抗を感じませんし、
用件をすぐに切り出すので、こちらもあまり時間を取られずに
済むからでしょう。


ですから、企業が

「アウトバウンドコール(お客様へにかける営業電話)」

をやるのなら、対象商品によって向き不向きはありますが、
生身の人間じゃなくて、自動音声にしたほうが効果が
ある場合も多いんじゃないかと思います。


えーと、ようやく本題に入ります。
前ふりが長くてすいません。

今日ご紹介したい事例は、
ドラッグストアの特売情報を会員カードを保有している
既存ユーザーに自動音声の電話で伝えたというものです。
(アイティセレクト、2007.07.08)


「ハックドラッグ」「ハックエクスプレス」といった名称で
展開するドラッグストアを運営するCFSコーポレーションでは、

「Voice Reach」(プレミアグローバルサービス社)

という音声の一斉配信を行うASPサービスを利用し、
「ハックドラッグ」会員に対して、特売情報をあらかじめ
録音された音声データで伝えることにしました。

ただし、いかに販促の対象者が「既存ユーザー」とは言え、
突然自宅や携帯に電話をかけ、音声データを流すという
販促方法に対する会員の反応が当初読めなかったため、
まずは限定された店舗でテストをやることにしたのです。


テストは06年の8月、10月、12月の3回にわたって行われ、
最初は1万人程度で試し、その後2万人へと対象者を増やして
いきました。

その結果は、音声配信をした顧客は、しない顧客よりも、

3%-8%

多く来店することが分かりました。
このコンバージョン率はなかなか悪くない数字ですね。

費用対効果がどうだったのかが気になります。
(記事には記載なし)


また、懸念された苦情はわずかだったようです。

ただし、表立っての苦情は少なかったかも知れませんが、
不快感を持った客はいたでしょうし、別途顧客の反応について
調べたほうがいいと感じました。


日本では、自動音声によるアウトバンドコールは
米国ほどには普及していません。

しかし、意外に、受ける側の抵抗感が少ないことが
上記事例からもうかがえますので、今後伸びる可能性が高いと
思います。

投稿者 松尾 順 : 12:03 | コメント (0) | トラックバック

売るのか、売れるのか

「デジタル化」の進展、それは、

何事も「数字」で把握する傾向

が強まることです。


確かに、「数字」という客観的な尺度で物事を見ることは、
企業運営を円滑に行う上で必要なことではあります。


しかし、この傾向が行き過ぎると

「数字至上主義」

になる危険性をはらんでますよね。


たとえば、伊勢丹の入社3-5年の若手バイヤーは、
売れ筋の品番を即座に、そらで言えます。
(日経MJ、2007/06/18)

品番はたぶん10桁とかの数字ですよね。
すごい記憶力。


ところが、店頭にいる時に、

「売れている商品はどれか」

と聞いても、バイヤーたちは商品自体は見ずに、
商品に付けられているタグの品番を探すんだそうです。

個々の商品の色や形ではなく、
数字でしか商品を識別できないわけです。


こうした傾向は、10年選手のバイヤーにもあるそうです。

1ヶ月に1枚も売れない衣料品のデータを見て、

「メーカーに返品していいですか」

と上司に聞きに来る。


上司は、「ちょっと待て」と言って、
この道30年のベテラン販売員を集めて、

「売れるものと売れないものを分けてくれ」

と頼む。すると、

「これはダメだけど、これはもっと前に出せば売れますよ」

などと分類してくれる。


そして、言われたように陳列をいじると、
1ヶ月に1枚も売れていなかった商品がいきなり

「ベストセラー」

に様変わりしたりすることがあるそうです。


単に、結果の数字だけを見て「売れない」と
短絡的に判断するのは必ずしも正しくない。

こちらに「売る気」があれば、
売れ始めることがあるということを忘れちゃいけません。


つまり、商品販売については、

・売るのか(積極的に・・・)
・売れるのか(商品力で黙ってても・・・)

の両側面があるわけですが、
どちらか一方ではなく、バランスが大事ですよね。


最後にもうひとつ、積極的に「売る」ことで成功した事例。
(Works 82号、2007/06/07)


京成成田駅徒歩数分のスーパー、「ヤオコー成田駅前店」

同スーパーで、調味料、お菓子、日用雑貨などを扱う
グロッサリー部門の責任者は、下澤洋子さん。

下澤さんは、ヤオコー92店のグロッサリー部門で
利益率トップの“スーパーパート社員”です。


さて、下澤さんが「売ろう」としたのは、長野県産のみそ。
1キロの定価が900円超。ずいぶん高いですね。

月1度の特売日は3割引になるものの、
同店の売れ筋みそは、200-300円程度でしたので、
特売日でさえ、価格差は2倍もあります。

したがって、このみそは、
特売日でも1日2個売れればいいほうでした。
(つまり、普段はほとんど動いていなかったということです)


このみそを売るため、下澤さんは、
まず味を知ってもらおうと、試食部門と組んで、

「みそをつけたきゅうり」

の試食を1年にわたり出し続けました。


もちろん、だからといってそう簡単には売れません。

試食部門の人からは、

「そろそろ他の商品をお客様に薦めたらどうか」

と言われたそうです。

しかし、下澤さんは譲らなかったのです。


また、陳列棚の端のエンド部分、
よく特売で商品が山積みにされているスペースにも、
このみそを置いて粘り強くアピールを続けました。

結局、下澤さんは、2年にわたってこのみそを
「売る」ことに賭けた結果、今では

1日80個

を売るヒット商品になっています。


商品や販売現場をろくに知らないまま、
数字だけを見つめ、しかも、短期的な結果を重視することで
失われてしまうチャンスがあるかもしれない。

この事例はそんなことを教えてくれます。

投稿者 松尾 順 : 10:50 | コメント (2) | トラックバック

新幹線ガール

あなたが、

「新幹線のパーサー」

として働いているとします。
パーサーの主な仕事は、車内でのワゴン販売です。


さて、いつものように商品を満載したワゴンを押していると
客さんから次のように聞かれました。


“玄米茶か麦茶はありますか。緑茶だけはだめなんです。”


しかし、玄米茶や麦茶は扱っていません。
どうお答えになりますか?


“すいません、緑茶しかお売りしていないんですよ”


と断るのは簡単ですが、これはロボットでもできる返事。


“緑茶だけはだめ”

という言葉の裏にあるお客様のニーズを想像(洞察)できるのが
人間ならではの能力です。(情報の深い解釈という意味では、
(昨日のインテリジェンスに通じるものがありますね!)


さて、平均の3倍を売り上げる東海道新幹線のパーサー、
新幹線ガールこと徳渕真利子さんは、

「緑茶にはカフェインが含まれている」

という知識を元に、このお客さんは、

「カフェインを取りたくないのではないか」

という予測(仮説)を立てました。そして、

「ミネラル・ウォーターならありますがいかがですか?」

という提案をしたそうです。


パーサーの仕事はアルバイトから始めた徳渕さん。
(現在は正社員)

いくら販売成績がよくても時給が上がるわけではありません
でしたが、パーサーのプロとしての矜持を持ち、努力を
欠かしませんでした。

その結果、まだ20歳そこそこで販売の本質を体得し、
高い成果につなげています。


そもそも、

「多く売ろう」

と心がけたわけではないと徳渕さんは言います。

乗客が快適に過ごせることを願い、
最大限、顧客の要望に応えることができるように、
努力しただけのようですね。


新幹線ガール(徳渕真利子著、メディアファクトリー)

には、徳渕さんが体得した接客のコツがいくつか公開されています。


・アイコンタクトを絶対する

 たとえ一期一会であっても、乗客ときちんとコミュニケーションを
 取ろうと心がけているそうです。
 
 徳渕さんは、

 「コミュニケーションが多いほど、
  お客さんはより多く買ってくれるようだ」
 
 というCRMの基本法則を既に気づいています。


・もう一品お勧めする

 いわゆる「クロスセル」(関連販売)を行うことで、
 客単価を高めているわけです。
 
 私が新幹線に乗った時のことを思い出してみると、
 クロスセルしてくるパーサーはほとんどいませんよね。
 ただ、乗客の注文した商品を渡すだけです。

 お客さんにクロスセルするためには、
 それが「販売実績をあげたいから」といった印象を与えないように、
 お客さんが納得できる適切なお勧めをする必要があります。

 徳渕さんは、そのあたりきちんと考えているということでしょう。


・お客様が出されている「買いますよ」のサインを見逃さない

 次の車両に入った時、チャリチャリと小銭を探す音がしたら、
 そのお客様を探します。男性客は小銭をポケットなどに直に
 入れていることが多いので、何か買うために小銭を出そうと
 すると音が聞こえるからですね。


・乗客の背面からワゴン販売を行う場合は、
 正面から進む場合よりもゆっくり進む。

 背面からだと、パーサーが通っていることに乗客が
 気づきにくいから。 ですから、意識的にワゴンを押す
 スピードを落とします。
 (実際、正面からと、背面からのワゴン販売では、
  売り上げが1.5倍も違うそうです)

・お客様の立場で考える

 これは、要するにお客様のニーズを読むということです。
 冒頭の緑茶はダメという言葉から、カフェインが入っていない
 飲料が欲しいという、言葉の裏にある欲求を想像すること。


こうした接客のコツ、知ってみればなんでもないことですが、
大事なことは、ちゃんと

「実行できるかどうか」

なんですよね。


なお、徳渕さんは、働き始めたばかりのころは、
乗車した新幹線で何が売れたのかをメモに記録していたそうです。
(ベテランになると、自然に頭に入るのでメモしなくても
 よくなるそうですが。)

徳渕さんは、次回乗車の際には、
このメモに基づいてワゴンに搭載する商品の種類、個数を
決めていたのです。

投稿者 松尾 順 : 09:25 | コメント (2) | トラックバック

提案、提案、提案!

来る4月27日にグランドオープンする「新丸の内ビルディング」、
通称「新丸ビル」に入居している飲食店のビールは、
キリンビールが独占しているんだそうですね。

新丸ビルのオーナーは三菱地所、そしてキリンも三菱グループ。
ですからそもそも有利な戦いではありましたが。


しかし、キリンは近年、小学生だってできる値引き主体の

「価格型営業」

から、飲食店の収益増につながる価値ある提案を行う

「価値型営業」

への転換を図ってきました。


ですから、キリンの営業さんは、このところ
「提案、提案、提案」としつこく言われるそうです。

新丸ビルの成果も、そうした価値型営業が認められた側面も
大きいんじゃないでしょうか。


なお、キリンの場合、価格型営業から価値型営業に切り替えて、
相応の成果が見え始めるまでに3年くらいかかったそうです。


当初、価格型営業をやめる、つまり値引きをしなくなるだけでは、
ライバルにどんどん負けてしまう。

結果として売り上げがどんどん下がっていくのですが、
このつらい時期をぐっとこらえ、価値型営業への転換に
成功したのは、トップのゆるがない信念のおかげでしょう。


ついでながら、2002年にグランドオープンした、
新しい「丸ビル」(新・丸ビルと呼ぶ人がいました)と、
今回の「新丸ビル」は、道路をはさんで向かい合う別々のビル。

旧・新丸ビルが建て替えに入る前、この2つのビルを
ごっちゃにする人が多かったそうです。

しかし、今回、「新・新丸ビル」のオープンで、
「新・丸ビル」と、「新・新丸ビル」を再び混同する人が
増えそうですね。


こうして書いてるだけでも混乱してきました・・・

投稿者 松尾 順 : 06:00 | コメント (1) | トラックバック

「販売促進」じゃなくて「購買促進」

なんでもネットで買える(売れる)時代とはいえ、
やはり高額商品、特に「住宅」は現物を見ないことには
検討ができないですよね。


でも、住宅の場合、分譲マンションであれ、戸建てであれ、
モデルルームや住宅展示場に行くのは結構気が重い・・・
(車のディーラーもまあ一緒か・・・)


そういうところに行くと、まず担当の人が出てきて、
たいていアンケートを書かされます。

そして、連絡先を書いてしまうと、
早速営業担当者から電話攻勢です。

こちらは、まだ「情報収集段階」でじっくり比較検討したいのに
営業担当者は無理やり「購買決定段階」に連れて行こうと
しますから、いやな気分になるものです。


まあ、以前よりもこうした強引な営業は減ったのは確かです。
(私も、イベント・アトラクションに釣られて、今でもたまに
 住宅展示場のフェアなどに行きます)


でも、モデルルームや住宅展示場は、
基本的に見込客情報を獲得できる貴重な場所です。

アンケートにはできるだけ応えさせたいと、
売り手は考えるのが普通です。


ところが、モデルルームでのアンケートを止めてしまった
マンション販売会社があります。(PRESIDENT、2007.3.5)

大阪市の「ピルプワーク」では、
親会社の不動産デベロッパー、日本レイトの開発物件だけでなく、
大京、オリックス・エステートなど他社物件の販売も
請け負っています。


同社が擁する「営業スタッフ」は70余名。女性が中心です。

同社取り扱いの某物件の場合、昨年8月の夏枯れの時期に
5名の営業スタッフで25件を成約させたそうですから、
なかなかのものですね。


さて、ピルプワークの販売における考え方は、
従来のマンションを売ろうとする

「販売促進」

ではなく、

客のほうからマンションを欲しいと思わせる

「購買促進」

です。


「販売促進」は売り手の立場で客にアプローチしますから、
客の方は「売りつけられた感」「買わされる恐怖感」がある。

これが、モデルルームに行くのをついためらってしまう
ことにつながるわけですね。


一方、購買促進はあくまで、客に‘自発的’に「欲しい」
と思わせる活動です。

客の自発性を尊重しますから、「売りつけられた感」
「買わされる恐怖」が生じない。

ですから、同社の販売する物件のモデルルームでは、
名前や住所を書かせるアンケートを行っていません。


また、客の対応をする営業担当者も、あくまで

「家の購入の相談に乗って欲しい」

と客に思わせる雰囲気づくりを心がけ、
客の方から連絡先を知らせたいと言われて初めて
住所などを聞くそうです。


まずなによりも、顧客との心理的距離感を縮めて、
信頼関係を作ることを優先するのが同社のやり方。

しかも、客が希望する間取りやライフスタイルなどを聞く時も、
物件のPRは積極的に行わない。

「買いたいという気持ちが強いお客様ほど、ご自身で
 住宅情報誌やインターネットを通じて物件研究を重ねて
 いらっしゃいます」(同社社長、石田明美氏)


今は、へたをすると客の方が詳しい。
べらべらと一方的に物件のPRをしたらかえって迷惑ですし、
営業スタッフの力量が見破られてしまうかもしれませんよね。

だから、客から尋ねられるまで、
同社営業スタッフは物件のアピールはしないのです。


また、モデルルームでの接客は、
テーマパークのアトラクションのように、
客に実際に体験してもらうことを重視しています。

お風呂なら浴槽の中にスタッフが入って見せたり、
お客さんに入ってもらって広さを実感してもらう。


ある一定以上のマンションになると、
床暖房、セキュリティーシステムなどのハード的設備は
実際とのところ大差ありません。

そこで、同社では、実体験させることによって
販売物件に「情緒的・感覚的価値」を付加しようと
してるんでしょう。


あえて積極的に売らない、買わせようとしないという
販売スタイルは、化粧品業界でも増えつつありますよね。

また、今回の事例は、金型の通信販売で成功した商社、
「ミスミ」の「販売代理」ではなく「購買代理」の思想
とも共通するものを感じました。

投稿者 松尾 順 : 09:12 | コメント (0) | トラックバック

カリスマ車内販売員の言葉のマジック

新幹線の車内販売のカリスマ、斉藤泉さんの話、
聞いたことありますか?

斉藤さんは、最近よくメディアに登場されているので、
ご存知の方も多いんじゃないかと思います。


私も、以前こんな話を書きました。

「背中に刺さる弁当欲しい視線」


斉藤さんは、JR山形新幹線「つばさ」の92年開業時から
乗車しているベテラン。

さすが、車内販売歴14年のカリスマだけあって、
お客さんの「気」を背中で感じることができるんですね。

しかも、買おうかどうしようかと迷っているお客さんを
「目」(視線)で落とすことさえできる。すごい!


さて、今回は続編。(笑)
斉藤さんが経験からつかんだ言葉のマジックについて。
(サービスの花道[セオリー]、講談社から)


斉藤さんは、商品を販売する時、
ちょっとしたひとことを付け加えます。

「つばさ限定です」

「全国駅弁コンクールで優勝しました」

など。

こうすることで、食べる前の客の期待感を高める。
赤福で言う「先味」を実践しているわけです。


また、こうしたひとことが周囲のお客さんの関心も引き、

「私もください!」

ということになります。


300円のホットコーヒーを販売する時も、

「淹れたてです」

と微笑みながらお客さんにカップを渡す。

この言葉がコーヒーをよりおいしく感じさせ、
お客さんの満足を高め、やや割高なコーヒーを
高いと思わせなくしています。


斉藤さんは、販売する側としては

「当たり前のこと」「わかりきったこと」

だけど、お客さんには

「言わなければなかなか伝わらないこと」

をちゃんと言葉に出すことで、
購買意欲を高めている。


私は、

「言葉のマジック」

なんて、オオゲサに表現してはいますが、実は、
斉藤さんはとてもシンプルなことをやっているだけ
なんですね。


でも、大事なことは、こうした「ちょっとしたひとこと」が
効くということを把握していること、そして実践することです。


余談ですが、斉藤さんは、乗車する車両の客層や当日の気候、
運行時間帯などを踏まえて何が売れるかを予測し、
ワゴンに乗せる商品内容や個数を決めます。

そして、目的地に到着した時、
売れ残ったり、足りなくなることなく、予測どおり
ぴったり売り切ると

「大きな達成感を感じます。」

と別のところで読んだ覚えがあります。


「勝負師」の気質を感じさせますね。

投稿者 松尾 順 : 09:19 | コメント (0) | トラックバック

40万円の化粧品を売る方法

以前、カネボウ化粧品が、40万円の化粧品(コンパクトと口紅)
を発売したことがありました。

漆塗りの贅をつくしたパッケージだったそうです。


中味も相応の品質のものだったんでしょうけれど、

「こんな高い化粧品、誰が買うんじゃい!」

と、さすがのスーパーカリスマ販売員、
長谷川桂子氏も思ったそうです。


ともあれ、長谷川氏は、まず地元の高額納税者番付リストを入手。
つまり、地元のお金持ちリストですね。

そして、トップの人から順番に回りました。
しかしまったく売れません・・・


長谷川氏は、40万円の化粧品と向かい合い対話をしたそうです。
(長谷川氏は、よくこうして商品と会話するそうです)

「あなたは、どうやって売って欲しいの?」

よく見ると、この化粧品の漆塗りのパッケージには、
平安絵巻が描かれていました。

そこで、長谷川氏はそれから4日間、図書館にこもり、
「漆」と「平安物語」の勉強をしました。


以来、セールストークの中では、漆のすばらしさを
伝えつつ、見込客を平安の世界へと誘ったのです。

その結果、単価40万円のこの化粧品を
周囲が驚くほど売りまくったそうです。


化粧品は、
コンビニで買える1000円前後の商品も、
丁寧なカウンセリングを受ける百貨店の高級ブランドも、

その実質的な「利用価値」は大差ないですよね・・・

両者の価格差が、仮に10倍あったからといって、
高級ブランドを使えば、コンビニブランドより
10倍きれいになれるということではないでしょう。(笑)


つまり、両者の価格差はデザインやサービスなどの
付加価値部分と、それをきちんと伝えた結果としての
「ブランドイメージ」の差です。

したがって、

「ブランドイメージ」

は、別の見方をすれば、
さまざまなコミュニケーションを通じて形成された

「情報価値」

であると言うことができます。


長谷川氏も、このことがわかっていたから、
40万円の化粧品の持つストーリー性(平安物語)を見込客に
訴求することによって「情報価値」を高め、
販売することに成功したわけです。

カネボウでは、昨年「12万6千円」の口紅を発売してますが、
この商品も、長谷川桂子氏率いる、岡山・新見の「安達太陽堂」
ではガンガン売りまくっているそうです。


機能、性能、品質において差別化の困難な今、
ブランディングやコミュニケーションの重要性を
再認識されられますね。

投稿者 松尾 順 : 10:57 | コメント (0) | トラックバック

世界ナンバーワン営業マンの極意

ギネスブックに

「世界一の営業マン」

として認定されているジョー・ジラート氏は、
15年間に13,001台の自動車を販売。

1973年には年1425台を売り、
1カ月で最高174台の販売記録を残しています。
(いまだこの記録は破られていません)


これほどの営業成績をあげられた秘訣を知りたいですよね?

営業に対するステレオタイプ(固定観念)で考えると、

相当押しが強かったんだろう

とか、

完璧なセールストークを身に着けていたんだろう

とかと思っちゃいますよね。


実際、トークのうまさや、
それなりに押しの強さというものを持っていたんだとは思います。


しかし、ジラート氏自身が語る営業の秘訣は、

「アフターサービスには骨身を惜しみませんでした。
 もう一台を売る暇があれば、アフターサービスに徹しました」

ということなのです。
(Diamond Harvard Business Review 2006 October)


その結果、営業マンになってから2、3年もすると
ジラート氏に会いたいという客が押し寄せ、予約制にしたほど。

つまり、客の方が、売り手のジラート氏の都合に合わせなければ
いけないということです。

売り手と買い手の力関係が完全に逆転してますよね。それでも
多くの客がジラート氏から車を買うことを望んだわけです。


なぜでしょうか?

ジラート氏が客に与えていた最大の価値は、
購入後の「利用価値」でした。

車が故障してジラート氏の店に来れば迅速に対応してくれる。
ジラート氏によれば、
25分以内に修理を完了するようにしていたそうです。


消費者にとっては、車を買うことが最大の目的ではなく、
快適に乗り続けられることがより重要ですよね。

しょっちゅう故障したり、故障したらなかなか修理が終わらずに
いつまでも乗れないという状態が一番困るわけです。

ジラート氏が自動車営業をやっていた頃は、今と違って
まだ自動車の故障も多かったでしょうし。


でも、売って終わりじゃないジラート氏なら、安心。
しかも、部品代をしばしば請求しませんでした。

「お金は結構ですよ。私はお客様のことが大好きなんです。
 またいらしてください」


こんな対応されたらどうです?
他の営業マンから買おうなんて絶対考えませんよね。

ジラート氏こそ、CRMの真髄、
わかりやすく言えば、

「釣った魚にえさを十分あげる」

ことでの「リターンの大きさ」を理解していた人でした。


ジラート氏は、顧客に毎月はがきを送って、

「いつもあなたのことを思っていますよ」

という気持ちを継続的に伝えていたことも有名です。


さて、世界ナンバーワン営業が言うんですから、

「アフターサービス」

こそが営業の極意であることは間違いないですよね。


ところが、今でも相変わらず常に新規顧客を追い続け、
既存客をないがしろにする

「自転車操業的営業スタイル」

で自らの首を絞めている営業マンが多いですね。
(ちょっと前にも指摘したばかりですが)


これは、営業マン本人の意識改革だけでなく、
会社としての営業方針や報酬制度の見直しも必要なんだろう
と思います。

また、アフターサービスを営業マン個々人に任せすぎると、
どうしてもムラが出ます。

したがって、会社全体の取り組みとして、
高いレベルのアフターサービスを安定的に提供できる
仕組みの構築が求められるわけです。

投稿者 松尾 順 : 09:27 | コメント (3) | トラックバック

背中に刺さる弁当欲しい視線

このところ出張続きで、新幹線によく乗りました。

以前の編集後記にも書きましたが、新幹線の最大の楽しみは
仕事が終わってほっとした車内で、ビールや弁当を食べること。
ですから、車内販売が早くこないかと心待ちにしているんです。

しかし、先日の京都からの帰りの車内販売の人はすごかった。
なにせ、つむじ風を巻き起こしつつ、足早に過ぎ去っていくので、
頼もうと思ったらもう視線から消えています。

「おねえちゃん、ちょっと!」

などと衆人環境で声を出すのは恥ずかしいですし、
次に回ってきた時でいいか、とか思ってしまいました。

この車内販売の人、まだ新人さんなのか、販売センスがないのか、
どちらにせよ販売機会をずいぶん失ってますよね。

でも、何事もプロになると全然違うんです。
まさに乗客との心理戦に勝負をかけています。気合が違う。

結構前の日経夕刊に取り上げられていたんですが、
社内販売のプロ、斉藤泉さん(31歳)の場合、
JR山形線の東京⇔新庄の往復約7時間で、30万円以上の売上げ。

24時間営業のコンビニの日商が、だいたい40-60万ですから、
この売上げが半端じゃないことがおわかりになると思います。

斉藤さんは、最初の一往復で乗客400人の視線に注意します。

少しでも斉藤さんの方を向けば、車内販売に関心があり、
購買意欲も高いと思われる「見込み客」と判別。

次に通りかかったときに、斉藤さんの方から、

「お飲み物はいかがですか」

とお勧めします。

これで王手、だいたい売れてしまう。
さらに、注文するかどうか迷っているお客さんには、
斉藤さんの視線で‘落とす’そうです。

なんだかすごいですね。

最近では、後ろにいるお客さんの、「弁当欲しい視線」が
背中に刺さるそうです。

どんな分野もプロの境地にまで達すると、五感の世界の勝負に
なってきますが、斉藤さんも、まさに「車内販売の神様」と
言えるところまできてますよね。

投稿者 松尾 順 : 12:47 | コメント (0) | トラックバック

心読みます

10月5日から始まった、日経新聞夕刊1面の連載記事のタイトルは「心読みます」となってます。

おおっ、これは、まさに「マインドリーディング」です。
まったくの偶然ですが、「商いの本質は相手の心を読むことにある」ということに世間の関心が集まりつつあることを意味してるんじゃないでしょうか。

マインドリーディング力、つまり心を読む力は、端的に言えば「共感力」です。相手と同じ感覚になれるかどうか、ということですね。

また、「ああ、その気持ちわかるよ」と思えるかどうか。

そして、大ヒット商品やサービスを生み出し、一代で財を成したようなカリスマ創業者が最も優れている点は、おそらく「共感力」です。その時代の大衆感覚を自然に共感できてしまう力があったから、消費者の心をつかむことができた。もちろん、事業を大きくしていくためには、決断力、構想力といった能力も必要だったのでしょうけど。逆に、必ずしも頭(理知的な)の良さや学歴は、あまり役に立たない。共感力は文字通り感性であって、理性ではないからです。

経営コンサルタントの泉田豊彦さんも、「ビジネスで成功した人は大衆と同じ波長の人が多い」とおっしゃってますが、特に飲食、小売店業界のカリスマリーダーに多いですね。ダイエー創業者の故中内功氏などは、「主婦の店ダイエー」というキャッチフレーズでわかるように、主婦の感覚を共感できたから小売業トップの座を射止めたわけです。

問題は、いかにカリスマであろうとも、年を重ねるとだんだんと共感力が衰えてくることでしょう。自分の感覚と時代がずれてしまっていることを直視できず、暴走してしまうのです。ダイエーの現状もそうなりました。(ただ、庶民感覚の持ち主の新たなリーダー、特にCEOの林文子さん)の登場によって再生する可能性が多いにあると思います。)

あるいは人によっては偉くなったことで現場を離れてしまい、現場で起きていることを自分の五感で体験しなくなる、その結果、自分では気づかないうちに共感力を失ってしまうこともありますね。

つい先日聞いた話ですが、ある大手家電メーカーの創業から参画し、役員まで上りつめて退職した方が、その後、一企業に入社しました。彼は非常に優れた人格者でして、本人が言うには、「私は30代から、おつきの運転手で送迎されるような毎日を送ってきたので、普通の生活が良くわからないのです、だから、リハビリが必要なんです。」ということで、一般社員と机を並べ、電車通勤を始めることにしたのです。しかし、隣に座った社員が驚いたことには、「電車の切符はどうやって買うんですか」と聞かれたこと。

この電機メーカーは若者向けの製品も出してますが、こうした庶民感覚からかけ離れた生活を送っている役員たちによって、新製品開発の是非が判断されているという現実を考えると、「なんだかなー」と思いますね。

投稿者 松尾 順 : 09:20 | コメント (0) | トラックバック