「平均的顧客」はいない

限られた予算を効果的に活用して、
顧客との関係性を向上するためには、

「平均的顧客」

ではなく、成功の鍵を握る顧客セグメントに
ターゲットを絞り込み、そのターゲット顧客が
求めていること、問題と考えていることを的確に
洞察し、彼らにとって最適な施策・提案を行なう
必要があります。

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仕事や家事に追われ、どんよりとしてしまった
気持ちを癒し、豊かな気分にさせてくれる「芸術鑑賞」。

日経産業地域研究所が実施した最新の調査
(2012年8月、全国20~60代男女1,000人)によると、
過去1年間で美術展や演劇などの芸術を鑑賞したことが
ある人は全体で67.0%でした。

最も多かった芸術カテゴリーは、

1位:映画(50.9%)
2位:美術展(27.8%)
3位:ポピュラー音楽(18.9%)

となっています。

一方、上記のようなカテゴリーと
ほぼ同じくらい頻繁に、あちこちで開催されている

「クラシック音楽」

は上位には上がってこず、また、

「今後、行く機会を増やしたい芸術鑑賞」

についての設問では、

「クラシック音楽」

は全体で19.4%。

・ポピュラー音楽(28.0%)
・美術展(27.9%)
・演劇・ミュージカル(22.3%)

にかないません。


クラシック音楽、特にオーケストラ(交響楽団)の場合、
プロにしろアマチュアにしろ相応の人数が必要であり、
コンサートホールも相応の大きさを確保しなければ
なりません。

数人でもユニットが組め、小規模なライブハウスでも
気楽に演奏できるポピュラー音楽と異なり、
オーケストラの運営は大変厳しいものがあるのは
ご存知かと思います。

オーケストラの多くは「会員制度」を採用し、
会費収入と、固定客化の推進によって、
安定した収益確保を狙うのが基本的な戦略です。

ただ、具体的な顧客コミュニケーション施策に
おいて、きめ細やかな顧客タイプ別施策が行なえている
オーケストラはそれほど多くないのではないでしょうか。


『ザ・ディマンド』には、
オーケストラのマーケティングについて
とても参考になる事例が紹介されています。

2007年、米国の9つのオーケストラが協力し、

「聴衆増加イニシアチブ」

と呼ばれるプロジェクトを立ち上げました。

そして、このプロジェクトの下で行なわれた調査の
結果によれば、9つすべてのオーケストラが抱える
大きな問題は、

「顧客離反」

であることが明確になったのです。


毎年入れ替わる顧客の割合は55%。

特に、初めてコンサートを聴きにきた人=

「トライアリスト」

の離反率は91%に上ったのです。

つまり、トライアリストの10人に9人は
二度と聴きに来ないのです。

オーケストラを長期的に支えてくれる

「コア・オーディエンス」

と呼ばれる人々は、

「サポーター会員」

として会費も払ってくれる人々であり、
全体の26%を占め、チケットベースでは
56%を占める貢献をしてくれています。

オーケストラは、こうしたコアオーディエンスを
満足させることには習熟していました。

しかし、将来の会員候補である

「トライアリスト」

をリピートさせることには失敗していたと
いうわけです。


そこで、当プロジェクトでは、

「トライアリストを固定客に転換する」

という目的に絞り、トライアリストに対する
理解を深めるための調査・分析をさらに行なった
のです。


まず、調査チームは、

「要因分析」

と呼ばれる手法を採用、
クラシック音楽経験における

78の要因リスト

を作成しました。

コンサートホールの建物、バーでのサービス、
客員指揮者など、

「トライアリストの経験」

になんらかの影響を与えると考えられる
あらゆる要因を洗い出したのです。

その後、ネット調査などを実施して、
トライアリストがリピートする・しないに
大きな影響を与える要因となる16個を
選び出しました。


この16個の要因には思いがけないものが
残りました。たとえば、リストの1位は

「駐車場」

でした。

最小限の手間で自宅とホールを往復できることが、
トライアリストがリピートするための非常に重要な
要因だったのです。


「駐車場」は、それまでどのオーケストラも
注目していなかった要因でした。

駐車場について文句が出たことがなかったからです。

コアオーディエンスは既に、他の移動手段を
用いることで「駐車場問題」を解決していました。

しかし、トライアリストにとっては、
駐車場問題が、リピートを妨げる大きな要因と
なっていたことが、調査によって「発見」できた。

そこで、プロジェクトに参画したオーケストラの多くは、
近隣の駐車場と特別料金で契約、車で来場する際の注意を
チケットと一緒に郵送することで、トライアリストの障害
を取り除いたのでした。


駐車場以外にも、
指揮者がプログラムについて数分でも解説する時間を
取ってくれれば、トライアリストは、より演奏を楽める
ことがわかっています。
(これも、言われてみれば当然と思える「発見」かも
 しれません。しかし、実行しているところがどれだけ
 あるでしょうか?)


結局のところ、
トライアリストがリピートするためには、

「オーケストラの名声や質」

はそれほど重要な要因でなかったのです。

もっと何気ないことがリピートの壁となっていた
のでした。

先日の記事でも、インサイト(洞察)は必ずしも
びっくりするような

「大きな気づき」

とは限らないことを指摘しましたが、
今回のオーケストラの事例でも、
発見してみれば、

「なーんだ、そんなこと?」

と感じるような小さな気づきです。

しかし、そんな気づきが大きな変化を生むことができる。
顧客との関係性を向上するための大きな鍵となる。


使える「インサイト」を得たいのなら、
「平均的顧客」ではなく、より細かく顧客セグメント
を切り分け、彼らの心理・行動を丁寧に観察していく
必要があるのです。


『ザ・ディマンド 爆発的ヒットを生む需要創出術』
(エイドリアン・J・スライウォツキー、カール・ウェバー著、
 佐藤徳之監訳、中川治子訳)

投稿者 松尾 順 : 2012年09月19日 11:23

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